第4章 体現者 ⑤
◆ ◆ ◆
「シッ!」
スクリットがギアを上げた。目を瞠るほどの速度で左右の蹴りを見舞ってくる。
これがハイキックだけならタイミングを盗んで躱し、そのまま間合を詰めることもできるが――図ったようにミドルキックやローキックを混ぜてくるから質が悪い。間合を外して躱そうとすると距離の長い前蹴りが飛んでくる。
いっそ素手の間合を外してしまいたくなるが、それをしたところで銃弾はこいつに効かない。
このままではジリ貧。クリーンヒットはもらっていない――格闘能力では劣っていないはずだが、《
「シャアッ!」
間合を詰めようとタイミングを計り、ほんの少し前掛かりになった所にローキックが飛んでくる。さすがにまともにもらうのはまずい。慌てて後ろ荷重に戻し、前足を上げてカット――
上段や中段のように威力を殺せないのでカットしても相当痛い。
――くそ! いいように蹴ってくれやがって!
「ふっ――」
カットした足を地面に下ろさず、スクリットが蹴り足を戻すのに合わせてハイキックを見舞う。逆足で蹴ろうとしていたスクリットは、しかし躊躇わずに蹴ってくる。
逆足に切り替える分、スクリットより俺の蹴りの方が一瞬早かった。しかし片腕で軽々と防がれる。そして感触が人体を蹴ったそれじゃない。鉄の棒を蹴ったような痛みが返って来る。
更に一瞬遅れてスクリットの蹴りが飛んでくる。こちらの防御も間に合うが、体勢が崩れていた分だけ蹴りの威力を殺し損ねる――つまり、痛い。
ラスベガスのマットで連勝を築いたのも頷ける。放射系の能力は相性が悪いだろうが、《
「ちっ、こういうのは荊棘向きだ」
「――オドロ? それがラビィさんと戦ってるアキラさんの仲間の名前?」
「ああ――痛くするのもされるのも大好きだっつうド変態だ」
「ふぅん――女の人だって聞いてるよ。アキラさんはそういう人が好みなの?」
「そんなわけないだろぶっ殺すぞ。俺の女の好みは普通だよ」
「あはは、ごめんごめん――僕も女性の好みは尖ってない方だと思うな」
そんな風に笑いながら、俺が反撃を試みたせいかスクリットは俺のリズムを崩そうとしているのかパンチも混ぜてきた。拳頭にはメリケンサックがオモチャに思えるごつい金属が生えている。
……いや、待てよ。そうか、そういう手もあるな……
手が痛む振りをしてガードを下げ、誘う。スクリットが馬鹿ならガードの空いた上段を狙ってくるだろう。馬鹿じゃなければ――おまけだ、サイドステップの振りを見せてやる。
逃すまいとスクリットは蹴ってくる。ミドルキックだ。ムエタイやキックボクシングじゃ横に動く相手を止める常套手段――
有り難い。打ってもらいたかったのはそれだ!
魔眼を開いてそのミドルキックに向かい合う。スクリットのクイックミドル――その蹴り足の下に左腕を差し込み、そのまま脚を抱えてキャッチ、体を回転させて相手の膝を捻る――プロレスで言うところのドラゴンスクリューだ。
「っ――!」
しかしスクリットは即座に反応した。膝を守る為に自ら飛んで回転方向に体を投げ出す。だが俺が魔眼を開いたのは蹴り足をキャッチする為じゃない。この状況からスクリットを逃がさない為だ。
「ふっ――!」
スクリットの体が完全に地面から離れた瞬間に、《
「!!」
息を飲む音――スクリットが発したものだ。気付いた所で空中じゃ体勢を止めることはできないだろ? 悪いがお前の足癖の悪さは厄介だ、この膝は壊させてもらう。
体を逆に回転させる。しかし予想していた関節を壊した手応えはなかった。先の光景を思い出す――顎から首筋に金属を這わせて固定していた――くそ、膝の関節を固定したか!
だったら――!
「ぅぉぉおおおおっ!」
足を開き、体を立てる。体の酷使にブースト状態でも筋肉が悲鳴を上げるが気合いでねじ伏せ、キャッチしたスクリットの脚を足首に持ち替え力尽くで振り回し――そのまま地面に叩きつける。
「がはっ!」
背中を強打し、肺の空気を吐き出すスクリット。即座に馬乗りになって温存のため魔眼を閉じる。目の奥が痛むが、数秒に限るワンポイントでの使用ならもう何度か使えそうだ。
スクリットの胸ぐらを片手で掴み、地面に押しつける様にして気道を締める。本来なら残る手で頭を地面とサンドイッチにしてやるのだが、それをしてもこいつには効果がないどころかおそらく俺の拳が痛む。バトルグローブがあるから一度や二度で骨折したりはしないだろうが、繰り返せばどうなるかわからない。
それにこの締めも拘束以上の効果がないだろう。締め上げても締まっている手応えがない。喉の前面にガードの鉄板を生やせば容易く防げるだろう。
その上先の効かせる打撃は震脚と呼ばれる踏み込みが必要だ。マウントからの打撃では使えない。
膝の破壊をしくじったのは痛恨事――しかしマウントを維持できれば勝機はあるはずだ。
――と。
「はは――すごいや。今のがアキラさんの異能か――」
鉄仮面の下で笑っているらしい。スクリットが嬉しそうに言う。やはり締めは効いていない――むしろリアクションから投げには効果があったと思えることが救いだ。
スクリットが続けて言う。
「身体能力――真の意味であらゆる身体能力を強化・増幅する異能か――これは身体能力強化(エンハンス)の亜種とは言えないなぁ。完全に上位互換だ。筋力だけじゃなく五感や思考速度、神経伝達速度まで強化・増幅されるなんて、もしかしてアキラさんには世界が止まって見えるんじゃない? すごい能力だ――でも使用に制限があるんだね? 残念だなぁ。それがなければ無敵なのに――完全無欠ってわけにはいかないね」
――!?
「おい」
「何かな、アキラさん。そんなに怖い顔をして」
「どうして知っている」
尋ねる――俺の能力の仔細を知っている人間は少ない。この国じゃ三人――マックスにキャミィ、ベアトリーチェ――国を問わないとしてもそこに加わるのは夏姫にシオリ、兼定氏とカズマくん――栞ちゃんもか。もう一人いるにはいるが、そいつはもうこの世にいない。世界中で十人も満たない――本人の俺を数えてもだ。
そして全員、口を割ることはない――そう考えてはたと思い至る。カルロスか! あの野郎、情報じゃ飯は食わないなんてタンカを切ったくせに――
仮面のせいでスクリットの表情は読めない。黙り込むかと思ったが、しかしスクリットは口を開いた。
「アキラさんは《
「この街のUMAだってことはな」
北区のトップスリーと言われる三人の超越者の一角――だが存在を確認できなくともその人物の噂が知れた《
まるで
被害者に近しい人物か、本人か――意図的に流布したのか、そう呼ばれるようになったきっかけがあったのか――それさえわからない。
「いるよ、《
「そうらしいな。それで? そいつが俺の異能を
「
そして、スクリットが珍妙なことを言う。
「僕が《
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