第2章 少年と少女 ②
「ってことが昨夜あってね」
「報告ご苦労――カズマから聞いた話と一致する」
翌日、兼定氏の私室で部屋の主にそう報告する俺に、兼定氏は眉をしかめて呟くように言った。
「――ふん。カズマのやつ、相当腹に据えかねたようだな。お前と夏姫の前で恥を掻かされたと思っているようだ」
「なに、カズマくん荒れてたの?」
「いつになくな――もっとも、あれで身内に八つ当たりするような男ではないからな。代わりに奴の部屋の家具がいくつか壊れたみたいだが」
「カズマくんもあれで短気なとこあるからなぁ。で、当人は何してるの? 《スカム》の会長が襲撃されたなんて大事件でしょ」
とは言え、これまでもなかった話じゃない。現に《スカム》が代替わりしたのは兼定氏が腹心とも言える部下に裏切られた結果、そいつに雇われていた当時のシオリの襲撃がきっかけであるし、俺が日本を出ることになったのも直接的な原因は《
「情報部の連中と打ち合わせ。カズマが見た特徴のガキを飼ってる組織がいないかとか、買収した監視カメラの映像チェックしてる」
俺の問いに答えたのは、俺と兼定氏の会話を今まで黙して聞いていたシオリだ。
「情報部って言うと、あの強面の人か――ってかシオリ、なんでここにいるわけ?」
「アタシの一番の仕事は旦那の警護なんでね」
俺と兼定氏が向かい合って座る中、シオリはただ兼定氏が座るソファの後ろで佇んでいる。だらしなく立っているように見えるが、これで臨戦体勢を維持してる――そのあたりはさすがの一言だ。
「今はカズマくん優先じゃない?」
「――と思わせて、っていうのを警戒してる。カズマなら一人でもなんとかなるし、今は黒服連中もいるからね」
なるほどね。
「それよりあんたこそお嬢は? 《スカム》と見せかけてあんたを狙っているのかも。《
「カズマくんが気を利かせて舎弟を何人か寄越してくれてね。そいつらに警護されながらお留守番。連れて歩く方が危ないかなって」
昨夜カズマくんに気が利かないといじめてやった件は謝らないとな。夏姫自身、ゲヘナシティを一人歩きできる程度には戦える。とは言えやはり俺としては夏姫が危ない目に遭うのは面白くない。カズマくんが信用できるっていう舎弟が複数人でガードしてくれるのは有り難い。
「――で、アタル。どう見る?」
鋭い声で兼定氏。
「――うん? 突っ込んだ話をするならカズマくんたち呼ぼうか?」
「いや――」
何度も同じ話をするのは手間だし面倒だ。そう提案すると、兼定氏は首を横に振った。
「昨夜、カズマが言ってたよ。腹立たしいけど良い機会だってさ。手早く畳んで、この界隈から足を洗うあんたたちを安心させるってね」
と、シオリが捕捉する。
「それで、てめえでなんとかしようっていうカズマくんの代わりに爺さんとシオリが個人的に俺の意見を聞く、と。随分カズマくんに甘いじゃんよ」
「あれも儂にとっては夏姫やお前と同じで、可愛いんだ」
「や、あんないかつい兄ちゃんが可愛いとは――さすが爺さん、懐が広い」
今更言うことでもないか。かつては敵対しかけていた俺を食客にしたくらいだからな。
「で、どう見る」
再度、兼定氏が尋ねてくる。
「そうだな――まず、現状俺と敵対する気はないのは確かだと思うよ。そのつもりなら、たとえあの場でやる気がなかったとしても俺が待ち伏せに気付かないはずがない。そのあたりの勘は
正直に見解を述べる。
「では、やはり《スカム》が狙いか」
「それはどうだろうな。個人的にはちょっと疑問が残る」
結論を急ごうとする兼定氏を制し、俺は自分の考えを口にした。
「《スカム》を潰したいなら、一番の
「……《スカム》と見せかけてカズマ個人が狙いか?」
「だとすると俺にしつこく釘刺したのが気になるな。まるで邪魔しろとでも言いたげでさ」
「むう……」
兼定氏が眉間に皺を刻んで考え込む。俺はそんな彼に追加の情報を提供した。
「――俺は公安かと思ったんだ。昨夜のうちに
重度の異能犯罪をしていない夏姫は公安の取締対象外だ。厳密に言えば公安の
「その口ぶりじゃ、その予想は外れということか」
「だね。奴は『《スカム》がU市の治安維持に役立つと証明した以上、こちらから手出しはしない。そう約束したよね』ってさ。
「――結局、そいつを特定できるような手がかりはなしか」
シオリが溜息をつく。確かに手がかりはないのだが――
「……俺への敵意のアリナシが動機を知るきっかけになりそうなんだけどな」
動機がわかれば、そこから正体を探ることもできるかもしれない。そう口にすると、兼定氏が反論するように――
「お前と敵対するつもりはないと言っていたのだろう? だから邪魔するなと」
「奴が本気でそう思っているなら俺の前に姿を現わした理由はなんだろうな。カズマくんを捕捉したなら、俺や夏姫と別れるまでまてばカズマくんだけと接触できたはずだろ? 俺たちの――というか俺の前に出てきた理由もあると思うんだよね」
それと――と俺は言葉をつなげる。
「俺やカズマくんの前で異能を使って見せた。カズマくんと同じ消える能力――わざわざそれを見せたのはカズマくんと俺を挑発する為、か?」
もちろん確実に撤退するためだろうが、そうしたいならやはり俺や夏姫と別れてカズマくん一人の時を狙った方が遙かに楽だったはずだ。
「狙いがお前だったとして、心当たりは?」
「腐るほどある――と言いたいところだけど、日本に帰ってきたタイミングで狙われたとなると、公安絡みじゃなけりゃちょっとわからないな。でも」
俺は一昨日の晩、夏姫と話したことを思い出していた。タイミングとしては完璧すぎてそれを考えないのは難しいほどだ。
「N市の異能犯罪者抗争がこのところ落ち着いてるって話は?」
俺は二人に尋ねる。兼定氏もシオリも首を縦に振った。
「じゃあそいつが今はC市に飛び火してるって話も掴んでるよな?」
「ああ、何か関係あるのか?」
かつて《スカム》は情報部に《
自分たちの縄張りでもないのにそれを知っているということは、やはり今も《スカム》は情報に力をいれているらしい。
「そいつが表に露見してるのは、異能犯罪者の死体が時々発見されるからだろ? まあ、中には本当に抗争で死んでる奴もいるはずなんだけど」
でなければ時折発見される異能犯罪者の死体を、異能犯罪者同士の抗争という形で片付けることができない。
「――それが異能犯罪者の抗争とは無関係に、異能犯罪者狩りで殺された死体だって可能性があるんだよね。それを踏まえるとだ、異能犯罪者狩りの標的がN市の連中、C市の連中へと移り変わり――そして今、U市の俺やカズマくんに標的が移った、ってことがあるかもしれない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます