第5章 激戦 ⑩

「兄弟!」


「悪い、話は後だ」


 落下中、耳元でマックスががなり立てる。かなりうるさいが超音波攻撃に比べれば可愛いもんだ。閃光手榴弾スタングレネードの影響で目が効かないだろうマックスを肩に担ぎなおし、ビル壁面に目を向ける。めぼしい窓の縁を蹴って落下速度を調整、地上を確認――狭い路地には屋上で見たヴィンセントの部下たちが倒れていた。マックスが片付けたのだろう。頼りになるぜ。


 銃撃戦の音が聞こえる中、地上に降り立つ。路地は通りというよりビルとビルの隙間だ、南に抜ければおそらく銃撃戦のまっただ中、北に抜ければ戦場から離れられるだろう。


「マックス、目は?」


「もう大丈夫だ――ったく、フラッシュバンを日に二度も喰らったぞ。絶対目ぇ悪くなってるぜ。兄弟は眼鏡屋に金でも貰ってんのか?」


 北に向かって走りながらマックスに尋ねると、皮肉とともに元気そうな声が返ってくる。足をとめて降ろしてやると、


「しかもビルから落とされたぞ、二度も! 兄弟じゃなかったらぶっ殺してやるところだ」


「悪かったよ。お陰で命拾いした、サンキューな」


「――は? 兄弟がか? いやまあ話は後で聞く。こっちだ」


 マックスはそう言って俺の前を走って行く。


「どこに行くんだ?」


「一応俺も退路を確保しとこうかなとか考えたんだぜ? けどよ、そっちの目星はつけといてくれたみたいだからよ、俺は案内するために戻ったってわけだ」


「目星って、誰が? どこへ行くんだ?」


 アミダの様にビルの隙間を走るマックスは、無数に並ぶ雑居ビルのその一つ――廃ビルにも見えるその前で止った。汚れた裏口のノブに手をかけて扉を開ける。


「ここだ――《モンティ家》の隠れ家の一つだってよ。一息つけるぜ」


「――……見るからに妖しいけど」


「キャミィのナビだぜ、信じろよ」


「キャミィの?」


 躊躇なくビルに入っていくマックス。仕方なくその後に続くと――


「――アキラ!」


「大丈夫? ――って、うわ、血だらけじゃない」


 薄暗い部屋の中、駆け寄ってくる二つの人影。ベアトリーチェとキャミィだった。よく見ると、少し離れたところにベアトリーチェの護衛らしい黒スーツが二人いる。


「ビーチェ、キャミィも。どうしてここに?」


 俺の怪我を心配そうに伺うビーチェ。そのビーチェに代り、キャミィが答える。


「ビーチェは自分の責任に背を向けて、街の今後をアキラに丸投げしたことをとても後悔して。安全なところで待っていられないって」


「……トラブルバスターに仕事を投げたんだ、そんなの気にしなくていいのに」


「そう割り切れないでしょ、友達なんだし――それで私も着いてきたの。ほら、私なら二人のうちどっちかが精神感応テレパシーに反応あればコンタクトとれるでしょ? マックスが私の異能の射程範囲内にはいってくれたから」


「……それでキャミィのナビってわけか」


「そういうことだ。兄弟、一息つけよ」


「……正直助かる。せめて止血をしないと続きができそうにない」


 マックスにそう答え、ビーチェに促されるままビルの奥へと向かった。暗くてよくわからないがロッカールームかスタッフルームの様な部屋に通される。


 その部屋にあったパイプ椅子の一つに腰を下ろすと、


「――この肩の傷ね。体の左側も血まみれだけど……」


「こっちは返り血だ。怪我はその銃創だけ」


「弾は?」


「銃創っつったけど、直撃してないんだよ。.50AE弾が掠めていった」


「オーケイ、消毒する。染みるわよ」


 ベアトリーチェがロッカーから何かのボトルを取り出し、その中身を右肩の傷口に振りかける。


「っ――」


「我慢して、アキラ――これを飲んで」


 そして今度は封を開けたパウチパックの飲料をくわえさせられる。


「これは?」


「栄養補助剤。高カロリータイプのやつ――病院にも卸してるメーカーのものだから品質は心配しなくていいわ。ラファエロ、お願い」


 言いながらベアトリーチェがパウチパックを握る。流動食のような中身が口の中に這入ってきた。味のないクリームシチューのようなそれを呑み込むと、ベアトリーチェの護衛の片割れが近づいてきて俺の傷口に手をかざした。軽い疲労感とともに傷の痛みが引いていく。


 ……治癒能力者ヒーラーか。でこの飲料は治癒で消費されるカロリー補給なわけね。納得した俺は、その美味くもないクリームシチュー風のそれを嚥下する。


「グラッツェ――……随分準備がいいんだな?」


 ラファエロとかいうベアトリーチェの護衛に礼を言うと、男はただ頷いて治癒を続けた。代わりにベアトリーチェが口を開く。


「ここは《モンティ家》の隠れ家だから……非常事態に備えてあるんだって。アドリアーノに相談したら、どうしても前線にくるならここがいいだろうって」


「……奴に助けられたってのは癪だが、俺がヴィンセントを片付ければチャラだよな?」


 そう言うと、ベアトリーチェは少しだけ苦笑し、そしてまた心配そうな顔を見せた。


「……相手は《殺せない男アンキラブル》よ? いくらアキラでも……」


「多分奴の異能を見た。あいつは殺せる」



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