第1章 婚約 ③

『さて、探偵の仕事ってなんだろう』


 面白がるように荊棘おどろが言う。よりによって俺と夏姫にだ。俺たちは探偵という看板こそ掲げちゃいなかったが、かつてはこの街で何でも屋をしていた。探偵の真似事も含めて、だ。


「まともな探偵なら素行調査や浮気調査がメインじゃねえの」


 なげやりに答える。コミックのようにクローズド・サークルで起きた殺人の現場に居合わせて、到底成し得ないであろう殺人のトリックを暴き犯人を推理するのは探偵の仕事じゃない。そいつは名探偵って奴の仕事だ。作り話以外でそんなものがいるのなら、だが。


『まともじゃない探偵なら?』


「なんでもアリだ。見合った報酬があればなんでもするさ」


『それじゃあ雑すぎて正解はあげられないな』


「暇じゃないと言ったはずだ。端的に言え」


『書類仕事が続いていてね、息抜きに君との会話を楽しませてくれよ』


 無視――荊棘おどろの言葉に応じないでいると、諦めたように奴は言葉を続けた。


『まあ状況が状況だったからね、警察が彼女を調査した。主に犯罪歴について――すると思いがけないところで彼女の名前を発見してね。彼女は当時から数えておよそ一年前――つまり今から二年ほど前に、殺人事件に巻き込まれている』


「――小鳥遊は幽霊だったとでも言うつもりか?」


『違う違う――被害者は彼女じゃない。当時彼女と交際していたとされている同級生だよ。小鳥遊清花は恋人を異能犯罪者に殺されているんだ。この事件については面倒だから端折らせてもらうよ、気になるならお姫様に調べてもらうといい』


 荊棘おどろの言葉に、俺は夏姫に目配せをする。頷いた夏姫はソファを立ち、リビングの隅にあるパソコンデスクに向かった。


『――警察が調べても小鳥遊清花が探偵としてどんな仕事をしているかはわからなかったよ。まあ礼状なしじゃ捜査にも限界があるしね。そこについては実のところどうでもいい。要点は一つ――彼女は異能犯罪者に恋人を殺され、異能犯罪に強い怨恨があるはずだってことさ』


「そして探偵なんて胡乱な職業に就いている」


『そういうこと――想像つく?』


「……恋人を殺した異能犯罪者は捕まったのか?」


『逮捕されていない。もう見つからないだろうね』


 それは、もう高飛びしていて捕捉できないということか。あるいは――……


「……好意的に考えれば、恋人の仇を捜索する為に違法出国のルートを洗っていて、その伝手があるはずのT市を牛耳る八代宗麟に行き着いたと考えられるな」


『好意的なんて。本気で言ってる? 大体違法な入出国を洗うならT市の調査は最後に回すだろう。日本で一番不法入国が少ない国だ。私ならまずH道を洗うね』


 戯けたように荊棘おどろが言う。口には出さないが同感だ――つまりこいつも、俺と同じように小鳥遊清花が怨恨から見境をなくして異能犯罪者狩りをしていると思っているのか。


 八代とかち合ったことそのものは偶然だが、異能犯罪者を日常的に探していたのではないか、と。


「……知りたいことは大体聞けた。手間をとらせたな」


 そう伝えると、意外そうに荊棘おどろが言う。


『まさか君からそんな言葉が聞けるとはね。お姉さんは嬉しいよ。嬉しいから、少し口が軽くなってしまうな』


「ああ?」


 意味ありげなことを言う荊棘おどろ


『N市は時々異能犯罪者同士の争いが激化するんだよね』


 N市にはU市のように支配的な組織がない。それは複数の組織が混在し、鎬を削っているということだ。


「……この界隈にいりゃわざわざ聞かされなくても知ってる話だろ」


『そうかもね。一旦話を整理しよう――八代宗麟が小鳥遊清花に捕まったのがおよそ一年前。君が日本を出てしばらくしたころ――一ヶ月くらいかなぁ? まあその前後だ。詳しく知りたいならお姫様に調べてもらうといい』


 整理しようと言いながら、話が先のものへ戻っている。


「話が戻ってるぞ」


『いいや、戻ってないよ――N市で八代宗麟が捕まったのがおよそ一年前。実はその前後からここ最近まで、N市ではどうやら異能犯罪者同士の抗争が続いていたようだ。身元不明の――異能犯罪者と思われる遺体が定期的に見つかっている。この情報は君のお姫様もまだ日本にいた時期だから掴んでいるはずだ』


 その言葉に、俺は夏姫に視線を向ける。夏姫も荊棘おどろの言葉に向かい合っていたパソコンから目を逸らしてこちらを向いた。肯定するように頷いてみせる。


『――で、この一ヶ月ほどは落ち着いているみたい。これはお姫様も君を探しに出国したから把握していないんじゃないかな』


 これも夏姫は肯定。このところのN市は異能犯罪者も大人しくしているということか?


『――そして代わりに、C市で異能犯罪者の抗争の跡が見られるようになってね?』


 ――!


 C市とは、U市とN市に挟まれるように位置する市だ。そしてC市を迂回するように峠の一部でU市とN市は隣接している。N市の隣と言えば、U市ではなくC市の名を挙げるのが一般的だ。


『ところで、小鳥遊清花はどうも八代の件で拘束されたのがお気に召さなかったらしい。あの事件以降、異能犯罪者を捕まえた、なんて通報は一度もしていないそうだよ』


 ――!! そしてN市で散見されていた異能犯罪者の死体が見つからなくなり、代わりにC市で――なるほど、確かに話は戻っていなかったな。


「機嫌がいいのか? 随分と舌が回るみたいだな」


『言っただろう? 君にお礼を言われたのが嬉しいのさ。それに、私に土を舐めさせた君が小娘なんかにどうにかされるのは面白くない。こちらの下準備にまだもう少しかかりそうなんだ、その間に探偵に殺される、なんてことがないように気をつけてね』


「変態のくせに気を利かせてんじゃねえよ」


『……君の方こそそんな私が悦びそうなことを言うなんて。サービスがいいじゃないか』


「礼の代りだ。じゃあな」


 そう言って通話を終える。必要なことは聞いた。これ以上こいつと話をする必要はない。


 顔を上げると、夏姫が物々しい表情で呟くように言った。


「……小鳥遊清花は異能犯罪者狩りを八代宗麟の事件前後から続けていて、N市の主要な、あるいは捕捉可能な異能犯罪者を狩り尽くしてC市に展開している……?」


「さすがに全ての異能犯罪者を狩り尽くすのは無理だろうしね。市内のターゲットは大体狩り終えて、隣市に遠征してるって感じかな」


「そんなこと、個人でできるの……?」


「T市を牛耳っていたような組織のボスを手下ごと狩ったんだ。できるだろうね」


 だが、それには膨大な労力とリスクが伴うはずだ。俺もやろうと思えば似たような事はできるはずだが、計画したとしても実行に移す気にはならない。


 それをしようとするだけの動機が小鳥遊清花にはあるのだろう。


 夏姫が、顔さえ知らない探偵を名乗るらしい女に戦慄する。


「そんな……」


「――で、荊棘おどろはC市の次はU市だろうから気をつけろと言ったわけだ」


「あの人の忠告を聞き入れるのは癪なんだけど……」


 言いながら夏姫はパソコンに向き直り、カタカタとキーボードを叩いて――そして肩越しに振り返って。


「二年前だと、多分これかな」


 そう言って画面に該当の事件を扱った記事を出す。俺はその画面に目を向けて――


「……要約すると、高校生の能力者が異能犯罪者と交戦の末、殺されたってことか」


 記事の見出しは『高校生、異能犯罪組織に関与か?』――内容は夜の繁華街で男子高校生が殺されたというものだった。通報した女子高校生は難を逃れたものの、異能犯罪者と対峙したと思われる男子高校生は超能力によるものと思われる過剰な暴力で殺害されたと書いてある。


 この女子高校生が件の小鳥遊清花なのだろう。


「記事を見る限り、この被害者が異能犯罪に関与していたって方向で捜査されたみたいだね。結局犯人は捕まってないけれど」


「自分で関与しようと思わなけりゃあいくら能力者でも普通の高校生が異能犯罪者に関わることなんてないからな」


 つまりマスコミや警察はこの被害者――小鳥遊清花の恋人に『異能犯罪に関与の可能性がある』ってバイアスをかけて報道・捜査したわけだ。だとしたら犯人が捕まる可能性は極めて低い。異能犯罪者同士の事件の捜査より、他にすべきことがあると警察は考えるだろうから。


 だとすれば小鳥遊清花が異能犯罪者に対する恨みを抱えていることは勿論、警察に対する不信感を抱いていることも十分に考えられる。どんな能力を持った能力者だ、なんて問われて素直に答えないだろう。


 そして八代の件で犯人と疑われ拘束されて、改めて警察を見限ったか――それ故の、個人での異能犯罪者狩り。


「――夏姫ちゃん、この被害者の顔写真や名前ってわかる?」


「探せば、多分――ほら見つかった。被害者の人権ってあんまり守られないよね」


 ワイドショーかなにかのキャプチャ画面だろうか。多少荒い画像で人が良さそうな笑顔を見せる少年の顔と、その下に間抜けなフォントで『被害者の佐木柊真くん(17)』という文字が見える。


 異能犯罪者の通り魔的犯行ではなくこういう形で報道されているのは、この佐木柊真に強力な異能があってそれを以て交戦――現場に戦闘痕が残ったからだろう。


「夏姫ちゃんの爺さんは偉いよな」


 その記事を眺めながら呟く。


「爺さんのお陰で、U市じゃこういう事件は起きない」


「そうだね――」


 俺の言葉に、夏姫は佐木少年を悼むような表情でそう言った。

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