第3章 追跡者たち ⑤
◆ ◆ ◆
角を曲がってミラーを見る。際どいタイミングで曲がったはずだが、車も俺の後を追って曲がってくる。これで曲がりきれずに事故るようなら楽だったのだが、そう簡単にはいかないらしい。
まあ、そうか。FBIのエージェントがバックアップに選ぶ奴だ。ドライバーの人相・雰囲気から現地調達だとは思うが、そこそこ腕が立つ
バックホルスターのグロックを抜き様、魔眼を開いた。同時に体を捻って狙いを定める。標的はタイヤ――照準、発砲。
しかし望んだ結果は得られなかった。確かに弾丸はフロントタイヤに命中したが、依然車は追ってくる――くそ、
この速度域ならたとえ防弾タイヤでも何キロも走れるもんじゃ無いと思うが、かと言ってこいつを連れたままマーケットに向かおうとは思えない。
それに、俺なら――
そう考えた途端、後ろの車が速度を上げる。そうだ、防弾タイヤは言うほど万能じゃない。パンク後も一定速度でなら最大百キロほど走行できるというのが標準スペック。スピードを上げれば上げるほどタイヤにかかる負担が大きくなって走行距離は短くなる。
俺なら、タイヤが完全に使い物にならなくなる前に余力を使い切ってでも逃走者を捕まえる。どうやら
この分だとガラスも防弾だろう。俺の
――悪いなマックス。お前のウラル、有効に使わせてもらうぜ。餞別にって言ってたし、手放すときはぶっ壊せって言っていたぐらいだ、構わないよな。
アクセルを操作する手を放し、側車に手を伸ばして荊棘が残したメモを回収。その間に車は距離を詰めてきた。
ギアをニュートラルに入れ、アクセルを開ける。当然エンジンは唸るだけでスピードは上がらない。
ミラーで確認すると、マシントラブルとみたかドライバーの表情から強い意思が伝わってきた。俺は自分で言うのもなんだが仕事柄慕ってくれる人もいるが、敵も多い。ドライバーから伝わる殺気は、もしかしたら過去に俺の仕事で割を食ったことがあるからかも知れない。
――だとしたら申し訳ない。再び苦い思いをさせてしまうことになるから。
振り返り、ミラー越しではなく自分の目でウラルと
魔眼を開いたまま、ウラルのステップを蹴って跳ぶ。同時に車のバンパーがウラルの後部を激しく激突――だが、俺は既に空中に離脱済み。無人になったウラルは無惨にも重量差と速度差の衝撃で弾き飛ばされる。
空中から見下ろすと、ドライバーは目を剥いて俺を見上げていた。だがそれも一瞬、ウラルの慣性で跳んだ俺と俺をウラルごと轢き殺すつもりだった車の速度差のせいで、車は俺を抜いていく。
目論み通り俺は車のトランクに着地――するつもりが、跳びすぎたのか計算より車が速かったか――あわや車が通り過ぎてしまうといったところでリアスポイラーに手をかけ、なんとかトランク上に着地する。
そしてバランスを取り、バックサイドホルスターとともに吊ってあるナイフを抜く。如何に防弾ガラスと言えど、ナイフでけがいてやれば割るのは容易い。割ってしまえばその防弾能力も意味はないというわけだ。
しかしナイフをリヤウインドに押し当てようとしたとき、車はスキール音を立てて激しく減速した。くそ、急ブレーキを踏まれたか!
慣性のせいでバランスが崩れ、身体がリヤウィンドに押しつけられる。そして車内のバックミラー越しにドライバーと目があった。口元に笑みを浮かべている。
そして、急加速――今度は車上から転がり落ちそうになって再びリアスポイラーに掴まる。なるほど、
だったらやり方を変えるまで。そこから引きずり出してやろうじゃないか。
身体を車体から乗り出して、高速で回転するリアタイヤ――そのサイドウォールを狙ってナイフを構える。サイドミラーで俺が何をしようとしてるか察したのだろう。ドライバーは俺を振り落とそうと左右に車体を振るが、その程度は予想済みだ――片手と片足をスポイラーにかけてある。こちとら能力者だ、わかっていればこの程度のGに耐えるのは容易い。
改めてタイヤのサイドウォールにナイフを当てる。俺はただナイフを固定するだけでいい。タイヤの回転でサイドウォールは亀裂が入り、タイヤ自身の圧力でバーストする。
途端、車はグリップを失い、接地したホイールが激しい火花を発する。続けてもう一度バースト音――先の銃撃でダメージを与えたタイヤにも限界がきたようだ。
ナイフを納め、周囲に注意を向ける。タイヤを二つ失ったことでいくらかスピードは落ちたが、制御は戻らないらしい。車は歩道に乗り上げて道路沿いの建物に一直線だ。
その歩道に立っていた、誰も守らない道路標識に掴まって車から離脱――車は半スピン状態で建物に激突した。
――惜しい。運転席側からぶつかれば楽にトドメをさせたのだが、もしくはそのまま逃げられたのだが――車は助手席側からクラッシュした。
運転席からドライバーが飛び出すように降りてくる。
「――トラブルバスター!」
「……こういう時、不公平だなと思うよ。相手は俺を知っているのに、俺は誰だかわかんないんだもんな」
「舐めてんじゃねえよ、名乗ったばっかだろうが!」
男に告げると、相手は眉間に皺を刻んで叫ぶ。そう言われて俺はようやく気がついた。
「――あんた、カルロスか? キャミィの友達の――なんだよ、マスタングじゃないじゃんか」
彼は青いマスタングのカルロスだった。昨日キャミィが路上で止め、暴れるマックスを止める為にマーケットに向かう俺とキャミィを乗せてくれた男――……
「そうだよ、
そう言ってカルロスが拳銃を抜き、俺に向ける。
「――おい、この街で銃を誰かに向ける意味はわかってるだろう? 下げろよ――キャミィの友達なら殺したくない」
「そう言われてはいそうですかと頷いてちゃこの街で仕事はできねえよ」
「俺もやられてやるわけにはいかない――キャミィに免じてもう一度だけ言ってやる。銃を下ろせ」
告げる。最後通牒――しかし返事は言葉で返ってこなかった。カルロスは黙したまま引き金を引く。
右にサイドステップ。身体を射線から逃がしたところで気付く――カルロスは引き金を引いたままだ。くそ、フルオートか!
魔眼を開いたままだったのが幸いだ。俺のステップを見てカルロスが銃口を先回りさせる。その間に発射された弾丸は四――内一発、三発目は命中コースだ。
足を止めればその前に放たれた二発目に当たる。加速すれば四発目に引っかかる。ちっ、さすが――組織に属さず、自分の名前だけでゲヘナシティを生きる北区の住人――それなりの腕を持ってやがる!
思い切り仰け反って射線から逃れ――その勢いで地面すれすれのバク転を敢行、両足で地面を掴む。慣性をねじ伏せるような身体の制御に全身の筋肉が悲鳴を上げるが、鉛玉を喰らうよりマシだろうと説き伏せる。
サイドステップから挙動を予測したカルロスは、ステップからバク転に切り替えた俺の挙動に目を剥くがそれでもコンマ遅れで銃口を戻して追ってくる。
その刹那で更に四発ロスしてる。大抵の銃ならそろそろ弾切れが見えてくるのだが、一、二、三、四、まだ出る――ロングマガジン?
――付き合ってられるか!
左のサイドステップを見せ、それを囮に再度右にステップ。追ってくる射線を振り切ってグロックを抜き、その銃口を奴の額に向けて――
――チラリとキャミィの顔が脳裏に浮かんだ。照準を額からカルロスが持つ銃に変えて発砲。弾丸はカルロスが持つバレルを捉え、手の中から弾き出す。
更にカルロスが取り落とした銃に向かって発砲。銃はアスファルトを滑り、一足では届かないところへ。カルロスはそれを見送って――
「……そんな適当に撃ってその精度かよ――北区最強って噂は本当かもな」
「知るか。追って来ないと約束するなら骨の二、三本で勘弁してやるぞ。それだけの負傷なら俺を取り逃がした言い訳になるだろ?」
グロックを納めて告げる。しかしカルロスは俺の言葉に答えず、半身を引いて身構えた。
「それができりゃあ楽なんだけどな」
もう警告はしてある。奴が構えた瞬間、奴が前に出した左腕――その死角に滑り込むように身を低くして踏み込む。
――が、俺が踏み込むのと同時にカルロスは大きく跳び退った。まるで俺が一気に間合いを詰めようとしているのがわかっていたかのように。
「簡単に間合いには入れさせねえよ。あんたと直接やり合うのはおっかねえからな」
その言い回しに違和感を覚え、俺は一旦魔眼を閉じる。
「……あんたも結構やりそうだけどな?」
「あんたが
――! こいつ、俺の《
「安心しろよ。あんたの異能は誰にも話してねえよ。雇い主にも。俺にもプライドがあってな――情報で飯を食ったら
「……隠してるつもりなんだけどな。どうやって知った?」
尋ねると、意外にもカルロスはあっさりと答えた。
「名乗ったとき、握手しただろ?」
そうか――そうか。腹が立つ。自分にだ――直接やり合って
認識を改めなければならない。こいつは警戒すべき能力者――
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