第3章 追跡者たち ⑧

 念動能力者サイコキネシストの後は特にトラブルもなくマーケットに辿り着くことができた。


 道中は時間なりの人出だったが、ここまで来れば人が多い。まず目につくのは、酒や簡単な料理を売る屋台の近くのテーブルや、通りの端で一斗缶やドラム缶で火を焚いてその周りで談笑する住人。


 半分は昼間マーケットで商売をしている者で、もう半分は暇を持て余している住人か。


 そういう連中の為の屋台料理ならいくらでも買えるのだが、こんな日持ちしないものを買っても仕方ない――いや、せいぜい二、三日だし意外といける、か?


 いや、今の気候じゃ怪しいな……


「――おう、アキラ。なんだ、今頃メシか? 今日はずいぶん遅いじゃねえか」


 週の半分はここで夕食を済ませる俺も立派な常連だ。見知った商売人に声をかけられ、そういや《パンドラ》じゃつまむものばかりでまともな食事を採っていなかったなと思い出す。


「よう、そういう訳じゃあないんだけど――なあ、この時間に日持ちする食いもんってどっかで買えないかな」


「日持ちぃ? 缶詰とかか? 昼間ならともかくこの時間じゃどうだろうな」


 そう言う中年の男性は、自分の店(とは言え、屋台だが)の携帯式ガスコンロに鉄鍋を二つ並べ、揚げ餅と揚げバナナを売っている。フィリピンにいた頃も現地のマーケットでよく見た光景だ。


 ……………………


「なあ、餅とバナナって売ってもらえないか?」


「あ? そりゃお前それが俺の商売だよ、知ってるだろ。売ってくれと言わりゃ喜んで売るさ」


 訝しむように言う彼ははたと気付き、


「――あ、お前日持ちする食いもんってウチの材料をか?」


「切り餅と房のままのバナナなら日持ちするよな」


 そう――揚げる前の切り餅とバナナならに、三日の保存食としては十分だ。しかもどちらも腹持ちがいい。


「アキラに頼まれたんじゃ仕方ねえな。売るなんて言わねえよ、持ってってくれ。どれくらい欲しいんだ?」


「どれぐらいあるの?」


 尋ねながら店主の向こうのストッカーを見る。バナナは一房と少し、切り餅は――ざっとみた感じ二十庫くらいか? 一食に二個食べるとして、それが二人――


「全部くれ」


 二人で二日保たない計算だが、バナナもあるし、水さえ確保すれば一日二日は食わなくても死にはしない。それにいざとなれば荊棘に魚を捕らせればいい。


「全部? そりゃ無理だ、アキラには世話になってるしよ、そりゃあ譲ってやりてえが全部くれちまったら俺の商売にならねえよ」


 さすがに俺もタダであるだけ寄越せなどと言うつもりはない。昼間署長に有り金のほとんどを集られたが、さすがに素寒貧では不味いと部屋に戻って武器を用意したときにいくらか補充してある。俺は財布から紙幣をいくらか抜き取って店主が着けているエプロン――そのポケットにねじ込む。金額的には今ある材料を全て調理して売った金額より少し多いはずだ。


「――と思ったけどこんなに気前よく払われたら仕方ねえな!」


「サンキュ――恩に着るよ。丈夫で清潔な袋とかないかな?」


「おお――トートバッグでいいか」


「助かる」


 店主は切り餅とバナナを入れた紙袋の口を折って閉じると、それをトートバッグに入れて俺に差し出した。


「こっちは早めに店じまいできてありがてえがよ、ちっと高い買い物じゃねえか?」


「訳ありでね、急いでるんだ」


「おっと、トラブルバスターのなんて聞きたくねえ。それ以上言わないでくれ」


「はっは――しばらく顔見せないけど、元気にしてろよな」


 冗談めかして言う店主に俺も笑顔でそう答える。


「おお、アキラこそ気をつけてな。なんかに負けるなよ」


 笑ってそう言う店主に手を挙げて応え、踵を返す。よし、食料は手に入った、幸先がいいぞ。


 あとは水だが――そちらは実は心当たりがある。


 スクリットという知り合いがいる。俺と同い年ぐらいで、本当にこの街の住人かと思うほど気のよさそうなタイ人だ。彼はメインストリートのマーケットの下請けをしていて、北区で水の販売と自動販売機の商品補充を仕事にしている。ウチのアパートの自販機の補充もしていて、そこで行き会って知り合った。


 水なら自販機で買えば時間など関係無く調達できるが、アメリカの自販機は一ドル札以上の紙幣は使えないことが多く、そして一ドル札や小銭は大抵持ち歩かない俺たちにとって自販機で大量購入は難しい。メインストリートにある銀行はこの時間じゃやってないし、マーケットの商売人たちに両替を頼んでも彼らに百ドルを崩してもらうのは難しい。


 しかしスクリットなら釣りを握らせればまとまった量の水を売ってくれるだろう。彼の水の歩き売りは営業時間外だが、以前マーケットの外れのバラックに住んでいると聞いたことがある。そこを訪ねれば売ってくれないなんてことはないだろう。


 足早にマーケットを抜けようとしたその時、目の端に見知った顔を捉えた。ツイてる――いや、本当にツイてたらこんな切迫した状況になっていないんだろうけど。


「――スクリット!」


 声をかけると、短髪で浅黒い肌の少年が俺に気付き、笑顔を見せる。


「やあ、アキラさん。こんばんは」


「よう、スクリット――お前を探してたんだ」


「僕を?」


 彼に駆け寄ってそう伝えると、スクリットは穏やかな笑顔で尋ねてくる。


「ああ――ちょっと事情があってな。まとまった量のミネラルウォーターが欲しいんだ。けど小銭がなくて自販機は使えない。なあ、手間賃で釣りはやるから、明日の売りもんか、じゃなけりゃ自販機開けてまとめて売ってくれないか」


 財布から百ドル札を出して見せながら彼に言う。


「や、自販機を開けなくても部屋に戻れば明日の商品はあるよ。どれくらい欲しいの?」


 ざっと考える。ええと――体重が五十キロで確か一日に必要な二リットル弱必要だったか? 俺はいいとして、荊棘はあいつどれくらいの体重だ……?


 まあいい。一日二人で四リットルとして、余らせるぐらい用意しておけば問題ないだろう。


「二十リットルぐらい欲しい」


「そりゃあ多いなぁ」


「頼むよ」


 困った素振りを見せる彼に伝えるが、彼は首を縦に振らない。


 そうだ、と思い出す――


「お前、前にバラック出たいって言っていたろ――俺、アパートを出るんだ。部屋は契約更新したばっかで半年分は家賃払ってあるから好きに使って良いぜ。部屋にあるものも好きにしていい」


「ええ? 水二十リットルにアパートの家賃半年分を払うつもりかい?」


「急いでるんだよ」


「……まあ、他ならぬアキラさんの頼みだし、そんな条件なくても売ってあげたいんだけど」


 そう言いながらスクリットは俺が札を持つ手の手首を掴んだ。


「水を手に入れたら、アキラさんは街を出るつもりでしょ? それは困るんだよね」


 咄嗟にスクリットの手を振り払おうとするが、しかしスクリットの手と掴んだ俺の手首の周りに金属の枷の様なものが現われる。その枷は俺の右手首とスクリットの左手を一体化させるようにがっちりと食い込んだ。


 ――!?


「ごめんね、アキラさん――アキラさんを街から出すなって命令されてね。行き違いにならなくてよかった」


「……ラビィか」


「そういうこと。アキラさんには何度か世話になってるしね、このまま大人しくしていてくれたら助かるな。アキラさんを傷つけずに済む」


 この野郎――気の良い奴だと思ってたが、やっぱりこの街の住人か。


 そして、この能力――何もないところから金属らしきものが現われた。こんな超能力はない、はっきりと特殊能力ユニークスキル――


 この力――なるほど、彼がこいつだってんなら誰も知らないわけだ。俺もスクリットみたいな大人しそうな奴が音に聞くあいつ・・・だとは思わなかった。まさかってやつだ。


「――……お前、《鉄人アイアンマン》か」


「そういう風に呼ばれることもあるね」


 俺の問いに、スクリット――《鉄人アイアンマン》スクリットは是と答えた。



※次回から第四章になりますよろしくどうぞ!

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