第5章 激戦 ⑤

 最初に見たのは火花のようなマズルフラッシュだった。そして銃声。すぐにその正体に気付く――バックルピストルだ。その昔ナチスで試験的に開発され、第二次世界大戦後にレプリカが製造された仕込み銃。


 バックルピストルは名前の通りベルトのバックルに仕込まれた銃だ。その性質から戦闘に向くものじゃない。高官が敵に捉えられた際、武装解除の際にベルトを外すふりをして使用する護身用に開発された暗器と聞いた覚えがある。


 硝煙の匂いが鼻についた。奴の手はベルトになかった。異能で発砲したのか。


「――大抵の奴は異能で撃ち殺してやれるんだが」


 発砲により動きが止った俺にジャレドが言う。


「そうじゃねえ奴にはそれなりの準備をしてあるさ、当然な。豆鉄砲だが四連装――それに弾は特別製のホローポイントだ。腹の中をぐちゃぐちゃにされた気分はどうだ?」


 勝ち誇るジャレド。


 そんなジャレドに、俺はほんの少し手を伸ばし――奴の首を掴み、全力で絞める。


「返り血を俺の血と見間違えたか? 暗いから仕方ないな――」


 そう伝えながら、俺は握った左手を上げてジャレドの顔の前で開く。手の中の弾丸がパラパラと地面に落ちた。俺が動きを止めたのは弾丸を止めることに全力を注いだからだ。


 頸椎ごと気道を圧迫されているジャレドは目を見開き、絶え絶えに言う。


「馬鹿な……防げるタイミングじゃなかったはずだ……人間業じゃねえ……」


「――だから超越者なんて呼ばれるんだよな、俺たちは」


 俺は言ってサングラスをずらし、超越者であることを示すために発光する魔眼をジャレドに見せてやる。


「――! 知ってるぞ、その聖痕スティグマ……《色メガネフォーアイズ》、てめえアジアの《魔眼デビルアイズ》か!」


「へえ、あの麻薬王が俺のこと知ってるのか――でも内緒だぜ。誰にも言うなよ」


 言いながらそれ以上口がきけないよう奴の首を絞める手に力を込める。ミシミシと骨が軋む感触。そして――


 ――ごきりという骨が砕ける感触と共に、ジャレドの体から力が抜けた。


 もの言わぬ骸になったジャレドを俺に背を向けて《モンティ家》と撃ち合いを続けている連中に投げつける。連中は背後から投げつけられたそれがなんだか理解すると、殺気だって振り返り俺に銃を向けた。


 その数は十人以上。さすがにいちいち相手をしてられる人数じゃないが――


「――いいのか、俺の相手をしてて。背中の敵は待ってくれないだろ?」


 俺の言葉に――聞こえた訳じゃないだろうが――応えるように《モンティ家》の連中が発砲する。絶え間なく響く銃声と、背後から襲ってくる銃弾の雨に戸惑う連中――そいつらにトドメを刺してやる。


「引き上げるなら追わない。ボスがやられて大変だろ? 帰って組織の再編でもしろよ。ただ、ボスの仇を取りたいってんなら相手になるぜ。《モンティ家》と一緒にな」


 そう告げると、連中は俺のわからない言葉――おそらくスペイン語だろう――で短く話し、そしてその内の一人が俺に言う。


「――いいだろう、あんたとここでこれ以上やり合わない。通してくれ」


「賢明だ――あんたが次のボスか?」


 道を譲り、引き上げて行く連中を見ながら行ってやると、そいつは険しい視線で俺を睨んだ。


「調子に乗るなよ、《色メガネフォーアイズ》――俺たちはあんたに必ず礼をしてやる」


「忘れてくれていいんだぜ」


「――せいぜい気をつけるんだな」


 そう吐き捨てて連中は去って行く。入れ違いに俺が来た路地からマックスが現れた。


「さすがだ兄弟。終わったみたいだな」


「ああ。マックスこそ――サブマシンガンはどうした?」


 現れたマックスは何も手にしていなかった。尋ねると、


「弾ぁ全部連中にくれてやったからよ。撃てねえ銃なんて持ってても意味ねえだろ?」


「もしかして――」


「あの場にいた連中は全員片付けたぜ」


「……俺より絶対あんたの方が大変だったと思う」


「なんだよ、ジャレドは強敵じゃなかったのか?」


「俺にとってはな――俺の異能と相性がすこぶる良かった。あんたでもサシならやれただろうけど、もうちょい苦戦したかも」


「そうかい。でも兄弟の異能が相性悪いなんてこたないだろ。誰が相手だって無敵の力じゃねえか」


「そうでもないよ。あんたみたいに純粋にタフな相手には苦戦を強いられる」


「よく言うぜ――俺に負けたことなんかないくせによ」


 言ってマックスが俺の背中を叩く。アメリカ人がじゃれ合うような奴じゃない、結構本気の奴だ。


「痛――おい、浮かれてる暇なんてないぞ。まだ《グローツラング》が残ってる」


「組織力で上だって評判の《ロス・ファブリカ》を片付けたんだぜ。《グローツラング》に負けるかよ」


「じゃああんた一人で行くか?」


「意地の悪ぃコト言うなよな……」


 ぴしゃりと言ってやると、しょんぼりとするマックス。そんな俺たちに、こっちの様子を覗っていた《モンティ家》の黒服連中が何人か駆け寄ってきた。


「――《ロス・ファブリカ》は引き上げた。後は《グローツラング》だ」


 先頭にいた長身の黒服に言ってやると、彼は頷いて、


「――ボスから聞いている。《色メガネフォーアイズ》と《暴れん坊ランページ》――今晩だけは味方だとな」


「ボスってのはアドリアーノだよな? 随分とひでえ言い草じゃねえか」


 黒服の言葉に口調を荒げるマックス――それを制し、


「そういう認識で構わない。《グローツラング》とはどうなってる?」


「西側の縄張りに沿って家族ファミリアを配置した。連中が攻めてきていれば応戦してるはずだ」


「こっちがこれだけ派手にやって連中が黙って見てる理由がない、多分戦闘は始まってる――俺たちはこのまま連中の背後を狙う。あんたらは一応、《ロス・ファブリカ》が本当に退いたか確認してから西側の守りを厚くしてくれ。あんたらが守っている間に連中のボスと接触する」


「ああ――お前たちが失敗したら?」


「その時はあんたらが自力で退けるんだな。《ロス・ファブリカ》は撃退したし、《グローツラング》だって全戦力をつぎ込んでるとは思えない――本拠の守りもあるだろうし。相手が連中だけならできないことじゃないだろ?」


「……わかった。気をつけろよ、《色メガネフォーアイズ》――俺は個人的にお前が嫌いじゃない」


 黒服が不意にそんなことを言い出す。


「……へぇ?」


「メインストリートの近くで他のマフィアに追われていたとき、お前に助けられたことがある」


「――あんた、あの時の」


 確かにこの街に来たばかりの頃に、大勢に追われるマフィアを逃がしてやったことがある。まあ、「金を払うなら逃がしてやるぞ」と持ちかけたのだが――


「――兄弟、そんな慈善事業をしてんのかよ」


「まさかだろ。金は貰ったさ」


「飯代程度の小銭をな――死ぬなよ、《色メガネフォーアイズ》」


「あんたもな」


 黒服の言葉にそう返し、俺とマックスはその場を後にした。



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