第4章 体現者 ⑥

「――ああ? お前は《鉄人アイアンマン》だろ?」


「UMA、か――本当に面白いことを言うよね、マックスさんは。でも的を射ている。誰も《分析屋アナリスト》が《鉄人アイアンマン》だとは思わない――確かに、知らない人にとっては《分析屋アナリスト》はUMAなのかもしれないね」


 俺を腹に乗せたまま、スクリットが仮面の下で笑う。


 有り得なくはない。二つ三つ異名を持ってる奴はざらにいる。それが別人だと認識されている例は知らないが。


 しかし、だとしたら疑問が残る。俺の仲間が口を割ることはないだろう。カルロスはさっきはかっとなって早合点したが、さっきの今でもう自分の発言を翻し情報を流すとは考えにくい。そんな程度の男なら腕が良くてもFBIのエージェントに雇われたりしないだろう。


 それならば。


「――俺の異能はどうやって知ったんだよ」


「さっき正解だって言ったでしょ。アキラさんが言った通りさ。僕が解析アナライズした」


 ――……《魔眼デビルアイズ》について知っているし、それなら聖痕スティグマも知っているだろう。知っているなら注意して観察していればサングラスをしていても俺の聖痕スティグマが発現したのを確認できたかも知れない。身体能力強化エンハンスも動きを見ればわかるだろう。


 だが五感や思考速度、神経伝達速度は外から見てわからないはずだ。


「《鉄人アイアンマン》なんて異名がつく男がつまらない嘘を吐くなよ」


「嘘じゃないよ。鈍いな、アキラさん――それとも僕の口から言わせたくてわざととぼけているのかな」


「何を――」


「わかってるんでしょ? 僕の異能で解析アナライズした。それだけのことだよ」


 ――……それはちらりと考えなかったわけじゃないが、有り得ない。


「てめえの異能は《鋼の血潮メタリッカー》だろ。この目で見てる」


 それどころか体験している。今も尻の下――スクリットの体に、肋骨を覆うように被さるプロテクターのような感触がある。


「そう。《鋼の血潮メタリッカー》と《異能観測スキルアナライズ》――それが僕の能力なんだ」


 先の銃撃以来、無人になった夜のマーケットにスクリットの言葉が響く。


「――……笑えない冗談だ。異能が二つ? 聞いたことがないぜ、そんな話は」


「そもそも、アキラさんは僕を勘違いしてるんじゃないかな」


「勘違い? 何を――」


「僕は超越者じゃないよ。体現者だ」


「体現――何を」


「能力進化の、さ。僕は能力進化を遂げてセカンドスキルを獲得したんだ」


  能力進化――何かを理由に能力が劇的な強化、あるいは新たな力を手に入れることが有り得ると。そんな話がある。


 非合法な組織が非人道的な実験を繰り返しているなんて噂も。


 だが俺が知っている限り、能力進化を遂げたと言われるのは世界中でただ一人――この国で最強と謳われる、デトロイドを中心に活動するエージェント《破壊王》のみだ。しかし最終的には彼も能力進化ではなかったと否定されている。


 彼は司法側の人間なので実験にも協力的だが何一つ有効なデータは得られず、能力強化の振れ幅が大きかっただけと結論づけられたのだ。そもそもそんな噂と曖昧な定義だけがあっても、能力進化を遂げたとされる人物が有史で一人だけでは肯定するほうが難しい。


「――……おまえが能力進化を遂げた史上二人目の体現者だって?」


「……アキラさんは意外とものを知らないんだね? それとも興味ないのかな?」


「ああ?」


「アキラさんが言う一人目は《破壊王》でしょう? そして僕が二人目――そんなわけないじゃない。もっといるよ、体現者は。数が少ないのは否定しないけどね」


「根拠のないことを!」


「逆に僕が聞きたいよ。どうして体現者が名乗り出ると思ってるの? 隠すさ、当然――僕だってアキラさんは仲間になるんだから教えただけ。FBIだって僕が体現者だっていうデータを共有してるわけじゃない。知っているのはラビィさんと他にはごく一部だけだよ」


「……っ……」


 いきなりと言えばいきなりな情報に頭が混乱する。


「《破壊王》を被験者にした実験である程度の仮説は立っているんだよ。アメリカはそれを秘匿した。当然じゃない? 公的な国民が体現者を名乗った国はアメリカだけ――そのデータを他国に公開してやる意味がないよね。ちょっと政治的な話になるけど――知り得た情報から新たな体現者が生まれる可能性があるなら、国内外の異能戦力を考えたら他国に体現者が現われて欲しくないのはアメリカとしては当然だよ」


「……興味深いゴシップだ」


「そう切り捨てるのはアキラさんの自由だけれどね――ところで、アキラさん」


 そう呟いたスクリットがぬっと手を伸ばしてくる。狙いは俺の左手首か――


「――僕たちは確か殺し合いをしていた最中だったよね? まあ、僕の方は殺せないっていうハンデ戦だけどさ」


 ――っ! 再び枷状に固められて拘束されてはたまらない。決定打も打てない――マウントの保持を諦めて飛び退く。


 俺が退いたことで、スクリットはのそりと起き上がり――


「どうせならもう少し時間稼ぎに付き合ってもらおうかな。アキラさん、多分アキラさんは才能あるよ。きっと僕と同じようにセカンドスキルを獲得できると思う」


「はっ、戯れ言を――そんな言葉で俺の気分がアガるとか思ってないよな?」


 悔しいが、決め手に欠ける――打開策を思いつくまで時間稼ぎに乗るのが得策か?


「なにも根拠がないわけじゃないよ。アキラさんは聖痕スティグマを二つ持っている。多分、二つ目の異能は僕と同じで生まれながらに持っているんだ。ただ、それに覚醒してないだけで」


聖痕スティグマが二つ? 何を言ってるんだ。俺の聖痕スティグマはこの両目だけ――」


 自分で言ってはっとする。確かにそうだ、両目で二つ――同じ目の聖痕スティグマを持つ荊棘は片方――右目だけだ。


「僕の聖痕スティグマは――肩に二つ、切傷のような爪痕のような――そんな聖痕スティグマなんだけど。どうして二つあるのか疑問だった。進化前に《鋼の血潮メタリッカー》を使っても両方反応してたから二つで一つなのかなと思っていたけど――それは違った。二つ異能を使えるから聖痕スティグマも二つなんだ」


「……だとすると俺の知り合いに一人、能力進化の体現者候補がいるな」


「へえ、その人も聖痕スティグマが二つあるの? 僕らと同じデュアルスキラーだね」


「……《破壊王》はどうなんだよ。彼は元々能力者――念動能力者サイコキネシストだって聞いたことがある。だとしたら超越者のように聖痕スティグマを持っていないはずだ」


「彼はアップデーターだよ。劇的進化のほうさ」


「……お前の話を全部信じるとして――」


 打開策は思いつかない。だが、考えが変わった。ちらりと左の手首に視線を落とす。そこに在るべきものがない。


 相手が超越者だとか耳に馴染まない体現者だとか、北区のUMA《鉄人アナリスト》と《分析屋アナリスト》だとか、実はそいつらは同一人物だとか、FBIに飼われてるエージェントだとか――全部関係無い。


 全てねじ伏せる。それが俺のやり方だったはずだ。思い出した。


「スクリット――三メートル下がれ」


「三メートル? それになんの意味が――……」


 そう言う彼に告げ、俺とスクリット――二人の間の丁度真ん中の地面を指し示す。そこには千切れたリストチェーンが落ちていた。さっき左手を狙われて退った時に躱しきれなかったのか、引っかけたのか――夏姫のリストチェーンが千切れ、落としてしまった。


 手首にアレがないと、左手首が酷く軽い。


「それを拾う。お前はその邪魔をするな。それがルールだ」


「ルール? 何の?」


「俺とお前のルールだ。俺は今からそれを拾う。お前がそれを邪魔しなければ、泣いて殺してくれと言わせるようなことはしないでやる」


「それは嬉しいな――そんなに大切なものなんだ? アクセサリーかな。誰かの形見?」


「お前には関係ない」


「いいね、アキラさん――目が定まってきたよ。据わってるってやつだ――でも安心して。ラビィさんはアキラさんに期待してるんだ。殺したりしないよ」


「お前は少し毛色が違うと思ってたけど……他の奴と変わらないな。自分の力を誇示したいだけのクソだ」


 そう告げると、楽しそうだったスクリットの雰囲気が変わる。冷たく、鋭く――


「……言ってくれるね、アキラさん。アキラさんは違うの? 聞いたよ、《モンティ家》と《グローツラング》、《ロス・ファブリカ》の抗争に介入して《グローツラング》と《ロス・ファブリカ》を黙らせたんでしょう? どんな大義名分でそんなことをしたの?」


「そんなもんはねえよ。俺がそうしたかっただけだ」


「だろうね――そんなアキラさんと僕の何が違うの?」


「大差ねえよ、俺もお前も。だから気が楽だ――同じ穴の狢なら遠慮する理由はないからな」


「アキラさん――それじゃあ今までアキラさんが遠慮していたみたいに聞こえるよ」


 スクリットが一歩前に出る。


「……もう一度ルールを教えてやろうか?」


「いいよ、把握してる――ただ、邪魔するどころかそれを僕が踏みつけたりしたら、アキラさんはどんな反応するのか見てみたいだけ」


 やってみろ、体の間接を全て逆に曲げてやる――そう告げようとした瞬間、俺より先にスクリットの言葉に答える者がいた。




「思い出があるものだから――踏みにじられたらちょっと許しがたい、かな」




 女の声――背後からだ。気配はなかった。敵意がなくて気付かなかったのか、スクリットに集中し過ぎていたか。


 スクリットも俺と同じく急に響いた声に戸惑った様子で俺の背後に視線を送る。


 声の主を確認すべく振り返ると――




「――久しぶり、あっくん。サングラスそれ似合ってないよ」




 ゲヘナシティの北区マーケット――俺とスクリットの戦闘で人の気配がなくなったそこに、天龍寺夏姫がいた。


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