第4章 体現者 ②
体から金属を生やす異能、《
試しに自由な左手で上段へのフェイントを入れ、腹を叩いてみる。固い感触――脅威の腹筋というわけじゃない。彼が着ているシャツで見えないが、肝臓のあるあたりを鉄板で覆っているのだろう。
――便利な能力ではある。しかし一度に全身を覆わないあたり、ある程度制限があるのだろう。それを見つけるのもいいが――
「効かないよ、アキラさんの方が痛いんじゃない?」
「どうかな」
何も考えずに本気で打ったら痛いだろうが、様子見で打っているので本気じゃない、予想通りの手応えだ。それに対処法がないわけでもない。
それより――
ふっと奴が顔をガードしていた右手が動く。脇が開き、肩が上がる。
――そういやお前はタイ人だったな!
ほとんど密着した状態から超近距離砲の
「っ……本場仕込みのムエタイってわけだ」
「……オトすつもりで蹴ったんだけどな」
確かに効いた。効いたが――
「肋骨も折れてねえよ」
言いながら、奴の腹――さっき打った鉄板のあるあたりに拳を添える。
「効かないよ、そこは」
「試してみるか?」
体重移動で体にタメを作り、動かないまま捻転を作る。仕上げに拳をほんの少し引き、震脚――地面を蹴った反動とタメで作った捻転で走らせる。加速距離が短い分、鉄板を叩いたという痛みはほとんどない。
しかしスクリットの方は――
「――っ!?」
鉄仮面のせいで表情はわからない。しかし苦悶の息を吐く。
「今の感覚だと肋骨は折れてないな――けど、肝臓には届いたろ?」
「――ぐぅ、なにを――」
「打点をズラしたんだよ、体の内側にな。いわゆる発勁の一種だ」
「発勁――? そんなコミックみたいな――」
「現実だよ。発勁ってのは立派な技術体系だ。異能みたいな曖昧なもんじゃない。俺も完全に習得してるわけじゃないが――効果はあるみたいだな。ほら、もう一発行くぞ」
再び拳を添えると、迎撃せんとスクリットの方も肘を振ってきた。今度は拘束された右手を目一杯伸ばし、肘の間合から離脱――躱し様に再度踏み込んで、今度は胸の辺りを狙って縦肘を放つ。
攻撃を予想できなかったのか、今度は鉄板の感触はなかった。胸骨、肺――その辺りにダメージが通ったはずだ。
「肘が得意なのはお前だけじゃないぜ」
「つぅ……!」
スクリットは呻くと、俺の拘束を解いて二歩、三歩と後ろに下がった。
「――いいのか? 捕まえておかなくて」
「……改めて謝らなきゃいけないね、アキラさん。侮ってた……さすがアキラさんだ、コントロールできると思ってたんだけど驕っていたみたいだ」
そう言ってスクリットは両手をアップハンドに構え、前に置く足でトントンとリズムを取る。手を内側に締めるボクシング的な構えではなく、伝統的なムエタイの構え。
「構わねえよ。ついでにこのまま見逃してくれたら手間が省けてありがたいんだけど」
「それはできないよ、アキラさん」
「だろうな」
応えて後ろ手にホルスターに手を伸ばす。その俺の動きを見てスクリットは――
「抜きなよ――それでもアキラさんは僕に勝てない」
「押してるのは俺じゃないか?」
「もう――僕に油断はないよ!」
言いながらスクリットは遠間から右の
くそ、使用限界が近い――なるべく小出しで温存していたつもりだったが、昨日から戦いっぱなしで心身共に疲弊している。荊棘とラビィがどうなっているかもわからない、ここで魔眼を終わらせるのは愚策だ。
一旦魔眼を開くのをやめる。となると迎撃は間に合わない。グロックを抜くのは諦めて両手で受ける。
衝撃――ハイレベルな蹴りだ。パンツの下で見えないが、やはりレガースのように鉄を纏っているのだろう。威力も鳥肌ものだが、純粋に受けた腕が痛い。それも当然だ――能力者が鉄の棒で殴りかかってきているのを素手で受けているのと変わらない。
「シィッ!」
スクリットが逆足で蹴ってくる――なるほど、反撃をさせないように固めようってつもりか。確かにこの異能、この精度でこれを続けられたらたまらないだろうな、並の奴なら。
だが、こういう
右側から襲いかかってくる奴の左ハイを右の掌底で迎撃。とはいえ反撃じゃない。掌底で受けて蹴りの初速を殺し、手のひらを添えたまま腕を畳んで左腕とともに受ける。
バトルグローブを着けているお陰で掌底でかなりの威力を殺せてる。左腕で受ける頃には必殺の蹴りが凡打に化けていた。
「――!」
スクリットは蹴りが殺されているということに一発で気付いたらしい。膝の軌道から上段を予測していたが、切り返して三撃目はローを蹴ってくる。
さすがだ、ローは今の
――痛い! 痛いが、ローなら両手はフリーになる!
カットした下腿の激烈な痛みを堪え、今度こそグロックを抜く。ヘッドショットを狙いたい所だがあの鉄仮面を貫くことはできないだろう。大雑把に体を狙い、わざと散らしてマガジンを撃ち尽くす。
残っていた弾は一発も逸れずにスクリットを襲ったが、しかし奴は首をガードしただけ。胴に当たった弾丸は全て甲高い音と共に弾かれる。
「……便利な能力だな、羨ましいぜ」
銃撃――ケンカから殺し合いに変わったところで、観戦に回っていた周りの連中が巻き込まれたらたまらないと蜘蛛の子を散らすように去って行く。
「アキラさんは
「必要になったらな」
グロックをホルスターに戻し、俺も半身に構える。予備マガジンはまだあるし、カルロスにもらった銃もある。銃撃はまだ続けられるが今の状況じゃあまり有効な攻撃にはならないだろう。
懐にさえ入りさえすれば先の打点をズラす打撃で効かせる攻撃ができるのだが――奴の足技を掻い潜ってそれをするのは骨が折れそうだ。
魔眼を使えばなんとかなるだろうが一度で決められなければその後が怖い。二度目はあるか? あとどれくらい使える? ――十秒か、十五秒か――ここまで来て、なかなか厳しい状況だ。
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