第2章 魔女二人 ①

「アタルくん」


 一度は置いたグラスを手に、中身を舐めながら荊棘は俺に半眼を向けた。


「君が年上の女性に好かれるのは知っているけど、よくもまあこれだけタイプの違うキレイなお姉さんが集まるものだねぇ」


 闖入者の姿を見て荊棘が溜息をつくように言う。


 キャミィは健康的な明るい金髪美人で、ベアトリーチェはどこか品がある線の細い美女。荊棘はファッションこそ尖っているが見てくれは悪くない。夏姫は言わずもがな。


 そして闖入者――ラビィはキャミィとは正反対――男好きするタイプの美人である。その彼女がいつの間にか俺たちの背後に立っていた。


「ヘイ、ラビィ――今日はどうした? いちいち俺たちの神経を逆なでにしねえと気が済まねえのか、ああ?」


 怒号を上げたのはマックスだ。声を荒げながらスツールを蹴って立ち上がり、ラビィに詰め寄る。


 落ち着けよマックス――そう声をかける前に、当のラビィがマックスを押し退けた。


「ごめんなさい、マックス――今はあなたに構っている余裕はないの」


 そう言って、座ったままの荊棘に近づき、彼女を見下ろす。荊棘は慌てるでもなく、どこか面白がるように――


「こんばんは、レディ――ああ、もうレディと言う年じゃなかったりする? なに、悪気はないんだよ。私たち日本人には欧米人のあなた方は実年齢より上に見えてしまうから」


「安心して頂戴、多分あなたと同じくらいだと思うから」


「そう、なら良かった」


 荊棘はそう言ってにっこりと笑い、


「で? アタルくんの送別会をぶち壊しにしてあなたは何がしたいのかな? 見た感じ、アタルくんより私に何か言いたそうな感じだけど?」


「単刀直入に言うわ。彼から手を引いて? 日本で事件が起こっているみたいね、でも私たちには関係ない。日本にはあなた一人で帰って頂戴」


「おい、ラビィ」


 ラビィの物言いに俺もたまらず口を挟む。話の要点は俺だ。口を挟む権利はあるだろう。


「今日のあんたはおかしいぞ。それに俺が行くと決めたんだ、あんたにそれを止められる謂れはないな」


 ラビィがちらりと俺に視線を向ける。


「それがそうじゃないとしたら?」


「ああ?」


 彼女の胡乱な言い分に尋ねると、


「アキラに私の仕事を話したことはなかったわね?」


「ああ――それに聞き出すのもこの街じゃマナー違反だ。俺はあんたに仕事を尋ねたことはないし、あんたも話したことはない――それがどうした?」


 そう言ってやるとラビィはポケットから手帳を取り出した。それを俺と荊棘に見せる。そこにあったのは二枚のIDと、バッジ。


 反応を見せたのはマックスだった――


「――FBI、だと?」


 マックスの驚く声に店内がざわめいた。当然だ、市警の人間とは訳が違う。この街の市警はどちらかと言えばなんて回りくどい言い方をせずともはっきりと俺たちと同じ側の人間だ。


 だが連邦捜査局FBIとなればいくらこの街にいようが話は別。その名の通りアメリカの治安を維持するため、広域にわたってあらゆる犯罪を取り締まる、アメリカの公安警察――


「あんた、FBIのエージェントだったのか」


「そうよ。驚いた?」


「……連中の仲間に加わりたいぐらいにはな」


 俺は言って店内を指し示す。ラビィがFBIであることを肯定した瞬間、テーブル席にいた北区以外の――つまり俺たち以外の客は全員厳しい目で俺たちを見ている。


 俺たちはと言うより、ラビィをだ。彼女の真意を探るため、そして場合によっては戦うか、逃げるか――その選択をする為に。


 ラビィはそんな彼らにひらひらと手を振って――


「あなたたちは好きに飲んでていいわよ。今日はあなたたちに用はないし、正体を明かした以上、私は明日には街を出る。私がFBIのエージェントだと知って、それでも奢ってくれる人はいないでしょうからね」


(――アキラ!)


 ラビィの口上の途中、キャミィが精神感応で俺に問いかけてくる。


(どうしよう? どうしたらいい? 逃げるべき?)


(……動くな、俺たちはこいつが能力者であるかどうかさえ知らない。この街に潜入しているエージェントだ、能力者じゃないなんてことはないだろうけど……もし厄介な能力を持っていたらどうなるかわからない。彼女の真意を探ってみよう)


「――で、そのFBIのエージェントが俺の送別会をぶち壊してなにか得をするのか? 場合によっちゃあんたがいくらFBIのエージェントだからって、俺もいい子ではいられないな」


「――私を殺す?」


「まさかだろ――誰を殺してもFBIのエージェントだけは殺すなってのが先祖代々伝わる家訓なんだ。酔い潰れるまで酒を奢って、その後は二度と出くわさないように逃げることにする」


 これが正面から捜査に乗り込んできたエージェントであるなら答えは明白だ。異能を振るって他者を傷つける凶悪犯――俺を捕まえにきたのだろう。


 しかし彼女は何ヶ月も前から俺や、俺よりこの街で有名なマックスを知っている。捕まえるなら今までいくらでもその機会があったはずだ。それをそうとはせず、友人のように振る舞ってきた。


 何か別の目的があってゲヘナシティに潜伏している。それは明白だが――……


 それに彼女がFBIである以上、はっきりと敵対するのはまずい。彼女が正体を明かした今、その身分を使ってこの街の市警を使うこともできるだろう。


 それ以上にFBIを敵に回せばこの国で逃げ場所がなくなる。


 ラビィは俺から目を逸らし、荊棘を睨みつけながら言った。


「アキラ――私たちFBIにはあなたを仲間として迎える準備がある。日本に行かれちゃ困るわね」



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