第三話 犯罪都市 エピローグ

 二人と合流した俺たちは、四人で連れ立って《パンドラ》へ訪れていた。


 いつも各地区様々な組織の客が訪れる《パンドラ》だが、今日はさすがに《グローツラング》に《ロス・ファブリカ》、《モンティ家》と思しき客はいなかった。いくらここが中立地帯であるとは言え、さっきの今で顔を合せるのは気まずいので都合が良かったが。


 四人でカウンターに並んで座り、それぞれ――というか主に俺とマックスがリチャードに注文を告げる。


「……本当にありがとう、アキラ――マックスも」


「今日はマジに俺のダチは最高にオカシイ連中だってことが良くわかったぜ――一人はゲヘナシティの三大組織の二つを相手にして抗争をやめるように説得しろなんて言い出すし、一人はそれをマジでやり遂げるんだからよ」


 ベアトリーチェの礼の言葉にマックスが言う。


「うん――今日は私が払うから、二人とも好きなだけ飲み食いしてね? キャミィも」


「私? 私は何もしてないわよ」


「そんなことない――一緒にいてくれた。随分助けられたわ」


「そんなこと――でもあんまり遠慮しすぎるのもあなたに失礼よね?」


「うん、遠慮しないで」


「言ったわね。それじゃあ後悔させてあげる」


 女性陣はそう言い合って笑う。それを横目にマックスは――


「――おいパンダマン、こないだクリスタルデキャンタ仕入れたっつってたろ、そいつを」


 その注文がベアトリーチェの耳に届く前に足を蹴飛ばしてやる。するとマックスは恨みがましい目で俺を睨み、常識的な注文に切り替えた。




「――でも、本当にやり遂げるなんてね」


 ひとしきり飲み食いした後でキャミィが言う。


「アキラは隠れた英雄ってわけね。これで地区間の抗争なんてことにはならないでしょ」


「――あら、隠れた英雄なんて。耳ざとい連中はもう今夜のアキラの偉業を知ってるわよ」


 キャミィの言葉に異を唱えたのはラビィだった。いつの間に現れたのか、彼女はカウンターで飲み食いしていた俺たちの背後に立っていた。


「こんばんは。盛り上がってるわね――祝勝会?」


 体のラインが見えるセクシーな出で立ちで現れたラヴィが、談笑していた俺たちに声をかけてくる。


「その言い方だと、今夜何があったか知ってるみたいね」


「東区は無人の街じゃないわよ。あれだけ大きな抗争があれば無関係な組織だって覗きに行くわ。そして人の口に戸は立てられない」


 反りが合わないキャミィが無愛想に言うが、ラヴィはどこ吹く風といった様子で答える。


「そこら中で噂してるわよ。《色メガネフォーアイズ》が《モンティ家》と組んで、《グローツラング》と《ロス・ファブリカ》を撃退したって。《暴れん坊ランページ》と組んでゲヘナシティの統一に乗り出した、なんて話も聞いたわね」


「勘弁してくれ――そんなつもりはないよ。頼まれて抗争を止めただけだ」


 面白がるように言うラヴィに答える。


「ふぅん、誰に頼まれたの?」


「自分をぶん殴ってくれなんて面白い依頼をするのはマックスくらいさ。《グローツラング》と《ロス・ファブリカ》を止めてくれって依頼だぜ、《モンティ家》に決まってる」


 俺が答えると、ラヴィはすっと目を細めた。


「へぇ? 昼間はその《モンティ家》のアドリアーノとマーケットで殴り合いをしていたのに?」


「――ヘイ、ラヴィ」


 剣呑な声を上げたのは、彼女に入れ込んでいるはずのマックスだった。


「何が言いたい? その歯になにか挟まったような言い方をしてないではっきり言えよ」


「別に、何も――気に障ったなら謝るわ。一緒に呑めたらと思ったけど、今日の所は退散した方が良さそうね?」


「そうかもな――あんたのことは嫌いじゃねえが、今日の態度は鼻につく」


 マックスにそう言われ、ラヴィは肩を竦めて去って行った。それを見送ると、キャミィが目を丸くしてマックスに尋ねる。


「どうしたのよ。あなたラヴィが好きなんじゃないの?」


「いい女だと思ってるよ。けどよ、今日は違えだろ。俺たちだけで楽しめばいい――それにあんな探るような態度は面白くねえ」


「驚いた。あなたもそんな感情があるのね?」


「お前なぁ!」


「冗談よ――でも、確かマックスの言う通り、依頼人を知りたがるような口ぶりだった」


 キャミィが考え込む様に言う。そんな彼女に言ってやる。


「そりゃ知りたいんだろ。逆の立場だったらどうだ? 俺とアドリアーノが殴り合いをしてたのは事実で、その晩には《モンティ家》と手を組んでいた。第三者なら興味が湧く話だと思うぜ。別に特別裏があると疑ってるわけじゃないだろ」


 多分違う。ラヴィの態度はどこか変だった。しかしそれを指摘したところでベアトリーチェが不安になるだけだ。


 名目上とは言えアドリアーノが《モンティ家》のトップである以上、ベアトリーチェは自分のことを表に出すつもりはないだろう。どの道真実を知るのは関係者の俺たちだけだ。そして俺たちから秘密が漏れることはない。


 とにかく――煙に巻くように俺がそう言うと、ベアトリーチェは安堵の息を漏らす。これでいい。


「――三地区のパワーバランスはそう変わってないはずだ。《モンティ家》は代替わり。《ロス・ファブリカ》も――《グローツラング》は替わらないだろうけど、マックスの話じゃ兵隊連中はヴィンセントの悲鳴を聞いていたんだろ? だとしたら今まで通りの独裁政権は難しいかもな」


「民主主義のギャングなんて聞いたことねえぞ」


「たとえだよ――組織内をまとめなおすのに時間が必要だってことさ――そんなわけでどこも地盤固めを優先するだろ。抗争なんてしばらくしたいと思わないんじゃないかな」


「……本当に、二人には感謝してもし足りないわ」


「思い詰めるなよ、友達だろ?」


「――とか言って、兄弟だってビーチェの為にやべえ仕事こなしたんだ。ちょっと色っぽい報酬とか期待してんじゃねえのか?」


 マックスの言葉にキャミィが反応する。


「ほんとマックスはデリカシーがないわね――アキラはいい人がいるんだから、あんたみたいに下心はないわよ」


「おっと、俺だってビーチェと兄弟に力を貸したくてやったんだぜ――俺が言いたいのはよ、ビーチェとアキラはお似合いじゃねえかって話さ。二人とも決まった相手がいねえじゃねえか。そしたらよ――」


「それが余計なお世話なの。だからあなたは女っ気がないんだから。気付きなさいよね」


「あんだと? 俺だってお前らが知らないとこじゃモテてんだぞ?」


「どうせ娼婦でしょ? あんたは顔役だし金回りはいいもんね」


 俺とビーチェを挟んで二人が言い合いを始める。その騒ぎの中で、隣に座るビーチェが戸惑いながら、


「……アキラ、あのね?」


「――ビーチェ、俺たちは対等な友達だよ。俺が今夜仕事をしたことも、あんたの血統も関係ない。あんたは好きなように振る舞えばいいし、俺もそうする。今まで通りさ、俺たちは何も変わらない」


 そう言うと、ベアトリーチェは僅かに笑って頷いた。


 そして――


「おっと、電話だわ」


 急に軽快なメロディが響いたと思うと、キャミィがそんなことを言って電話に応じる。一時言い争いが中断――マックスが俺に愚痴る。


「……なあ兄弟、キャミィの奴がひでーんだよ。俺のことをさ……」


「あんたはもっと堂々としてろよ――《暴れん坊ランページ》の名が泣くぞ」


「兄弟……やっぱ俺のことをわかってくれるのは兄弟だけだぜ!」


「でもデリカシーがないのはキャミィの言う通りだから気をつけろな?」


「兄弟ぃ……」


 マックスは悲しげに呟くと、酒の入ったグラスをぐいっと傾けた。


 ――と。


「――ねえ、アキラ」


 通話を終えたらしいキャミィが俺に声をかけてくる。


「うん?」


「あのね、今知り合いから情報提供があって」


「何の?」


「多分、あなたについてよ。腕の立つ日本人の少年を探しているアジア人……多分日本人の女性が今、北区であなたについて聞き込みをしてるんだって。心当たりは――」


 あるわよね? そう目で言うキャミィ。彼女の言う通り、心当たりはある――俺は反射的に一人の女を思い浮かべた。






※今回で第三話完結です。

本作はなろう様でも公開しているのですが、なろう様に比べてこちらはあまりPV回らないので次話からなろう様一本で行こうかなとも考えていたのですが、毎日♥投げてくださる方がいらっしゃるので四話もこちらでの更新を続けるつもりです。もう少しお付き合いいただけますと幸いです。

一~二本新作挟んで書き溜めの後に更新開始の予定で、夏前に更新を始められればと考えています。

フォロー、感想などモチベに直結しますのでどうぞよろしくお願いします。

よろしければツイッターの方も是非。


アタル(アキラ)を探す日本人女性とは一体誰なんだー(棒)


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