第5章 激戦 ⑥
俺たちは《ロス・ファブリカ》に接近した時と同じように、建物の屋上を伝うように東区の中心近く――《モンティ家》の縄張り、その西側に迫っていた。
疲労はあるが、許容内。魔眼もそれほど使っていないし、温存できている方だろう――
向かう先から銃撃戦を思わせる銃声と怒号が聞こえてくる。そろそろだ。
「――マックス。もう二つ三つビルを渡れば下じゃ銃撃戦をしてるはず――《ロス・ファブリカ》みたいに近くの建物の屋上に人を配置してるかも。気をつけろよ」
「ああ――で、どうする。さっきみたいに俺が陽動して兄弟が片付けるか?」
「なに言ってるんだ、それは最終手段――まずはヴィンセントに会って説得する」
駆けていた足を止めて俺がそう言うと、マックスは驚いたように、
「正気かぁ? 麻薬王を殺したから連中が力を取り戻す前に奴らの商売に食い込めって話だろう? 今は戦争の真っ最中――通りを挟んで撃ち合いしてんだぜ。そんな話をしてちゃんと損得考えられるかよ」
「考えるさ――ヴィンセントはバカじゃない。もしそうならゲヘナシティのギャング・キングに上り詰めてないよ」
「押し入ってヴィンセントを殺っちまった方が早いんじゃないか?」
「かもな。三地区のトップが三つとも代替わりすりゃ公平かもって気もする。けど俺だって殺したくて殺すわけじゃないんだぜ。血なんか流れないならその方がいい」
そう言うとマックスは肩を竦め、
「わかったよ。そんじゃ下っ端相手でも出会い頭にぶっ飛ばしたりしない方がいいわけだな」
「ああ。ヴィンセントに繋いでもらうよう頼んでみよう」
「話が通じなかったら?」
「その時は最初の予定通りだ。ヴィンセントを殺して《グローツラング》を東区から撤退させるよ」
マックスとそんな風に話し合っていると――
「――《
突如、辺りにそんな声が響く。下の方――路地の方から聞こえてきた。ただ建物と建物に反響していて方角は掴めない。
咄嗟に身構え、周囲を警戒する。二つ向こうの建物――その屋上の縁に月明かりを反射する小さな何かが見えた。
……――暗視カメラか!
それがここにあるということは、明らかに《モンティ家》ではなく俺を――俺とマックスを警戒して設置したものだろう。おそらく無線でアクセスして声がした路地の方でモニターしているはず。
息を殺して気配を探る――銃口を向けられているような重圧は感じない。もっとも、知覚外――例えば一キロ、二キロ先から狙われたりすればさすがに俺も感知できないが。
俺は隣のビルに飛び移り、そのまままっすぐ暗視カメラに向かう。
「おい、兄弟。そんな無闇に――」
「平気だ。多分奴はいきなり仕掛けてこない。その気ならモニターと睨めっこしてる奴に、見つけたことが俺たちにも伝わっちまうような伝え方をさせないように言い含めておくだろうさ」
そのまま進み、カメラが仕掛けられたビルに飛び移る。屋上から屋上へ跳び移る際に地上で通りの向こうと撃ち合いをしている連中が目に入った。通りの向こうの《モンティ家》の得物は音からして拳銃がメインだろう――《グローツラング》と思われるアフリカンアメリカンたちの中にはサブマシンガンを構えている奴が何人もいる。
……奴らと戦うことになったら面倒だな。
飛び移ると同時に辺りに軽快な音が鳴り響いた。カメラの脇にスマートフォンが置いてあり、そいつが着信を報せている。
迷うことはない――俺はその電話に出る。
『――来やがったな、《
「……ヴィンセント、話がしたい。ケンカをしに来たわけじゃないんだ」
『ああそうかよ。銃撃戦をしてる最中にそうやって手前の都合で訪ねてくるような向こう見ずはこの街でもお前ぐらいだろうな』
電話の向こうでヴィンセントは苛立ち気味にそう言って――
『――そこで待ってろ。今から行く』
話し合う気になったのか、別の理由か――ヴィンセントはそう言って通話を切った。
何分も待たなかっただろう。下じゃ銃撃戦が続き、殺意や敵意が辺りに満ちている。
そんな中でもわかるほど圧倒的な気配が濃くなり――屋上の隅にあった小屋の扉が開く。
そして、そこからヴィンセントが現れた。
「ヴィンセント――」
悠々と現れたヴィンセントを迎えようと腰を下ろしていた屋上の縁から立ち上がる俺とマックス。しかし、ヴィンセントの後から現れた人影に戦いた。
まず、ヴィンセントは手ぶらだった。そのすぐ後ろから現れた精悍な顔つきの男もまた手ぶら。しかし、さらにその後に続く十人ほどのギャングたちは全員短機関銃を手にしていた。
中央にヴィンセントともう一人――そしてその左右に五人ずつ男たちが並ぶ。俺とマックスはビルの端に追い詰められた形だ。とは言え隣のビルに飛び移るのは簡単だし、飛び降りても俺やマックスなら無事に着地できる高さだ。
しかし、それはそっくりそのまま相手にも同じことが言える。つまり逃げられるが追ってくるだろうと言うことだ。
ヴィンセントともう一人を除く十人が俺たちに銃口を向ける。これは対話の余地はないか?
「ヘイ兄弟――初動で何人殺れる?」
隣のマックスが小声で訊いてくる。
「どうかな……上手くいって右翼の五人ってとこか」
「そうか。俺の腕じゃせいぜい左翼の二人が限界だ。どうしたって計算が合わねえ――説得に失敗したらどうなるんだ?」
「その時はビーチェには悪いけど全力で逃げよう」
「背中を見せてか? ケツの穴が増えちまうぜ」
「それは嫌だな――じゃあ頑張ってなんとか切り抜けるしかないか」
「――内緒話はそのへんでいいだろ」
小声でやり取りする俺とマックスに、自信に満ちた態度のヴィンセントが言う。
「東区で会ったら殺すと言ったよな、《
「……東区だな。ついでに言うと雑居ビルの屋上だ」
ドスの利いた声で告げるヴィンセントに答える。
「俺たちは口にしたことは必ず実行する。殺すと言ったら必ず殺す。そうじゃねえと口先だけのチキン野郎と思われるからな」
言いながら手を挙げて部下に指示を出そうとする奴を留める。
「――それでも聞いてくれヴィンセント。あんたにとって決して損な話じゃないはずだ」
「――……言ってみろよ。つまんねえ話なら即座に殺す」
挙げかけた手を下ろしてヴィンセントが言う。奴の部下たちもそれを見て銃を降ろす。乗ってきた――問答無用で戦闘開始という事態も有り得ただけに、俺は胸中で胸をなで下ろしつつヴィンセントに向かって言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます