第1章 婚約 ②

 夏姫ちゃんに電話を借りて、記憶にある番号に発信――


『もしもし』


「俺だ」


『やあ、アタルくんか。こんばんは――君から電話をかけてきてくれるだなんて嬉しいよ。どうしたのかな、今夜はお姫様が相手をしてくれないのかい? だったら私と殴り合いでも』


 電話の相手はワンコールで応答するやいなや、そんなことを宣った。


「黙れ変態」


『君から電話しておいて黙れとは理不尽な。感じてしまうじゃないか』


「じゃあな」


 通話を終える。付き合いきれない――しかし電話を切って数秒もおかずに向こうから電話がかかってきた。電話にでてスマホを耳に当てる。


『酷いよ。ちょっとしたジョークじゃないか』


「てめえは飛ばしすぎなんだよ、一人遊びは一人でするもんだ、そうだろう? 俺を付き合わせるな」


『悪かったよ。でも電話をかけてきてくれて嬉しいのは本当さ。どんな用かな?』


 ようやく話ができる状態になった荊棘おどろだが、プライベートで付き合いたいとは微塵も思わないので用件を言葉短かに伝える。


「《組織グループ》のボスがN市で捕まった経緯について知ってるだけ吐け」


『随分乱暴な指示じゃないか』


「てめえと違って暇じゃねえんだよ」


『私だって暇じゃないよ。丁度今、あの忌々しい連邦捜査官の対立が今回の事件収束に必要なことだったと証明する書類をでっちあげているところでね』


「知るかそんなもん。あいつを殺ったのはお前だ。てめえの都合で作ってるんだろ。キリキリ答えろ」


『そんなに情熱的に尋ねられたら、尽くすタイプの私としては嬉しくなってしまうね』


 荊棘おどろがそんなクソどうでもいいことを言いながら、しかし電話の向こうでぽつぽつと語り始める。俺は夏姫も話が聞けるようにとスピーカーに切り替え、電話をテーブルに置く。


『本当は明かせないんだけれど、その《組織グループ》のボスとみられる男は八代やしろ宗麟そうりんと名乗っていてね』


 どうせ隠したところで時間をかければ君のお姫様が突き止めるだろうからね――そう言いながら荊棘おどろが話す。


『やはり想像に難くないだろうけど、まあ手下を連れて新たな支配地域の候補であるN市の視察に訪れていたわけさ。そこで探偵を自称する小鳥遊たかなし清花さやかを名乗る女性が彼を拘束し、『異能犯罪者を捕まえた』と現地警察に通報。連れていた三人の手下は交戦により死亡。かろうじて生き残った八代は警察が連行。八代の身元はその時点で割れていなかったのだけれど、殺された手下が公安の記録にあった《組織グループ》の幹部であると思われる写真と一致。さらに小鳥遊の証言で、八代は《組織グループ》のボスである可能性が高いと断定された。その後のT市の動向から、まず間違いないだろうというのが我々の見解だよ』


「――……探偵は女か」


『女と言うか、少女だね。背格好は君のお姫様とよく似てる』


「そんなことは聞いてねえよ――で、当然能力者だよな?」


 尋ねると、電話の向こうで荊棘おどろがなるほどと呟いた。


『聞きたいのは八代を捕まえた私立探偵のことかい? まあそうだよね、N市はU市に一部隣接してるものね。《スカム》の会長が捕まったら大変だ』


「で? その探偵も能力者なんだろ?」


 荊棘おどろの言葉を無視しつつ再び尋ねると、


『だと思うよ』


 奴は奴らしからぬ曖昧な答えを返してきた。


「だと思う?」


『だってそうだろう? か弱い一般人の少女が、異能犯罪者四人と交戦して三人を殺し、残る一人も半殺し――それも都市を取り仕切るビックボスだ。ちょっとしたファンタジーだよね。小鳥遊は能力者、それも私や君のように強力な特殊能力ユニークスキルをもった超越者と考えるのが妥当だ』


「――その口ぶりじゃ警察や公安もそいつが能力者であると言い切れない理由があるんだな?」


『その通り。本人に尋ねても曖昧にはぐらかすだけでね』


「警察ってのは馬鹿と無能の集まりなのか?」


 思わず考えたことが口にでる。


「ちょっと、あっくん!」


『おや? その声はお姫様だね。なるほどスピーカーで通話しているのか。こんばんは、お姫様』


「……その呼び方はヤメテ。荊棘おどろ蜜香」


『私とアタルくんの会話を盗み聞きするなんて酷いじゃない』


「文句はあっくんにどうぞ。私は是非聞かせてくれなんて一言も言ってないから」


『おお、怖い怖い。一号なら一号らしく堂々として、二号なんて気にかけなければいいのに。器が知れるよ?』


「誰もてめえをそんな上等な席に座らせてやるつもりはねえよ」


 夏姫に噛みつく荊棘おどろに言ってやる。すると――


「誰なら二号にしてあげるの? 栞ちゃん? それともシオリさん? ゲヘナシティの女の人かな?」


 思ってもないところから攻撃を受けた。


「言葉の綾だろ。なんで怒ってるの」


「別に怒ってないけど……」


 面白くなさそうに、夏姫。スピーカーの向こうでは荊棘おどろがくつくつと笑う。


『裏社会最強の仕事屋も女には弱いんだね。それはそうと私たちが馬鹿と無能の集まりとはどういうことかな?』


 丁度良い――不機嫌な夏姫の相手は後にしよう。


「どうせその小鳥遊なんちゃらが表向き一般人だから取り調べなんかできねえって言うつもりだろ? はぐらされたらそれ以上確認しようがないってな――警察や公安なら精神観測能力者サイコメトラーを飼ってるだろ。捕まえた八代とやらを観測メトリーすれば、どれだけ黙秘を決め込んでたって探偵がどうやって八代の手下を殺したかわかるだろ」


 告げる。荊棘おどろはスピーカーの向こうで大きな溜息をついた。


『本人の同意を得ていない精神観測サイコメトリーは法律違反だよ』


「警察ならそう言うかもな。だが公安はそのくらいするだろ?」


『まぁね』


「それでやっていないんだから馬鹿か間抜けのどっちかだろ」


『違うよ、アタルくん――私たちは八代を精神観測メトリーできないんだ。できなかった――警察が通報を受けて回収し、拘置所へ移送している間に彼は死んでしまったから』


 荊棘おどろの口から考えていなかった意外とも言える結末が飛び出てくる。俺は思わず息を飲み、軽々に結論を出そうとした自分を戒めるつもりで詫びをいれた。


「――っ、悪かったな、その線は考えていなかった――それじゃあ結局はその小鳥遊が四人とも殺したってことなのか」


『いいや? 八代については回収した時点では重傷であったものの重体ではなかった。命に別状はなかった。そう報告書に記載されている。彼の死因は自殺だ。移送を担当した刑事から銃を奪って自分の頭を撃ち抜いたんだ』


 ――! 荊棘おどろの口から出たその言葉に、俺と夏姫はそろって息を飲んだ。


『殺された手下の三人のうち二人が女性だ。このどちらかが八代宗麟という人間を人間たらしめていたのではないか――私たちはそう考えている。アタルくん、君にとって天龍寺夏姫がそうであるように』


 その荊棘おどろの言葉にどう答えるか――一瞬迷った隙に荊棘おどろが言葉を続ける。


『もう死んでしまったからね、全部推測に過ぎないけれど――八代宗麟はアタルくんによく似た性質だったんじゃないかな。あまねく異能犯罪者を制御できる力を持ちながら、その力に任せて悪逆を尽くすどころか、一般人への被害を極力抑えようと組織を動かしていた。君と同じで一般人に対する脅威度が著しく低く、反比例して危険度が極めて高いんだ。データによるとその手の犯罪者の心理ってやつは非常に複雑みたいでね。どうだろう、アタルくん。想像してみてくれ――君が八代の立場で、殺された女のうちのどちらかが君のお姫様だったら世界の全てを壊したくはならないかな? そして普段の自分にはそれに近いことができるのに、お姫様の仇のに半殺しにされて逮捕――衝動的に死を求めたくなるような気分になる?』


 ――……つまり警察や公安はそう判断したってことか。


「……かもな」


『なるほどね。実に興味深い意見をありがとう。我々もそういう結論に至った。至らざるを得なかった、がより正確かもしれないけれど。この件で小鳥遊清花は現地警察に一時的に拘束された。異能犯罪者を拘束したって通報したのが本人で――現場には死体が転がっていたわけだからね』


「――そして後から手下の三人がマークされていた犯罪者とわかって解放されたわけだな?」


『そういうこと。誤認逮捕の一歩手前さ。このこともあって現地警察は小鳥遊清花本人に強くでることができない。はぐらかされたらそれ以上問い正せないのさ』


 やれやれ――そんなニュアンスで荊棘おどろが息をつく。


『まあ個人的な見解を述べるなら、そんなことができる人間が一般人ってことはないだろうね』


「――小鳥遊が八代を捕まえたのは偶然なのか?」


 実のところ、これもかなり気にかかる。一介の私立探偵が公安でさえ捕捉できなかった八代宗麟という男の特徴を抑え、N市に訪れたところを襲撃したカタチだ。どんな離れ業だと否定したくなるが、偶然で片付けるにはできすぎている。


『――と、本人は言っているし、状況的にもその可能性が高い』


「偶然にしてはできすぎているだろう」


『私もそう思うけれど、ここが闇の深いところでね。面白いと言い換えてもいいけれど』


 俺の言葉に、荊棘おどろは舌なめずりをするようにそう言った。



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