第1章 闖入者 ⑤

「彼らは結果として殉職してしまったけれど、後任の私に成果を残してくれたよ」


「成果?」


 おそらく持ち出し禁止の機密情報なんだろう――荊棘は記憶を辿るように語り始める。


「組織の長が捕まったことで《組織グループ》は瓦解。幾つかの組織に分かれて縄張りを作り、互いに睨み合って共存していく――そんな予測が立てられたんだけれど、これが大ハズレ。|組織《グループ》の構成員がそれぞれ集まって新たな組織を立ち上げるってところまではこちらの予測通りだったんだけど、睨み合いにはならなかった。一つの組織が大暴れ――まあこの組織のせいで治安がどんどん悪化していったわけだ」


「……その組織を始末すれば現状はマシになる?」


「そう予測している。というかね、この組織についての調査に着手した途端捜査官が次々殺されて、しまいには全滅というわけさ。さっきは状況の収束なんて大袈裟に言ったけど、作戦目標はこの主犯格の組織の撲滅なんだよ」


 あの《バーミン》を潰した君だ、やってやれないことはないだろう? ――そんな風に荊棘が言う。


「さっき君たちの話を盗み聞きしたけど、今日だけで二つの組織を潰したみたいじゃないか」


「ちっ、聞かなくていいことを――言っておくが組織を潰したわけじゃない。それぞれのトップとやり合ってきただけだ」


「今回もそうしてくれたらいいよ。君が目標のトップを消してくれたら、取り巻きは私が片付ける。まあ、逆でもいいけれど」


「簡単に言いやがる――公安の捜査官を七人も殺すような相手だろ? そんなに簡単ならあんた一人で遊んでこいよ」


「さすがに一人じゃ分が悪そうでね」


 荊棘は大きく息をついて言う。


「前任が調べたところ、対象の組織は《組織グループ》が瓦解したタイミングで密入国してきた連中だ。一ヶ月くらい前――最後の報告では十人程度の組織だとか。まあ人数は時間も経ってしまったし増えていると考えた方がいいだろうけれど。報告にあった風貌からしてフィリピンか、インドネシアか――そんなところだと思う。外国の連中は日本に来たら無茶をするからね――額に銃創がある男を中心に、かなり好き放題しているみたいだよ」


 そんな荊棘の説明――俺は迂闊にもその言葉に反応してしまう。


「――額に銃創だと?」


「……おや? もしかして知り合いだったりする?」


 しまったと胸中でごちるが、もう遅い。荊棘は獲物を捕捉した猛禽の様に目を光らせる。


「そう言えば、アタルくんは日本を出て最初に行ったのがフィリピンだったよねぇ?」


「――! どうしてそれを――」


「公安が世界中の主要都市に独自のネットワークを持っていると聞いたら驚くかい? 今回アタルくんを探すにあたり、最初にしたことはあの日以降の君の足取りを追うことさ。私と愛しやり合った三日後に君がマニラにいたことは確認できた。まあその後の足取りを掴めなくて少々苦労したんだけれど」


「……俺が日本を出てフィリピンに向かったのを捕捉できたのなら、どうして追って来なかったんだ?」


「そりゃあ五体満足の君に、隻眼になった私――すぐに追ったってリベンジが果たせるとは思えなかったからね。リハビリもあったし。君はしばらくマニラに滞在したんだろう? 向こうで異能犯罪者と知り合う時間は十分にあったはずだよね?」


「さあ、どうだったかな」


「……あそこまではっきりと反応しておいて今更それは通らないでしょうよ」


 思いも寄らぬ所から背中を撃たれる。キャミィだ。ベアトリーチェとともに俺と荊棘の話を聞いていた彼女が呆れた様にそう呟く。


 ちっ――……


 荊棘に目を向ける。奴は期待を込めた目で俺を見ていた。忌々しい奴だ……しかし、荊棘の言う額に銃創がある男が俺の知っている男なら――


 ……俺は荊棘と取引をしてでもそいつを片付けなければならない。


 仕方なしに俺は口を開く。


「俺は日本を出た後、しばらくフィリピンのマニラにあった違法カジノで用心棒をして逃走資金を稼いでいた。そしてある日、ターニャと名乗る少女と知り合った」


「兄弟の口から女の名前が出てくるとは珍しいな」


 横から茶々を入れてくるマックスを黙殺し、


「そしてターニャは知り合った次の日にクズに襲われて――俺は助けようとしたんだけど、間に合わなかった。彼女は俺を庇って殺された」


「残念な話ではあるけれど、それが件の男と同関係があるのかな?」


 荊棘にそう言われるが、俺はまだ迷っていた。


 いや、迷っている振りをしているだけだ。もし件の額に銃創がある男が俺の知っている男なら、俺は荊棘の申し出に応え日本に行き、そいつを殺さなければならない。


「ターニャは花売りだった」


「……花売りって、そこら辺に咲いてる花か? そんなもん買う奴いるのか?」


「馬鹿ね、売春婦のことよ」


 マックスとキャミィの会話が聞こえる。どうやらあいつはキャミィが面倒みてくれるらしい。なら俺は気にしなくていいな――そう判断して先を話す。


「俺が知らなかっただけで、ターニャも俺が用心棒をしていた違法カジノを運営する組織の人間だった。その組織が運営する売春組織の花売りだったんだ」


「……それで?」


「ターニャを襲って、最終的に殺した男も同じ組織の人間だった。そして奴は俺にこう言ったんだ。組織の娼婦は組織の奴隷で売春はそのついでだと。だから花売りを組織の男がどう扱おうが構わないとな」


「クズね」


「クズね」


「クズだね」


 ベアトリーチェ、キャミィ、荊棘と女性陣の声が揃う。


「……で、俺はターニャの復讐で組織を滅ぼした。ただ一人の下っ端を除いて」


「そいつが額に銃創がある男なのかな」


「違う。殺さなかったそいつは組織で情報を扱う奴だった。万が一にもあんたが俺の足跡を辿れないように、そいつを殺さないことを条件に俺がマニラにいたという痕跡をできるだけ消させたんだ」


「……それでマニラ以降君の足取りを掴めなかったのか。ついでに聞くけどその後はどうしていたんだい? すぐにこの街に来たのかな?」


「いや、しばらくマニラで過ごして、その後はベトナムのホーチミンに渡った。そこからさらにタイのバンコクに向かってムエタイの賭け試合でいくらか稼いで、ゲヘナシティだ――いや、そんなことはどうでもいいんだ。額に銃創がある男は、その組織の幹部だったやつだと思う」


「確かかな?」


「いくら能力者でも額に銃創作って死んでないとはタフな奴だ――そんな風に思ったから憶えてる。額の中央に三ツ目みたいな銃創がある奴だろ?」


「写真が手に入らないから断定はできないけね。君が言うとおり額に銃創がつく様な状況ならたとえ能力者でも大抵は死ぬはず。それが生きてるってんだから印象深いね」


「……そうは言ってもどんな奴でどんな能力かはわからない。俺が憶えてるのは、連中の中にあいつもいて――確かに殺したはずだ」


「へぇ……どんな能力だったか憶えているかい? 超越者? それとも能力者?」


 荊棘のその問いに、俺は首を横に振ることしかできない。


「憶えてない――というより知らない。出会い頭に腹に鉛弾を何発かくれてやって、そのまま首をへし折ってやった。腹はともかく、頸椎を圧壊したんだ。脈をとって死亡を確認したわけじゃないが、だからって生きてるわけがない……」


「とは言え、額に銃創なんてそうはない特徴だよね。まあ外科的な手法で意図的につけられるものではあるけれど」


 そう言う荊棘の口調は確信的なものだった。俺がどう答えるかわかっているかのように、自分の望みが叶ったように嬉しそうに言う。


 そんな荊棘を不快に思いながらも、俺は自分が言うべき言葉を口にする。


「あの組織の生き残りがいるのなら、俺が片付けなきゃならない」


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