第5章 激戦 ⑪
ベアトリーチェに答えると、彼女の護衛二人がにわかにざわつく。しかしそれ以上に反応したのはキャミィだ。
「彼の異能を見たの?」
「多分、だけどな」
頷くと、キャミィは驚いた様にまくし立てる。
「ヴィンセントの異名は《
「ああ、俺も聞きかじった話からそう思っていたよ。けど超越者だって人間だ、なんとか方法を探して殺してやるつもりだったけど、そんな難しい話じゃなかった。奴の異能はおそらくノーリスクの超回復だよ」
治癒能力には弊害がある。それは個人の自然治癒力を促進しているだけであるため、回復される側に体力の消耗が課せられる。さっきビーチェが俺に栄養剤を飲ませたのはこれをカバーするためだ。
そして《
「――いや、兄弟。簡単に言うがよ……それってとんでもなくやべえ能力じゃねえか? 殺せねえってのはマジかもしれないぜ。奴は頭を撃たれて平然としてたって噂もあるんだ」
マックスが言う。が、それくらいは俺も考えている。
「可能かもな。ノータイムで治せるなら頭蓋骨を治し続けて弾丸を止めることができるかもしれない」
「そんな異能……本当に勝てるの?」
「一対一ならな」
不安げな表情を浮かべるベアトリーチェに言ってやる。それで安心した訳じゃないが、大丈夫だと念を押してやると少し表情が和らいだように見えた。
「むしろ問題は《セントルイスの悪夢》の方だ。準備してきた
互いに素の状態なら先制攻撃で勝てるかも知れないが、ヴィンセントのバックアップと奴自身の超音波攻撃を受けている状態では勝ち目がなさそうだ。
「……《ロス・ファブリカ》の方でも一発使っちまったしな……おい兄さんら、ここには備えがあるんだろ? フラッシュバンはねえのかよ」
俺の代わりにマックスがベアトリーチェの護衛たちに尋ねてくれるが、彼らは揃って首を横に振る。
「アキラの部屋には?」
「あるだけ持ってきたし、もし部屋にあっても戻って取ってくるような時間はないな」
キャミィの問いに答える。ヴィンセントの力の入れようじゃ、仮に部屋に在庫があったとしても戻ってくる頃には《モンティ家》と激しい戦闘に入っているだろう。地区間のパワーバランスに影響を出さないよう被害を最小限に食い止めるということであれば取るべき手段じゃない。
奴がコウモリに変身するという情報から、その特性から音響攻撃は有効なはずだと考えていた。しかし見積もりが甘かった。正直三発もあればどうにかなると思っていたし、奴があれほど強力な超音波攻撃をしてくるなどとも考えていなかった。警戒していたのは飛行能力や獣(と言っていいのかどうか微妙だが)の身体能力ばかりで――
しかし、次はどうにかしてみせる。
「兄弟、俺のスーパーブラックホークはどうだ?」
射撃がどうか、じゃない。発砲音が攻撃になるかどうかという意味だろう。
「多分有効だ。ヴィンセントはデザートイーグルに
「よし、じゃあこいつでなんとかしようぜ。無い物ねだりをしたって意味がねえからな」
マックスが自慢のリボルバーを手の中で回す。俺は頷いて、再び連中と相見えるべく立ち上がる。
その俺にベアトリーチェが待ったをかけた。
「待って、アキラ――そんなに血まみれじゃ動きにくいでしょ? 乾かすわ」
そう言って彼女は俺の右肩辺りに手をかざした。彼女の異能で血と消毒液で濡れた肩周りが軽くなる。同時に鉄の匂いが漂った。
「! ――ちょっと待ってくれ。ビーチェ、あんた水以外も乾かせるのか?」
「元が液体ならね」
とんでもないことをさらっと言うベアトリーチェ。当の本人は、乾いたことで粉状になって上着に付着した血をぱんぱんとはたいて落としている。
そう言えば、俺の部屋で彼女が異能を使ったとき、確かキャミィのタバコが――
「こっちはオーケイ。アキラ、左側も――」
そんな彼女の肩を掴み、告げる。
「……あんた、自分で何を言ってるのかわかってるのか?」
自分で思った以上に興奮していたのか、俺の剣幕にベアトリーチェの顔が強ばり、護衛二人が銃を出して俺に向ける。
「二人とも、駄目――……アキラ、何を言っているの?」
取りあえず彼女には答えず、護衛の男に尋ねる。
「水――水はあるか? 小さめのペットボトルがいい。あるならいくつかくれ」
「あ、ああ――」
護衛たちは頷いて、ロッカーからミネラルウォーターのペットボトルをいくつか出した、それを一つ受け取り、開封――中身のほとんどを床に捨て、軽く潰して蓋を閉める。蓋で密封したことでペットボトルは潰れたままだ。
「ちょっとアキラ、何をしてるの?」
「見てればわかる」
俺の奇行にも見える行動を咎めるキャミィを制し、ほとんど空になったペットボトルをベアトリーチェに見せる。
「ビーチェ――こいつを乾かせるか? ペットボトルの内側をだ」
「え? ええ、多分……」
空にしたと言っても、内側には水滴がつき、またほんのいくらか水が残っている。俺の問いにビーチェは戸惑いながらもペットボトルに手をかざした。まるで手品のように容器の内側を伝う無数の水滴が消え、同時にパンっと音を立てて潰れたペットボトルが膨らむ。
それを軽く握ってみる。ペットボトルは振った炭酸飲料のようにぱんぱんだった。
やっぱりか――
「……意味がわからないんだけど?」
呟くキャミィ。他の連中も同様だ、だからなんだとばかりに俺を見る。ベアトリーチェ本人もだ。
「キャミィ。昨日ビーチェが俺の部屋でビール缶やペットボトルの水滴を乾かした時、何が起きたか憶えてるか?」
「……なにかあったかしら?」
酔っ払ってて憶えてないのか? そう尋ねようとしたとき、はっとしたベアトリーチェが声を上げる。
「! キャミィが、タバコが燃えたって――」
「……あったわね、そう言えば」
「それだよ。俺もビーチェの言う《
「……水を分解すれば酸素と水素になるわね。その酸素でタバコが燃えたわけ?」
「そう考えるべきだろ――こいつを見る限りな」
俺は言いながら潰れた状態から目一杯に膨らんだペットボトルを掲げる。
「こいつの中には酸素と水素が詰まってるはずだ」
「……私の《
「そうだよ、ビーチェ――あんたの能力は《
「《
ベアトリーチェが呟く。
「ああ、そうだ。ビーチェ――あんたの力があんたの願いを叶える。この酸素ボトルは銃で撃ち抜けば爆発する。
「それって――」
キャミィが声を上げる。俺はそれに頷いて――
「《セントルイスの悪夢》を無力化して、《
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