第3章 追跡者たち ①
「――ラビィ!」
俺は銃を下ろし――ついでに魔眼も閉じて彼女に語りかける。
「追ってこないでくれ! あんたと構えたくないんだ!」
「言ったはずよ、アキラ! アメリカの――いいえ、世界の平和のためにあなたを野放しにはできないわ!」
ラビィはそう叫んで銃口を俺に向ける。この距離なら魔眼に頼らずとも弾丸を躱すことができる。荊棘のケアもまあできるだろう。トリガータイミングを見逃さなければいい。
だが、それもラビィが
「一般市民が嫌なら、
「――……それって現状維持じゃないか。あれで交渉のつもりなのかな?」
「あんたは黙ってろ」
茶々を入れてくる荊棘を一喝し――
「俺はあんたが思ってるほど大した男じゃないし、政治にも興味はない! 国家元首の暗殺? まさかだろ――あんたは俺のことを知らなすぎる! そんなリスキーなことをしたりしない!」
「できないとは言わないのね――リスクを背負ってでも実行する、いつそんな風に気が変わるかわからないでしょう?」
極論だ――ラビィが言うことが正しいのなら、世界中全ての能力者を管理するべきだ。でないと誰がいつ政治的思想によってその異能を振るうのかわかったもんじゃない。彼女の言っていることはそういうことだ。
――……いや、少なくとも犯罪者でない能力者は戸籍や所属する組織によって管理されていると言える、のか? だとすれば管理されていないのはIDのない異能犯罪者や、反社会組織に所属する者たち――……アメリカ、いやFBIはゲヘナシティや他の一部の都市に異能犯罪者を集め、潜入したエージェントによって管理しようとしている……?
――いや、それこそ妄想めいた推測だ。大体、海外の麻薬カルテルがこのゲヘナシティの下部組織を通してアメリカ国内にどれだけのクスリを流通させているかわかったもんじゃない。
それだけ見てもアメリカ政府がゲヘナシティを意図的に社会悪の吹きだまりにしているとは考えにくい。それをしているということは、アメリカでも社会問題になっている麻薬トラブルを政府は容認――どころか、片棒を担いでいることと同義だからだ。
「――……アタルくん。これはあの時の私と同じで、もう割り切ってやり合うしかないんじゃないかな?」
黙れと言って黙るような女じゃない――荊棘がウラルを運転しながら面白がるように言う。
「簡単に言いやがる。お陰で今苦労してるっていうのに」
「そんなこと言っちゃって。君にとって額に銃創がある男は仇敵だったんでしょ? 偶然の産物ではあるけれど、その情報をもたらしたのは他ならない私だよ?」
「あんたに目をつけられなきゃ、そもそも日本を出て連中と構えることもなかったんだ」
「それは責任転嫁じゃないかい? 君が罪を犯さなければ公安に目をつけられることもなかったんだ。加えて言うなら、『できない』って言ってしまえばいいじゃないか。それを言わないのはプライドに障るのかな?」
その荊棘の言葉に、状況も忘れて呆然としてしまう。そうだ、さっきもラビィに言われた。できないと口にしないのは、俺が無意識にそれを口にしたくないと思っているのだろうか。
……例えば、アメリカ大統領の暗殺を依頼されたとして、俺はそれを実行することができるだろうか。
多分、できる。殺すだけなら。生きて帰ってこられるかどうかは別だ――というか、単独でなら限りなく難しい。
しかし、たとえばラビィが味方だったとしたらそれも可能になる公算が高い。突入と撤退を
リスクが低ければ要人暗殺の依頼を受ける精神的ハードルは下がる。ラビィはここまで踏まえて執拗に俺を国外に出させまいとしているのだろうか。
「――そこで、私から君に提案があるんだけど」
「あんたに借りを作るつもりはない」
「聞くだけ聞きなよ。それに貸しを作ろうってわけじゃない。もう一つ、追加で取引をしようじゃないか」
「取引だと?」
尋ねると、荊棘は頷いて話し始める。
「このまま上手くことが運べば、君は日本に渡って仇敵を地獄にたたき落とすことができて、その上報酬として真人間のステータスを手に入れるわけだ」
「……まるで今が人間じゃないみたいな言い方だな」
「自覚がないのかい? 君は異能犯罪が蔓延る現代社会――その闇の部分の権化みたいな存在だろ? 異能犯罪が君という存在を作り、育て、そして君自身も罪の輪廻に囚われている。社会悪と言っていいだろうね。ああ、それ自体が悪いとは私は思わないよ。社会悪があるから、私みたいな人間も真人間のふりをして禄を食むことができる」
「ああ、そうかよ――それで?」
「君が日本の戸籍――真人間のステータスを手に入れたら、表向きは罪がなかったことになる。そうなると私は君に手出しができなくなる――さっきも言った様に永遠にリベンジの機会を失うわけだ」
「――報酬の戸籍の発行を破棄しろってか?」
「結論を急がないでくれよ。それを取り上げると君が私に協力するメリットがなくなるだろ? そうじゃなくて――そうだな、技術教練とかそんな名目で、一度公安に出向して私と殴り合いをするっていうのはどうかな?」
荊棘の要求は、彼女らしいと言えば彼女らしい――ぶっ飛んで悪趣味なものだった。
「武器や異能はなし、君が望むなら立ち会い人を用意して、互いの命に危険が及ばない範囲でって条件をつけてもいい。その代わり死力を尽くしてやり合おう」
「……あんたにメリットは」
「大いにあるよ。君に殴られたのが忘れられなくってねぇ。たとえ殺し合いじゃないとしても君に一矢報いるチャンスをもらえるなら大歓迎さ」
そう言って微笑む荊棘に、一年前の――戦闘中の彼女の姿がダブる。
「あんたのその悪趣味な要求を飲んだとして、俺は何を得られるんだ?」
「彼女の相手は私がするよ。殺すにしても、撒くにしても、君がFBIを手にかけたって記録は残らない」
もっとも、ここで連中を全員消してしまえば後の心配は要らないと思うけどね――荊棘はそう締めくくる。
FBIのエージェントを名乗ったのはラビィだけだ。筋を考えれば、彼女との直接的な交戦を避ければ連邦捜査局を相手にしたわけじゃないと言い訳はできる、か。
「ラビィも馬鹿じゃない。ことの成り行きを本部に連絡してるだろ――彼女が消えて俺がこの街からいなくなれば、どう考えたって俺が怪しい」
「だから、それを私が肩代わりしてあげるって話さ。君を巡って公安とFBIが対立したって形に持っていくよ」
「できるのか、そんなこと――」
「公安も無能じゃないよ。日本人――というか日本出身の君がアメリカで犯した罪を問題にされても、逆のケースで相殺する札の一枚や二枚、押えているさ」
「……任せていいのか」
「勿論。アタルくんこそ、私と死なない程度に殺し合いをしてくれるんだろうね?」
荊棘の言葉に、俺は――
「……いいだろう。取引してやる」
そう告げると、荊棘はこの世の憎愛を全て集めたような禍々しい笑顔で、
「交渉成立だね。嬉しいよ――やあ、俄然やる気が出てきたな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます