第5章 激戦 ⑨
――《セントルイスの悪夢》。キャミィの話じゃかつてセントルイス中を震え上がらせた男で、こいつ一人のために軍が出動したらしい。命からがら逃げ伸びてこのゲヘナシティに辿り着き、ヴィンセントに拾われたんだとか。
そしてその異能は
こいつは全身を変身させるらしい。対象は見ての通りコウモリだ。獣の頭部に節くれ立った四肢――足には巨大なかぎ爪があり、広げた両腕の先には気味悪く伸びた指。その腕と指を骨にして、首の辺りから足首の辺りまでマントのような飛膜が広がる。
それが《グローツラング》のナンバー2、エディ――《セントルイスの悪魔》の姿だった。
しかし、どうして――奴がヴィンセントを庇うのを見て、俺は逆にこいつを仕留めようと鉛玉を何発も喰らわせてやった。殺し切れてなかったにしても、異能を使えないほど重傷のはずだが――
――それでも目に見えているのが現実だ。《セントルイスの悪夢》は健在らしい。だとすれば今の俺の不可解な状態にも説明がつく。
それがわかればまだやりようはある。俺は床に両手をつき、立ち上がる。
「――……立てるとは驚きだ」
「……そうでもない。あんたと同じことをしてるだけさ、ヴィンセント」
立ち上がり、吐き捨てる。ヴィンセントはああ言ったが、放射される音波をコントロールする術などないはずだ。ヴィンセントだけが音波攻撃の影響をうけていないとは考えにくい。ならなぜ奴は立っていられるのか――俺と同じで、三半規管に頼らず視界を頼りに平衡感覚を律しているはずだ。
「そうかな。その割には随分辛そうだ」
ヴィンセントは言いながら懐から
くそ、魔眼を開いているんだぞ。《
ヴィンセントが引き金を引く。大口径の拳銃――その先についた
このままじゃヴィンセントに撃ち殺される――なんとか手を打たなければならない。
あらかじめキャミィから《セントルイスの悪夢》の話を聞けたので策はあるが、数に限りがある。できれば必殺のタイミングで使いたい。
そう考えて次善策――上空に向けて遮二無二発砲。当たるとは思っていない――それでもコウモリ男の気を逸らすことには成功したらしく、平衡感覚が元に戻った。その隙に素早く立ち上がる。
「―― ―― ――」
しかしすぐさま不可聴の超音波に襲われる。聞こえない――聞こえないが、耳の辺りが微かに痛んだ。同時に水平がぐにゃりと歪む。膝に力を込めて体を垂直に保つ。
この状況でもヴィンセントは涼しい顔で立っている……本当に超音波の影響をうけていないのか?
「――いい様だな、《
ヴィンセントが銃口を俺に向ける。この余裕の笑み――やはりエディは超音波をコントロールして、ヴィンセントに影響が出ないようにしている……?
……理論上は可能か。超音波も音波だ、逆位相の音波をぶつければ相殺できる。
それがわかったところで、これは――……
超音波攻撃の影響か、目眩に加え頭が痛む。これ以上超音波攻撃に晒されて脳に負担がかかれば、魔眼の
……打つ手がないわけじゃない。残る
しかし、奴の不死身性が気になる。重傷を負わせたはずがこうしてピンシャンとしているのはどういうことだ。《
そう考えたとき、一つの結論に至った。
――ああ、なるほど。そういうことか。《
新たな仮説が正しければ《セントルイスの悪魔》さえ排除すれば《
仕切り直そう。
そう決めてグロックを収める。
「……どうした? 観念したか?」
「まさかだろ――あんたと同じで宣言するぜ。今夜中にあんたを殺す」
マックスの奴が心配だが、奴が度し難いバカじゃなければ逃がした俺の意図を汲んで屋上に戻ろうとはしていないだろう。撤退してるか、下で陽動しているか――もし退路を確保してくれていたら褒めてやろう。
身を捩って死角を作りつつ、後ろ手で
「――遅え!」
俺の動きに反応したヴィンセントが引き金を引く。しまったとごちる暇も無い。ピンを抜いて投げるという動きを無理矢理止め、ヴィンセントの射線に被るのをなんとか避ける――
――が、避けきれなかった。奴の銃口から発射された.50AE弾が右肩近くを掠めていった。その馬鹿げた威力の余波で肉が裂け、痛みと衝撃で目の前に火花が散る。
「っ――!」
そして、手にしていたそれを取り落としてしまった。乾いた音を立ててまだピンを抜いていない
咄嗟に拾おうとするが、それも叶わない。コウモリ男がかぎ爪を光らせて急降下してくる。迎撃しようと身構えるがそれだけで集中が途切れて倒れてしまった。コウモリ男は進路を変えて俺が落とした
「フラッシュバンか――まあエディを知ってる風だったしな、用意してるか」
ヴィンセントは、コウモリ男から回収した
「ところでどうした、《
倒れた俺に狙いを定める。咄嗟に魔眼を開いて対応しようとするが、超音波攻撃の影響で集中しきれない。
くそ、ここまでか――そう思った瞬間、
「おい兄弟! 落とすとはひでえじゃねえか!」
ビルの壁面を登ってきたらしいマックスが屋上の縁から顔を出した。
「――!」
その声にヴィンセントの注意が逸れる。マックス、お前は愛すべき大バカ野郎だ――あとでクリームソーダを奢ってやる!
ヴィンセントの注意が逸れた隙に、最後の
「ぐおぉぉっ!」
「ギャアアアアアアアッ!」
二人の悲鳴。そして、
「――また落ちるのかよぉ!」
マックスの恨み言。この隙にコウモリ男を仕留めたかったが、
それに相手は能力者。俺やマックスもそうだが、
悩むことはない。取りあえず超音波攻撃から逃れることができた俺は、今まさに落下しようとしているマックスを左腕で抱えて屋上から飛び降りた。
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