第2章 少年と少女 ③
「……そう言うからには根拠があるのか?」
俺の言葉にしばしの逡巡――その後、重苦しい雰囲気で兼定氏が口を開く。俺はその兼定氏に聞いてみた。
「爺さん、あんたN市に腕利きの探偵がいるって話は知ってるか?」
「――探偵?」
兼定氏は俺の言葉を繰り返し、そして思い至ったように「ああ」と頷く。
「お前が日本を出てしばらくした頃に、N市で大捕物があったとか。詳細は掴んでいないが、確かその立役者が探偵だとか」
「それ。事件そのものはあんまオープンになってないみたいだな。でもそれぐらいは掴んでるよな」
「……あいつがいた頃と違って完全にとはいかんがな」
あいつ、とは例の《スカム》を割った
「そいつが下手人」
「下手人? 立役者だろう?」
「違くて。その捕り物ではそいつが立役者だけど、昨夜の件じゃそいつが今んとこ最も疑わしい。最有力の容疑者だ――もっとも、その探偵は少女って話なんだけど」
「少女、だと?」
驚いた様に兼定氏。
「ああ。これについては公安に裏取ってるから確定」
「昨夜の奴は男のガキだったんだろ?」
これはシオリだ。腑に落ちないといった様子が顔に出ている。
「まぁな。だけどこの探偵――小鳥遊清花って名前らしいけど、それはどうでもいいか――ともかく、こいつに協力者がいると考えたら辻褄が合う。昨日の奴が対象をU市に移した異能犯罪者狩りってことも、N市の大捕物についてもT市を仕切っていた超大物とその部下三人の計四人を実質皆殺しにしたこともな。俺や最盛期の爺さん、シオリ、カズマくんと同レベルの大物を一人で皆殺しにしたってより、協力者がいたと考えるほうがしっくりくるだろ?」
「確かにな」
兼定氏が頷く。
「お前は昨夜の少年がその少女の協力者と考えている訳か」
「多分ね」
消去法だが、そう考えると納得できる部分が多い。それでもなぜ俺と構える素振りは見せず、『邪魔をするな』と言ったかについては謎が残るが――
「……市外ナンバーの車を警戒させるか?」
「高校出てる年だから移動に車を使ってる可能性はあるけど、無駄じゃない? その気になればこっちのナンバーとれるし、やろうと思えば偽造だってできる。そもそもこっちに拠点があれば移動の手間が省ける。俺ならそうするね」
「――ホテルの連泊客でも洗ってみるかい?」
「それで見つかるならどんだけ馬鹿だよ。ヤサがなくたって毎日別のラブホに泊まるぐらいの頭は使うでしょ」
男女のコンビだとしたら余計に都合がいい。ラブホなら店員と顔を合せないというメリットもある。飯なんてコンビニでいくらでも都合がつくし、よほど見た目にインパクトがなければそっちの線から特定するのは難しいだろう。
「こちらから攻勢に出るのは難しい、か」
「かもな。そして向こうの狙いが異能犯罪者だとして、それでも全員ってわけにはいかないだろ。一人二人でそんなことが可能なら今頃異能犯罪者はゼロになってる。恐らくU市の的はカズマくんにシオリ、爺さん、そして俺――こんなところか」
今挙げた名前の人間を消せば、俺が考えるU市のビッグネームだ。この四人が姿を消せば《スカム》は成り立たなくなる。
「あんたとは敵対するつもりがないって話じゃ?」
尋ねてくるシオリに答える。
「邪魔をしなければってことだろ? 三人のうち誰か一人でも被害が出れば眺めてる理由はなくなる」
「儂らの総意として――」
シオリの問いに答えた俺に、今度は兼定氏が低い声で言った。
「お前がどういうつもりでも、足を洗って夏姫と平和に生きるつもりがあるのならそうして欲しいと願ってる」
「――で、身内に手ぇ出されて見過ごせって? は、爺さんに同じことができるなら考えてもいいけど」
「アタル――」
「あんたも文句言うなよ、シオリ。あんたが俺をこういう風に育てたんだぜ――もっとも、夏姫の影響もあると思うけどな。夏姫はあんたらのうちそれが誰でも失いたくないと思ってる」
「……危険な相手だぞ」
「だろうね。少なくとも俺らと同レベルの異能犯罪者とその手下の計四人を実質的に皆殺しだ。雑魚なわけがない。けど」
それでも――
「俺の目が黒いうちは探偵なんかに好きにやらせないよ」
「お前にしちゃくだらない言葉遊びだ――本気になれば黒くなくなるくせに。アメリカで憶えてきたのかい?」
シオリの言葉に、俺は肩を竦めてノーコメントで通した。
天龍寺家を出て、バイクに跨がる。かつて日本を出る前に乗っていたRZ250。俺が日本を出てからも夏姫が管理してくれていたものだ。ヘルメットは面倒の一言だが、一人で動く時には小回りが効いて便利ではある。
ヘルメットに
なんでもかんでもエコって現代に反逆でもしたいのか、バイクは白煙を吐き出してエンジンを唸らせる。
そのまま通りに出て、マンションではなく繁華街――その一本裏にある事務所へと向かう。今後何でも屋として営業しないかもしれない事務所だが、この状況だ。自宅のマンションを拠点にするよりこちらの方が都合いい。
――と、事務所へハンドルを向けたところで出かけに夏姫に頼まれたことを思い出した。カズマくんの部下の若い子らに差し入れを買ってきて――いかにも夏姫が考えそうなことだ。カズマくんの舎弟と言えど、若い子は下働きでいつも忙しくしてて大変だろうから、甘いものでも食べさせたいってことらしい。
とは言え――だ。兼定氏に頼まれたからと言うのもあるが、カズマくんをけっこう厳しめに可愛がってやった俺がカズマくんの舎弟を甘やかしていいものか。兼定氏の流儀を後継させるなら舎弟たちにも厳しく――
――いや、当の兼定氏のカズマくんへの甘やかしを見てきたばかりだ。気にすることはないな。夏姫のしたいようにやらせてやろう。
俺はハンドルを切ってシャッター街になりつつある商店街の中で、数少ない超人気店である老舗のアイス屋に向かう。
アイスが目当てではない――そこで売っている大判焼きをいくつかまとめて買っていくつもりで、だ。いつだったかカズマくんにU市のソウルフードだと聞いた。俺も嫌いじゃない。
その店へ向かうため、何度か通りを曲がり――そして、気付く。サイドミラーに映る、しばらく前から俺の後ろを走るビッグスクーターの姿に。
こんな昼間から尾行されるとは思わなかった。いつからだ、敵意はなさそうだが――
フルフェイスにスモークシールドで顔は覗えない。しかし背格好は昨夜の少年を連想させる――どう考えてもこのまま事務所に連れて行くのは得策じゃない。
……どういうつもりで追ってきているのか知らないが、まさか昼間から人目のあるところで事件を起そうとはしないだろう。とりあえず俺は予定通りにバイクを走らせ、目的の店舗の前でバイクを道の端に寄せ、停車。
手早くスタンドを立て、エンジンを止めてメットを脱ぐ。ビッグスクーターは俺を追い抜くと慌ててウィンカーを出し、俺の少し前で俺と同じように路肩に車体を寄せた。
――? こっち側の人間じゃないのか? こんなあからさまに――
そいつの行動を訝しんでいると、そいつはやはり俺と同じようにエンジンを止める。まるでなにかから逃れるようにヘルメットを脱ぐと、そこから亜麻色の何かが零れた。
それは髪だった。長髪――ライダーは女だった。そいつは後ろ手に長い髪をばさりと捌き、そして振り返って――俺に向かって笑顔を見せた。
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