第5章 激戦 ④
ゲヘナシティの麻薬王、ジャレド・アスナール。キャミィの情報網でも超越者らしいということだけで能力の仔細はわからない。
奴が右手に拳銃を持ったまま、左手で懐をまさぐる。
抜き様の射撃を警戒していた俺は気が抜けかけるが、殺し合いをするべく向かい合っての初手だ、意味がないわけがない。そしておそらく仔細が知れぬ異能に関係があるのだろう。
ならばそれに付き合うことはない――宙に撒かれた小さな鉄球たちが地に落ちる前にグロックを抜き、撃つ。魔眼は開いていない。能力者なら避けることができるだろうその一撃を、しかしジャレドは避けなかった。代わりに落下していた数十の鉄球が空中で整列――六角形の鉄板の様に並び、俺の放った弾丸を受け止める。
驚いている暇は無かった。ジャレドの右手が閃く。慌てて身を捩るとジャレドの撃った弾丸が髪を掠めて抜けていった。
盾をかたどっていた鉄球郡はその形を崩し、土星の環のように奴の周りを漂う。
「
――銃撃の運動量を超える程の磁力で保持している? いや、そんな馬鹿げた磁力を発してるのなら俺が手にしてるバトルナイフ――それに奴自身が持っている銃にだって影響を及ぼすはずだ。
……まさか一つ一つ
「考えてるな? そんな暇はねえぞ」
ジャレドは銃を収め(!)、挑発するように舌を出す。そこにはうっすらと輝く円環のような紋――
奴が自身の周りを漂う鉄球の一つを指先で弾く。鉄球は環の中でピンボールの様に激しく弾合い――
「――!」
不意に俺に向かって飛んできた。速度は弾丸のそれだ。魔眼を開いてなかった俺は首を傾げるのが精一杯――なんとか躱せたが、頬に触れるとミミズ腫れのようになっている。
こいつは――
「どうやって死ぬか理解できたか?」
今度はジャレドが環の鉄球をいくつか撫でる。するとさっきと違い弾き合うようなことはなくまとめて俺に飛んでくる。まるでショットガンだが――
魔眼を開いた俺はジャレドの初動を見切っていた。飛来するそれらをグローブの防弾性能にまかせて薙ぎ払う。
手のひらに激しい衝撃、痛みが走るが対応できないことはない。
それにわかったことが一つ。ピンボールの様に弾き合ってからの初弾の方が弾速がいくらか速かった。
「磁力が関係してるのは間違いなさそうだ。ガウス加速器の要領だな?」
ジャレドは答えずにやにやと嗤っているが、関係ない――ピンボールからの発射が厄介な攻撃なのは良くわかった。俺たち能力者が射撃を躱せるのは人間離れした身体能力でトリガータイミングを見切れるからで、どこから飛んでくるかわからない射撃とほぼ同等の速度で放たれる小さな鉄球を避けるのは至難の業――
つまり、魔眼を開いていない俺なら要注意ってことだ。魔眼を開いた俺なら対応できる。下手に刃で受けたら刀身を砕かれそうだ。バトルナイフを収め――
「悪いけど、ジャレド――時間が惜しい。あんたに手間をかけるつもりはない」
そのまま歩いて彼に近づく。俺とジャレドの距離は十メートルほど――後数歩で接触する。
「やってみろよ、できるならな」
言ってジャレドは手近な球を弾いた。鉄球が環の中でピンボールのように――あるいはビリヤードの様に跳ね、跳ね、跳ね――
飛来したそれを被弾する前に右手で受け止める。
「初弾の方が速かった――やっぱり磁力で加速してるな? もっと跳ねさせなきゃ俺には通用しない」
「な――」
まさか受け止められるとは思ってなかったのだろう、ジャレドは顔色を変えて次々と球を弾いた。それらは一定回数環の中で繰り返し跳ね、次々と俺に向かって飛来する。環のどこから発射されるかわからない、ランダムな射撃。
だが――
「カップシャッフルは得意なんだ」
さすがに片手では捌ききれずに両手を動員したが、射出された小さな鉄球を全て受け止めてみせる。
「ちっ――」
ジャレドが今度は大きく腕を振り、十数発をまとめて撃ちだしてくる。それをサイドステップで躱し、
「お粗末過ぎるだろ――使い方を間違えなきゃ面白い能力だったのに。俺ならもっと小さい球を用意して、艶消しの黒で塗る。見せびらかすようなことはしない――中途半端に強い能力者にありがちなサディズムに侵されたな。頼むぜ麻薬王……その辺のチンピラと変わらねえじゃねえか」
あと三歩。そこまで近づいた時、ジャレドの口角が僅かに上がるのを俺は見逃さなかった。
反転――今し方避けた球が俺を穿たんと迫っていた。
普通の能力者なら――じゃなければ魔眼を開いていなければ被弾は必至といった感じだが、《
「――……本気でこんなもんか?」
こうも軽くあしらえるのは俺の異能とグローブの防弾性能があってのことだが、それにしても――いや、銃撃に迫る射撃を自由にコントロール――しかも任意に加速させることもできるというのは俺が相手じゃなきゃ相当強い部類なのか?
だが、この程度なら自動小銃で狙われる方がよほど厄介だ。威力も速度も桁が違う。現に魔眼を開いていても自動小銃から放たれた何発もの銃弾をたたき落とすなんてことはできない。せいぜいが正面から撃たれた小口径の弾丸を受け止めるぐらいだ。
ジャレドの部下と《モンティ家》が争う喧噪の中、奴が部下に助けを求める前に止めを刺すべく一気に詰め寄る。
間合いを取ろうとするジャレドだが、《
狙うのは半端な体勢で迎撃しようとするジャレドの喉。ナイフや銃は奴の異能でコントロールされる恐れがあるので右の貫手で狙う。
放った俺の貫手――その指先が奴の喉を貫こうとした瞬間、奴の腹の辺りで何かが弾けた。
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