第2章 魔女二人 ④
銃声。ラビィが引き金を引いた。
キャミィやベアトリーチェ――そしておそらくリチャードやアイラも――のような一部の人間を除けば、この店に来るような連中に拳銃の単純な射撃は通用しない。トリガータイミングを確認して回避できる実力がある奴らだ。
だが、荊棘はそんな実力者たちをもってしも驚きを禁じ得ない行動にでた。躱さない――いや、荊棘はまだスツールに座ったまま。躱せない、が正解か。
しかし荊棘は、放たれた弾丸を素早くつかみ取った。
荊棘が中空で握りしめた拳を開くと、ぽろっと鉛玉が落ちる。
「痛ぁ……グロック17かと思って格好つけたら、これ弾丸が違うね? 24じゃないか」
そんな風に言う荊棘だが、言葉と違って顔は笑っている。俺にも荊棘と同じことができる。できるが――それはかつて夏姫に託し、そして一昨日の夜、襲撃者から奪ったこの特製バトルグローブがあればの話だ。
対して荊棘は素手――素手で弾丸を掴もうとするのは生身にそれを受けることと同意だ。野次馬の連中がその光景に目を剥く。俺も連中と同じリアクションを取りかけてはっとした。
異能――荊棘の《
それを裏付けるように、荊棘の結膜が赫く輝いている。
俺の視線に気付いた荊棘が正解だよとばかりにウィンクをして見せ――そしてラビィが荊棘に告げる。
「丸腰よね? 振る舞いを見ればわかる――抵抗しないなら一発で楽にしてあげるわよ」
「そこまで見抜かれるのか――やれやれ、これは簡単にはいかないかな」
そう言って荊棘はスツールを蹴って立ち上がった。
(――アキラ!)
(いつでも店から出られるようにしておけ! 万が一俺が死んだらすぐに逃げろ!)
そして次の瞬間――ラビィの姿を見失った。
「――!」
「動かないで」
そして、声――いつの間にか背後を取られ、後頭部に銃を突きつけられている。
「できればアキラ、あなたは生かしたまま手元に置きたい。あれを殺した後、あなたが心変わりしてくれるのに期待している」
――
荊棘が言う通りラビィの銃がグロック24なら、フルオートではない。オートマチックの性質上、引き金が戻るのを待たなければならないから次弾発射までフルオートよりタイムラグが長い。つけいるならそこか。
……まあ、銃口を突きつけられたゼロ距離射撃の初弾を躱せなければ意味がない話だが。
「ラビィ、あんたに俺のルールを教えてやる」
「あら、是非拝聴したいわね」
嘯くラビィに告げる。
「この件でキャミィとビーチェ、ついでにマックスとリチャードとアイラに手を出したら、どんな手段を使ってもあんたを殺す。あんたが手を出していいのは俺と荊棘だけだ」
「おや、私は守ってくれないのかな。悲しいな――それとも信頼されていると喜ぶべきかな」
「……ラビィ、満点はあいつを殺して俺から手を引くことだ」
「酷いよアタルくん」
俺と荊棘のやり取りに、後頭部に突きつけられる銃から伝わる殺意が濃くなった。
「この状況で随分と余裕ね」
「超越者二人を前に、先に能力を明かす能力者ほどじゃないさ」
(――キャミィ、
言葉と精神感応、同時に別にことを伝えるのは難しい。それでも苦心しながらラビィの気を引き、キャミィに伝える。
(アキラは?)
(なんとかする)
そうとしか言えない――そして、
「私も教えてあげるわ、アキラ。私のこれはね、余裕じゃなくて自信と言うの」
ラビィの言葉――それと同時に後頭部に感じていた銃の圧力が消える。同時に荊棘の横に銃を構えたままのラビィが現われた。狙いは荊棘の側頭部――引き金にかけた指に力がこもっている!
ちぃっ、間に合え――
俺はそう念じて魔眼を開く。異能――《
その擬似的な加速状態で足を伸ばし、荊棘の腹に前蹴りをたたき込む。荊棘も自分が蹴られるとは思っていなかったのか、別の理由か――荊棘の場合、別の理由という可能性が多分にある――されるがままに蹴られ、後方に吹っ飛んだ。
その場からかき消えるように吹っ飛んだことで、ラビィが放った弾丸は標的を捕らえることができずに店の壁に穴を穿つ。
「……どうして私を蹴るかなぁ。今はそっちの彼女を蹴るべきじゃなかったかい?」
二、三メートルは飛ばされてたたらを踏んだ形になった荊棘が、しかし嬉しそうに俺に言う。
「うるせえよ。FBIと構えたくないんだ」
蹴り足を下ろすと、荊棘は楽しそうに笑った。
「君は意外と司法に弱いよね」
「犯罪者って自覚があるからな」
「邪魔しないで、アキラ――本当に殺してもいいのよ? あなた以上と断言できないとしても、あなたと同格のタレントは他にもいる」
「――そいつは俺のことか、ああ?」
ラビィが俺に視線を送り――そして背後でマックスが動く気配。それはダメだ――
「――マックス!」
「やめて!」
俺の静止とキャミィがマックスの腕を掴むのは同時だった。
「放せよ、おい――兄弟のピンチだぜ、加勢するだろ、普通!」
「やめてマックス、相手が悪いわ――
「ダチに守られてダチと言えるかよ!」
「――なあ、マックス」
キャミィの制止を振り切ろうとするマックスに、ラビィを睨んだまま告げる。
「あんたにはキャミィとビーチェを任せたつもりだったんだけどな?」
「……ヘイ、イケんのか?」
「たかが
「――はっ、言ってくれるじゃない」
ラビィが荊棘から俺に照準を変える。途端、荊棘が動いた。異様なほど身を低くして、下から打ち上げるようにラビィの横っ腹を蹴る。
今度はラビィがたたらを踏み、そしてふっと消えた。荊棘は蹴った瞬間に再び動き、テーブルにいた客たちに背を向けるように立ち位置を変える。
ラビィは荊棘の背後をとるように現われたが、すでにその時荊棘は位置を変えていた。荊棘とラビィは間を空けて向かい合う形になる。能力者同士でも一足じゃ詰められない間合い。だがしかし、ラビィの方は――
荊棘は好戦的な目を彼女に向けて、
「私は別に、あなたと敵対するのに躊躇はないなぁ」
「国際問題になるわよ?」
「外交官がチェスを指すんでしょ? 好きなだけやってもらったらいいじゃない」
そう言って荊棘は俺に視線を向け、俺を追い払うような仕草を見せる。
「あー、アタルくんはお友達と一緒に行っちゃって。後で合流しよう」
「ダメよ、アキラ――動いたら撃つわ」
再び俺に銃口を向けるラビィ。
「あれあれ? 私を牽制しなくていいのかい? さっきは随分痛そうだったけど」
「……油断していたことは認めるわ。けどこの間合いなら躱せる――そして私の方は、その気になればいつでも間合いを詰められる」
「間合いの外から攻撃されるとは思わないのかな?」
「あなたは銃を持っていない」
「確かに、私は銃を携帯していない。国外に持ち出しできなかったからね。でも」
荊棘が言葉を句切る。同時に、荊棘の背後に十数丁の拳銃が現われた。荊棘はただその場で佇んでいるだけ――しかし空中でゆらゆらと揺れる銃の銃口は全てがラビィに向いていた。
「銃撃できないとは限らないんだな」
その異様な光景にラビィは唇を噛んで銃口を荊棘に向け直す。
「くっ……!」
「どっちを狙ったらわからなくて忙しいね?」
ラビィを煽る荊棘。そして――
「な――」
「おい、銃が――」
「いつの間に――」
警戒しながらも荊棘とラビィの――ついでに俺のバトルを野次馬していたテーブル席の客たちが急に慌ただしくなる。それぞれジャケットの内側やホルスターが空になっているらしい。
……なるほど、荊棘は《
先のマックスの攻撃を避けた時やラビィの銃撃を防いだ時も思ったが、引き出しが増えてやがる。
荊棘はその奪った銃の一つを自分の手元に手繰る。手にしたリボルバーに一瞬目を落として――
「ピースメーカー――私の好みじゃないけど、名銃だ。持ち主は趣味人かな?」
そう言って手の中で弄ぶかのようにガンスピンを始めた。高速で回るリボルバー――それが突如火を噴いた。いつの間にか荊棘はだらしなく――しかし銃口はしっかりとラビィに向けてグリップを握っている。
トリックシュート――シングルアクションならではの技術だ。ガンスピンの中にアクションを隠し、撃鉄を起こす。その時に引き金を絞ったままなら弾丸が発射されるというわけだ。
「――好みじゃないけど、こういう使い方ができるのがシングルアクションのいいところだ」
荊棘の発射タイミングを伺っていたラビィは荊棘のトリックシュートを見抜けず、銃を構えたままピクリともしなかった。ただ、弾丸も当たりはしなかった――掠めていったのか、彼女の髪が何本かはらりと落ちる。
「次は当てちゃってもいいかな?」
「――当てなかったことを後悔しなさい。もう油断はしない。次の一瞬で終わらせる」
「背後を取って死角から確実に撃つ?
荊棘が肩を竦めて言う。これは俺にも読めた――
荊棘は雷神の太鼓の様に背後に銃を展開している――つまり、髪を伸ばしている。ついでに
「――っ!」
ラビィ自身も
「そちらから仕掛けてきたんだよ。応じているだけなのにそんな目で見ないで欲しいな――どこなら飛べるか、試すなら今のうちにどうぞ」
どうやら口ぶりから対策しているのは背後だけじゃないようだ。致命的な一撃を受けそうな位置はケアしているらしい。
睨み合う二人――そんな中、荊棘が一瞬だけ俺に視線を向ける。
「――ほら、アタルくんたちも今のうちに」
「しかし、後で合流って言っても――」
「そんなのなんとでもなるよ。私としてもね、君がFBIと本格的に構えるのは嬉しい話じゃないんだよ。ほら、行った行った」
しっしっと手を振って見せる荊棘。まあ、
「――キャミィ、ビーチェ、こっちだ――マックスも」
この場で唯一荊棘の異能を把握している俺は、目を凝らして彼女の髪に触れぬよう店の壁に沿うように出口へ向かう。三人も言われた通りまっすぐ出口に向かわずに俺に続く。
「待ちなさい、アキラ――」
「待つのはあなただよ、アタルくんを構っている余裕なんてないはずだろう?」
二人の声、銃声――俺たちはそれらを振り切るように《パンドラ》を後にした。
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