第3章 追跡者たち ④
◆ ◆ ◆
――アスファルトを彼女と仲良く転がったあと、異能を解除して立ち上がって彼に目を向ける。丁度角を曲がったところだ。車は一台彼を追っていったけど、アタルくんならあれくらいは自力でなんとかするだろう。
私と一緒に彼を見送った彼女に告げる。
「行っちゃったね。これでもうあなたは
そう言うと、さっきの落下で頭を割ったらしい金髪の
「……まさかあんな手を使うなんてね」
「あなたが悪い。もっと雑魚なら軽くあしらってあげるつもりだったんだよ? けどねぇ、そうするには少しばかりあなたは手強くってねぇ」
まあ、楽しいからウェルカムなのだけれど。勿論アタルくんほどじゃあないけれど、頭を割られた時はゾクゾクしたし、
「嫌な女――殺すつもりなら殺せたんじゃない?」
私の言葉に、彼女は眉間に縦皺を刻んで言う。さっきの攻防のことだろう――確かに、毛束の量を倍にして本気で締めれば完全に窒息させることはできただろうけど。
「かもね。けど彼の精神構造はなかなか複雑でね――あなたが私を殺したら彼はあなたに反目するだろうけど、多分私があなたを殺しても彼は私に反目するんだよねぇ。そういう訳で殺さないようにあなたをたたき伏せないといけないんだ」
「面倒な男――」
「だよね。でも可愛いところもあるんだよ? 彼にはいい子がいるんだけどね、誰がどう見たって好きで好きでたまらないって感じなのに、本人はその子を遠ざけようとするんだ。自分には資格がないってね。ふふ、いじらしくて可愛いじゃないか」
「興味がないわね、そんな情報は――欲しいのは彼の身柄よ。だからあなたを叩きのめして彼を追う」
「あの爆発で私たちをロストしなかったのは評価するけど、さすがにもう追いつけないでしょう?」
「かもね――でもあなたは彼と落ち合うつもりでしょ? その方法と場所を吐かせればいい話だわ」
「……なるほど、実に合理的だね」
身構える彼女。彼女はもう私を叩いて情報を吐かせることにしか興味がないようだけれど、私は違う――彼と離れて彼女を足止めしたのは土産代わりに楽しむためだけじゃない。確認しておきたいことがあるからだ。
「あなたにとってアタルくんはそんなに魅力的かい?」
「あなたにとってもそうだから日本に連れて帰りたいんでしょ? 彼の能力は飛び抜けている。治安維持装置として制御したいと思わない国家はないでしょうよ」
「本当に彼を見てたの? 彼は制御できないよ――それに」
今にも飛びかかってきそうに見える彼女に尋ねる。
「私には、あなたがそうまでして彼を求めるのはFBI云々じゃなく、別の意味がありそうに見えるんだけど?」
「やめてよね――彼は確かにキュートだけど、未成年に手を出すほど倒錯してないわ」
「性的な興味があるのかなんて聞いてないのにそんな風に誤魔化すところが怪しいんだよね。あなた、
主張は名前のまま――世界は能力者の為のもの。世界を支配し管理・運営するのは能力者で異能を持たない人間は人間に非ず、といったものだ。
一般的に知られている存在ではない。もしかしたらアタルくんは知らないかも――そんな希有な存在だ。
だが、話だけは聞く。彼らは決して群れない。秘密結社と言っても組織や団体があるわけではない。世界は能力者の為にあるもの――そう考える(特にあらゆる意味で力を持った)個人が心に秘める暗い闇。それだけに尻尾が掴めず、また様々な分野で力を持った者が暗躍するため、世界は知らず
今や国家の首脳陣に能力者がいない国などない。どの国の首脳陣にも
アタルくんが社会悪なら、
「――……あんなサイコ連中と一緒にしないで欲しいわね」
「答えるまで間があったね? まさか本当に
半分鎌をかけるつもりで問うと、彼女はせせら笑うように言った。
「……それで? 私が
「開き直るんだ、意外――どうもこうも選民思想に囚われた異常者じゃないか、合点がいったよ――そうだね、アタルくんはハイレベルの能力者だからね。こだわって手元に置きたい理由もわかる」
「ハイレベルなだけじゃない――彼が超越者なのは明らかだけど、その能力は不明――でも一見して
「そして一般人を殺させる? させないよ、そんなこと――」
「それは意外ね。あなたほどねじ曲がった人なら、世間では危険視される
「――……、実はね」
私は少し躊躇って、それでも彼女に語ることにした。
――これは宣誓だ。
「私は子供のころ、酷い選民思想を持っていてね」
その言葉に彼女は片眉をあげる。
「――なんだ、仲間だったの? だったら――」
「まあ聞きたまえよ。私は蝶よ花よと育てられたこともあって、それはもう王様の如き振る舞いだったらしいんだ――らしいというのは、実は私には小さい頃の記憶が残っていないんだ。でもね、朧気ながらに憶えていることもある。私には小さい頃、よく一緒に遊んだ幼馴染みのような男の子がいたんだ。結婚の約束もしたことがあったんじゃないかな? ふふ、可愛い話だろう? まあ、気づいた時には彼はいなくなっていたんだけど」
「……時間稼ぎに付き合うつもりはないわ」
締めていた首と同時に解放してしまった銃を構えて彼女は言う。勿論セーフティは解除済みだ。引き金を引けば弾丸は発射される。
そんな彼女に――
「時間稼ぎのつもりはないよ――今から不条理なほど殴られる理由ぐらいは知りたいんじゃないかなと思ったんだけどね」
「へえ? できるのかしら、FBIの私に?」
「違うね、FBIに這入り込んだ異常者だ」
即座に訂正してやると、彼女の顔が険しくなる。しかし構わず私は続けた。
「中学生の頃にね、親に尋ねてみたんだよ。小さい頃に遊んでいた男の子といつから遊ばなくなったんだろう、今彼はどうしているんだろうってね。ふふ、そう聞いたら母さんがぼろぼろと泣き出したんだ――その男の子は私の実弟で、あんまり私が虐めるからいつか殺してしまうんじゃないかと思って里子に出したんだってさ。おかしいよねぇ、私は彼と楽しく遊んだ記憶しかないんだけれど」
私の言葉に、彼女はなんとも言えない顔をする。
「――イカれてるわね。それともカイン・コンプレックス?」
「同胞葛藤だったね、そんな程度じゃなかったそうだよ」
彼女の言葉にそう返して私は続ける。
「アメリカにも孤児の能力者を引き取って管理、育成する機関があるだろう? その手の機関に法的手段をとって保護してもらったらしいよ。そして自分のせいで弟が捨てられたと知った私は弟がいた記憶を自分で封じて、すっかり大人しくなったんだそうだ。少なくとも表向きはね――ふふ、笑うだろ。小さい頃の素敵な思い出だと思っていたのは、自分の手で虐めて追い出した弟の記憶だったなんてさ。私は選民思想で自分が王様だと思い込んで、記憶からも弟を消した異常者なのさ」
「……その弟が彼だから、私を排除して彼を守りたいってわけ?」
「いや、そうかも知れないと思って調べたけれど、彼は弟じゃない――私の弟は今も行方知らずだよ。公安になれば機密書類にアクセスできると思ったのに、私自身が当事者のせいで当時の記録は未だ閲覧できずじまいさ」
「結局何が言いたいのかわからないわね。同情でもされたいわけ?」
「とんでもない――私が公安になったのは、機密書類にアクセスできるからだけじゃない――母から、両親から真実を聞かされて――と、親のせいにするのはお門違いってやつだね。真相を知って
「あなたには主義者として十分な資質と資格があるのに、惜しいわね――そのセリフ、虚勢じゃないといいけれど」
「真人間の振りができない異常者は社会にいるべきじゃないよ。私が表社会から追い出してあげる」
彼女が引き金にかけた指に力を込める。私も言うべきことは言った。弾丸を躱すため前に出る――
さあ、楽しくやり合おうか。
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