第3章 追跡者たち ⑥

 約束された成功を掴める精神観測者サイコメトラー――そんな異能を持って生まれて闇に堕ちる奴はほとんどいないが――探せばゼロではない。目の前の男もそのレアな一人というわけだ。


 構える。距離は十メートルあるかないか――飛び込めば捉えられる距離ではあるが、魔眼を開いて身体能力にブーストをかけても一瞬以上の時間はかかる。それを見てカルロスが間合いを取るのは、能力者なら銃弾を避けるよりは楽な作業だろう。


 ――さて。


「度し難い馬鹿だな。精神観測者サイコメトラーが道を踏み外してんじゃねえよ。どこの国でもちやほやされるだろうに――高いビルのてっぺんから俺たち異能犯罪者を見下ろす生活ができたはずだろ?」


「うるせえよ、精神観測者サイコメトラーが選ばれた勝ち組能力者だなんて話は当事者でもねえ連中が騒いでるだけだぜ。てめえ自分のガキが精神観測者サイコメトラーだったらって想像してみろよ。愛してやれるか? 本当に? ガキはこっちの隠したいことまでなんでも読み取って来やがるんだぜ?」


 俺の言葉にカルロスが吠える。


「……知り合いに後天的に精神観測サイコメトリーに覚醒した少女とその家族がいるよ。親父さんは犯罪組織に娘を利用されそうになって、それを止める為に罪を犯すことになったが、それでも娘を守った。多分今頃両親とともに精神観測者サイコメトラーになった娘を愛しているはずだ」


「そりゃ珍しい――後天的覚醒も、家族が上手く行ってるのもな。ウチはそうじゃなかったってだけだ」


 そうか――そうか。俺はまともな両親がいないし、育ての親も俺も異能は精神観測サイコメトリーじゃない。知識として精神観測者サイコメトラーを支援する制度があるということを知っていただけだ。言われてみれば精神観測者サイコメトラーを養育する者の心情なんて考えた事がない。


「……謝った方がいいか?」


「だったら両手を挙げて降伏してもらおうかな。俺の雇い主が到着するまで大人しくしていてくれ」


「それは承服しかねるし、無駄だ――俺の仲間がラビィを倒すだろうから」


「見てたよ、運転席からな――FBIのエージェントとあそこまで渡り合うとはおっかねえ友達を持ってやがる。あれじゃあラビィも危ないかもな。そん時は――そうだな、最初のあんたの提案に乗るよ。今はラビィが来るのに賭けてあんたの足止めをするだけだ」


「――俺が走って逃げたらどうする?」


精神観測者サイコメトラーの追跡から逃げ切れると思うなら試してみろよ」


 ――やはりこいつはここで殺すべきか。殴り合いの中で触れたらアメリカを脱出する算段が筒抜けだ。こいつは情報で飯は食わないなんて言っているが、FBIにシメられたらどうなるかわからない。


 必要なら殺す。俺にはそれができる。だが――


「……大人しく諦めてくれればよかったんだ」


 キャミィの顔がちらついてこいつを殺す気になれない。思わず愚痴ると、


「てめえも仕事屋だろ、トラブルバスター――甘いこと言ってんじゃねえよ」


 そんな言葉が返ってくる。その通りだ、返す言葉も無い。


 ……ならば。


「っ――!」


 地面を蹴る。接触なしで無力化するしかない。


 踏み出した俺に警戒するカルロスだが、狙いはそちらじゃない――奴を迂回するようにして、壁にクラッシュした車――カルロスが開けっぱなしにしていたドアに近づく。


「なんだ? 車で逃げようってか? 無駄だよ――さすがに前後一輪ずつバーストしてちゃまともに走らねえ」


「ま、精神観測者サイコメトラーのあんたがそう言うならそうなんだろうな」


 精神観測者サイコメトラーの厄介なところは、その異能を活かしてあらゆる分野で一流の腕を発揮するところだ。車の運転も過去のドライバーや車に残された記憶、あるいは状態を読み取って完璧に近い状態で操ることができる。精神観測者サイコメトラーのカルロスが無理と言えば無理なのだろう。


 だが、車に乗り込むために近づいたわけじゃない。


「へっ、だったらどうしようってんだ」


「こうするのさ」


 俺は一瞬魔眼を開き、ブーストされた膂力をもって運転席のドアを車からもぎとる。金属が裂ける音と共にドアヒンジが壊れてドアは金属の塊に成り下がった。


「……それでどうするって? 鈍器を持ったって当たらなければ意味がないぜ」


 カルロスは俺から十メートルの距離を維持している。それが奴にとっての安全圏なのだろう。実際逃げに回った能力者を相手に簡単に詰められる距離じゃない。


「言っておくけど」


 俺はもぎ取ったドアを両手でしっかりと持って――


「――誰もヒラでやってやるなんて言ってないからな?」


 三度魔眼を開く。ハンマー投げの要領でその場で一回転。渾身の力でドアだった金属の塊をカルロスに投げつける。


「馬鹿にしてんのか? 銃を躱せる俺たち能力者にそんなもんが当たるかよ!」


 ましてや距離がある――金属塊は我ながら信じがたい速度で回転、円盤の如くカルロスに迫る――が、拳銃の弾速には遠く及ばないし、投げるモーションも引き金を引く瞬間を見切ることに比べればわかりやすいにもほどがある。


 カルロスは予想通りその金属塊の射線からステップで身体を逃がす。違うよカルロス、そうじゃない――精神観測者サイコメトラーなら無理にでも俺が投げたそれを受け止めて、直前の俺の思考を読めるか試すべきだ。


 俺は《深淵を覗く瞳アイズ・オブ・ジ・アビス》の影響でスローモーションに見える世界の中、奴の足が両方とも宙に浮いた状態になった瞬間グロックを抜く。カルロスの顔が歪む――


 避けろよ――そう願いながら額を狙って発射。カルロスは必死に弾丸を避けようと空中で身を捩る。その甲斐があって弾丸はカルロスの前髪を掠めて向こうへ抜けていった。


 しかし思惑通りだ。空中で無理な挙動をしたせいでカルロスはそのまま背中から地面に落ちる。そうだろう――こいつは《魔眼デビルアイズ》でも《色メガネフォーアイズ》でもない。空中で直前の回避行動から別のベクトルの回避行動に切り替えるのはさすがに無理なはず。


 そして倒れたカルロス――その右足首を慎重に狙って引き金を引く――命中。カルロスはくぐもった声で呻き声を上げた。


 実質的な決着だ。片足で俺とつかず離れずで足止めをするのは無理だろう。逃げる俺を追ってくるのも。右足が使い物にならなければたとえ通りがかりの車を捕まえたとしてもアクセル操作ができないはずだ。


 グロックを納め、倒れたカルロスに――


「念のため、左足も撃っておくか?」


 尋ねると、カルロスは仰向けに倒れたまま勘弁しろとばかりに手を振った。


「負けだ、負け――実を言うとよ、ラビィから電話がかかってきてあんたを追えって言われた時から俺ぁ今日死ぬんじゃねえかと思ってたんだ。死なずに済むなら死にたくねえ」


「能力で俺の異能を知ったから?」


「違えよ――この街で有名なトラブルバスターが相手だぜ? 俺は自分ってもんを知っている。やり合うことになったら勝ち目はねえと思ってたさ」


精神観測者サイコメトラーが言うと含蓄があるな……無理な仕事は受けなきゃいいだろ」


「あんたは相手が怖いから仕事は請けません、なんてクライアントに言えるのか?」


「……ま、言いにくいことは確かだ」


「だろ? ――おいトラブルバスター。このままここに寝てたんじゃ通りがかった車に轢かれちまうが、撃たれた傷が痛くて敵わねえ。手を貸せよ」


 そう言ってカルロスは手を伸ばす。俺はその手を引こうとして――


「――危ねえ。その手には乗るか」


「ちっ、触っちまえばまだ戦えるかもしれなかったのによ」


 カルロスはそう言いながら今度は上着のポケットをまさぐり、取り出したそれを俺に向かって投げて寄越す。マガジンだ。


「俺の銃と一緒に持ってけ――銃を奪われたってことにすりゃあまだ言い訳が立つ」


「……そうかよ」


 そう返して受け取ったマガジンをポーチに、さっき弾き飛ばしたカルロスの拳銃を回収してベルトと腹の間にねじ込む。


「――あんたのその傷、キャミィに相談してみろよ。《モンティ家》の伝手を使って腕の良い治療屋を探してくれるはずだ」


「あんたと敵対したことがバレたら恨まれそうだけどな」


「キャミィだってこの街の住人だぜ。昨日と今日で立場が変わるのは知ってるさ」


 告げてやると、カルロスは吐き捨てるように――


「――あんた街から出てくんだろ? もう関わりたくねえ、二度と戻ってくるなよな」


「悪い、約束があるんだ。そのうち戻ってくる」


「ちっ、後悔するなよ――あんたのツケで《パンドラ》で死ぬほど飲んでやるからな」


「キャミィに嫌われない程度にしとけな」


 そう言って踵を返す。カルロスももう追って来ないだろう。


 俺はポケットの中の荊棘が残したメモに触れ、マーケットへと足を向けた。



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