第2章 魔女二人 ②

「つまり、アタルくんはFBIが利用するから日本の公安は黙ってろと。あなたはそう言いたいのかな?」


「イエスよ。ただし一部訂正させてもらうわ。利用じゃない。私たちはアキラと助け合うことができる――そう確信しているわ」


 ラビィと荊棘が睨み合う中、マックスが小声で囁く。


「――ヘイ兄弟。女がお前を取り合ってるぜ。修羅場だな」


「意味は限りなく遠いが、修羅場には違いない――」


「まさかラビィの奴がFBIだったとは――マジに驚いたぜ。驚いたが、合点もいった――今日のラビィはおかしかった。兄弟を詮索してた――値踏みしていたんだな」


 FBIに誘うに値するかどうかを――マックスがそう締める。


 俺たちが話している間も、荊棘とラビィの舌戦は続いていた。


「ふん、協力? 確信? なんともアメリカ人らしいものの言い方だね。で? 助け合うだって? アメリカ合衆国サムおじさんがアタルくんに何をしてくれるって言うんだい?」


「アメリカ国籍を検討してるわ。アキラがFBIのエージェントになれば表向きのIDが必要になる。彼はアメリカ国籍を手に入れ、この自由の国でそれを全うする権利が与えられる」


「はん、私たちが出した条件と変わらないじゃないか」


「一緒にしないで。彼を日本から追い出したあなたたちと私たちじゃ彼の価値についての理解度がまるで違う。国籍なんておまけ、ついでよ――まず、契約金として千万ドル、年俸は百万ドルを提供できる」


 ラビィがどう? と言わんばかりに俺に目を向ける。が――


「俺が何かしゃべっていいのか?」


「勿論。私たちはアキラ、あなたを高く評価してるわ。報酬が足りないというのなら私が上に掛け合うわよ」


「……ま、こんな時に最初に提示する額なんて上限の六、七割ってとこだろうけど、金額はこの際どうでもいい」


 ラビィに告げる。


「自由の国で自由を全うする権利だって? 俺に言わせればIDなんて自由を縛り付けるラベルに見えるけどな」


「あっはっは――君が言うと重みが違うね」


 俺の言葉に荊棘が手を叩いて笑う。


「さすがアタルくんだ。子供のころからルールや組織に縛られず、自由を貫いてきただけのことはある」


 荊棘のコメントに無表情で彼女を睨みつけるラビィ――そんな彼女に、マックスが告げる。


「ヘイ、ラビィ――飲み仲間のよしみで教えといてやる。金で釣れる悪党は二流だ――アキラがその気になればあんたの言った年棒の三倍は稼げる」


 マックスに言われ、ラビィは目を吊り上げるが――しかしマックスは言葉を止めない。


「考えて見ろよ。兄弟にもう少しやる気があれば今夜だけで《グローツラング》と《ロス・ファブリカ》を終わらせることもできた」


「――おい、マックス! しゃべりすぎだ!」


 咎める。テーブル席にはこっちの様子を覗う連中が大勢いる。公にするような話じゃない。


 だがマックスは、


「構いやしねえよ。アキラは日本に行くんだろ? この街で多少噂になったってその内消えるさ。人の噂も七十五日ワンダー・ラストス・バット・ナイン・デイズってな――ともかくだ、そんな男が本気で金が欲しいってんなら連中の代りに自分がでっけえ椅子に座りゃあいいんだ」


「私も一言添えておこうかな。君は彼を――彼らを見誤っているんじゃないか? そりゃあ中にはそうじゃないタイプもいるだろうけど、彼らにとっては他人のルールに縛られないことこそが自由だよ。他人にルールを強いることができる力があるんだ、社会に管理されることが自由なわけがない。年に百万ドルもらってFBIに飼われるより、自分で選んだやり方で月に一万ドル稼ぐほうが魅力的だと思うよ」


「だったらあなたはどんなエサで彼を飼い慣らそうとするつもり?」


「飼いならそうだなんて――私はアタルくんを管理するつもりはないよ。事件を一つ片付けたらお別れ――もしその後に彼の力が必要になれば、その都度交渉するさ」


「……それを聞いたらますます彼の身柄をあなたに――日本に委ねるわけにはいかないわね」


 ラビィはそんなことを言って荊棘を睨みつける。


「彼にどれだけの価値があると思ってるの?」


「プライスレス――おっと、ちょっと皮肉が効きすぎているかな?」


 荊棘はそう言ってくすくすと笑い、


「評価はできていると思うよ。おそらく個人として世界有数の戦闘力を誇る異能犯罪者さ」


「――違いねえ。アキラは今このゲヘナシティ最強の男だからな」


「……そんなわけあるか」


 二人の言葉に異を唱えるが、


「一晩で西と南のビッグボスをぶっ飛ばして、東の大将とは痛み分け。北区の《鉄人アイアンマン》や《分析屋アナリスト》は実在するかさえ怪しいUMAみてえなもんだし、《暴れん坊ランページ》と呼ばれる俺とは兄弟分。しかも兄弟は譲らねえが、俺は俺の方が下でもいいっつってんだぜ。この街で誰がそんなお前の上に立てるってんだよ――そんでこの街で最強なら、他でもその座は簡単に譲らねえだろうよ」


 ……随分と高く評価されたものだ。俺自身、一対一で勝ちきれるかわからない相手が何人か思い当たるというのに。


 しかしラビィはそんな俺の高すぎる評価をそうとは思っていないようだった。つまり、適切な評価だと判断したらしい。


「それがわかっているのなら、是が非でも彼を諦めて欲しいわね。アキラはアメリカにいるべきよ」


「どうして? アタルくん自身が自分で日本に行くと決めたのに? それは自由を謳う君の主張からブレるんじゃないかな」


「世界有数の能力者である彼を管理下に置くのは世界支配者アメリカとして当然の義務よ」


 ラビィの言葉に、待ってましたと荊棘が笑う。


「大国主義もいいけどね、まさかまだ戦勝国だと思ってるのかな? 能力者の軍事転用が未発達で、軍事力にモノを言わせたWW2第二次世界大戦の頃とは時代が違うよ?」


「だからこそ、アキラの様な能力者は管理されるべきよ。ただの悪党ならいい――それこそ《グローツラング》や《ロス・ファブリカ》のような私腹を肥やすのに忙しい連中ならね。けど、彼は違う――今のところ彼の行動から政治的主張は見えてこないけど、だからこそ今のうちに管理すべきだわ。彼が世捨て人のような生き方をやめてテロリズムに目覚めてからじゃ遅いのよ」


「……そこまで社会性がないと思われてるのか、俺は」


(友達もいるのにね?)


 思わずそう口にするが、ラビィも荊棘も俺の事はお構いなしににらみ合いを続ける。唯一キャミィだけが精神感応でそう伝えてきた。


(それにしても話がキナ臭い流れになってきたな――キャミィ、どう見る? 実際FBIが異能犯罪者をスカウトするなんて有り得るのか?)


 ついでだ――尋ねてみると、彼女なりの見解が返ってくる。


(聞いたことがあるわね。実際に現場に立ち会うのは初めてだけど。組織に属さずに暗躍できる異能犯罪者って、それはそのまま優秀なエージェントとして素質があるってことだから。アキラなら資格は十分――どころか、最高のエージェントになれると思うわよ)


(……まさかだろ)


(裏社会のハイエスト・バトルアスリートから司法のトップ・エージェント。素晴らしいサクセスストーリーね?)


(勘弁しろよ……)


(私は捕まえないでよ)


(仮に俺がエージェントになったら、その時はたっぷりと機密情報を流してやるよ)


 俺とキャミィが意志を交わしている間も、荊棘とラビィの舌戦は続いている。


「アタルくんがその私腹を肥やすのに忙しいっていう連中とは違うとわかってて金で釣ろうとしたわけかい?」


「目に見える報酬を提示するのは悪いアイディアじゃないと思うけど?」


「アタルくんはお金に固執するタイプじゃないよ」


「それでも私たちは彼を――《魔眼デビルアイズ》を管理しなければならない」


 ラビィの口から飛び出した思わぬ言葉に、俺は思わずぎょっとした。



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