第4章 体現者 ①

 拘束された右手首に目を落とす。質感、重量――鉄そのものに見える。俺の手首とスクリットの手を覆うそれは二センチほどの厚みがあり、重い。これを力技でどうにかするのは難しそうだ。


 視線に気付いたのか、スクリットが言う。


「僕の《鋼の血潮メタルブラッド》で生み出す金属は鉄と似た性質を持っている。僕ら能力者でも、力技でこれを剥がすのは無理だと思うよ」


「大層な名前じゃんか――マックスが言ってたぜ。《鉄人お前》と《分析屋アナリスト》はUMAだってな」


「あはは、あの人らしいね――いるさ、UMAなんかじゃない。《鉄人アイアンマン》も《分析屋アナリスト》も」


 目を細めてスクリットが笑う。


「俺は《鉄人アイアンマン》も《分析屋アナリスト》も隠居したんじゃないかと思ってたんだけどな。メインストリートの会社の下請けはなんなんだよ」


「カバーだよ。一応追われる身なんだ、これでも」


「だよな、じゃなきゃ俺たちの年で国をでてこんな街ゲヘナシティに住み着いたりしない」


「確かに」


 話している内容はまるで世間話だ。しかし状況はそうじゃない――体よく拘束されてしまった形だ。俺の右手首とスクリットの左手をがっちりと覆う金属は重く、彼の《鉄人アイアンマン》というあざなの通り鉄を思わせる。


「これ、解除しろよ」


「ごめんねアキラさん――僕も僕なりにあの人の命令を聞かなきゃならない理由があるんだ」


「知らないな――どうしてもと言うなら力尽くで振り払うぞ」


「それはやめて欲しいな。さっきも言ったけど、アキラさんを傷つけたくない」


 あくまで自分は拘束するだけ――スクリットはそう主張する。が、


「それができるって? 俺の仕事は知ってるよな?」


「勿論――加えて言うならラビィさんから《魔眼デビルアイズ》のことも聞いている」


「……《魔眼デビルアイズ》を知っているのか?」


「当時は国にいたからね、同じアジアだからかな――日本にそんな名前の凄腕の仕事屋がいるって聞いたことがあるよ」


 そうか――そうか、それを知っていてそこまで言うか。


「最後だ、放せ」


「やめようよ、アキラさん――アキラさんを怪我させたくないよ」


「――俺は血が熱いほうじゃないけど」


 大きく息を吸い、浅く吐く。


「ここまで下に見られて引き下がるほど冷めてもいないぜ」


 そう発して動く。右手首を拘束されているせいでグロックは抜けない。だが互いに手が届く距離――この距離なら俺たちには銃より頼りになる武器がある。


 左拳をフェイントに見せて、意識を上に向けて掴まれている右手を思い切り突き出した。左拳を意識して重心が後ろにかかったところを押され、スクリットの上体がぐらつく。


 ――俺が知っている《鉄人アイアンマン》の情報と言えば、格闘技に長けているということと、体を覆うようなイメージで金属を生み出し操るということ。


 スクリット――《鉄人アイアンマン》の名がアメリカの異能犯罪者界隈で有名になったのは、数年前のラスベガス――その賭け格闘技(勿論違法なタイプの――それこそ《スカム》のバトルアリーナ、そのラスベガス版だ)と聞いている。異能有りのそのマットで鉄仮面のように顔を異能で覆い、グローブやレガース感覚で手足を補強し戦うというスタイルで連勝を築いたんだとか。


 そいつがどうしてこの街に行き着いたのかは定かじゃないが、それは今どうでもいい。重要なのは上体をぐらつかせた程度で簡単にノセる相手じゃないってことだ。


 だから、念入りに、だ。


 奴の左腕を畳ませるように突き出した右手――奴の手に阻まれちゃいるが、ある程度は動かせる。そしてその手にあるのは、さっき取り出して持ったままでいた百ドル紙幣。


 そいつを人差し指と中指で挟むよう端をつまみ、スナップを利かせて奴の左目を掠める様に振る。


 本能的な反射にはなかなか抗えるものじゃない――ピントが合わないほどの距離、それも睫毛に触れるほどだ――の距離で高速に掠めた紙幣。スクリットはそれに反応し、そちらに一瞬意識が向く。その瞬間、意識の間隙を縫う様に左拳を走らせる。


 そして――


「――痛ぅっ、さすが新進気鋭のトラブルバスター……顔にもらったのは久しぶりだ」


 手応えはあった。顎先を撃ち抜いた。大抵の奴ならこれで意識が飛んで異能の制御も不可能になり、右手の拘束も解放される――そのはずだったが、スクリットは少し悲しそうな目で俺を見る。勿論右手も解放されていない。


 そして俺は魔眼こそ開いていないものの確かに見た。打つ瞬間、奴の顎の奥から首筋にかけて、まるでメッキで加工された様に一瞬薄い金属で覆われたのを。


 顎から首を固定して脳にダメージを伝えなかった――そういうことだろう。


 ……やはり簡単にはいかなさそうだ。


「お前は鉄仮面で顔を隠して戦ってたって聞いたことがあるぜ。そうすりゃ良かったんじゃないか?」


 言ってやるが、しかし。


「僕の異能でアキラさんの拳を防いだら、アキラさんの拳が痛むよ」


「そうか? 俺は試してみてもいいけど」


「……大人しく僕と一緒にラビィさんの仕事を請けようよ。アキラさんが仲間になるなら僕より好条件だって聞いてるよ。羨ましいぐらいだ」


 周りの目を気にしてか、スクリットが小声で言う。マーケットを抜けようとしたときに現われたスクリットとこの状況になった。外れの方とはいえ、まだ周囲には火を囲んで仲間と酒の入ったカップやジョッキを手に語り合っている連中がいる。にわかに始まった俺と彼の揉め事に観戦に回った奴もいるだろう。


「お前もFBIなのか?」


 彼と同じように小声で尋ねると、スクリットは静かに首を横に振り、


「……僕はラビィさん専属の下請けだよ。まだ何度か仕事をしたことがあるだけ――アキラさん、僕のことは?」


「都市伝説みたいな噂だけはな」


「そう――ラスベガスで組織と揉めてしまって、あそこにいられなくなったんだよ。街を出たときにラスベガスの異能犯罪界隈にチェックを入れてたエージェントにスカウトされて、ラビィさんを紹介されたんだ。それからはここで普段は商売をして、彼女から連絡が入ったときに仕事をする――そんな感じ。一定の成果を挙げればアメリカの市民権をくれるって約束なんだ」


 そう言う彼の目に意志の力がこもる。


「ラビィさんは今回、アキラさんを押えて僕らの仲間として獲得することができれば僕にもどこかの街の市民権をくれるって約束してくれた。裏家業なんかに精を出さなくても時々FBIの仕事を請けるだけで莫大な報酬をもらって、気ままに生きていける」


 そんな風に言う彼に、俺は――


「……俺が知ってるスクリットは真面目でストイックで――気の良いやつだよ。お前は他に道がなくて裏社会にいるんだな」


「アキラさんは違うの?」


「いや、同じだよ――物心ついたときには裏社会こっち側さ。二歳の頃に認定死亡扱いで戸籍上は鬼籍、それさえ知らずに異能犯罪者に育てられてた」


「だったらやり直すチャンスじゃないか」


 そんなことを言うスクリットに告げる。


「俺は俺を育ててくれた奴に感謝してるし、そのお陰で助けてやることができた仲間がいる。それに裏社会こっち側にやり残したことがあるんだ――しばらく足を洗うつもりはない」


「そう――アキラさんには良い出逢いがあったんだね」


 そう呟くスクリット――その顔を覆うように額から顎にかけて鉄の仮面が現われる。


「でも、僕は僕のためにアキラさんを止めるよ、残念だけど。生きてさえいればいいと言われてるんだ」


「……それを言ったのはラビィだろ? あいつは今頃俺の仲間にノサれてると思うぜ」


「関係ないよ。それは僕の落ち度じゃない――先に謝っておくよ、アキラさん。でもいつかわかってもらえると思う」


 宣うスクリットは、全身から殺意によく似た雰囲気を発している。


 北区トップスリー――その一角の《鉄人アイアンマン》スクリット。その実力、見せてもらおうか。


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