第5章 激戦 ③
サブマシンガンから大量の弾丸が吐き出される。
単発射撃の拳銃なら避けつつ交戦も可能だが、サブマシンガンが相手ではそうはいかない。しかも俺とマックスに一丁ずつのデュアル・ウィールド――正面からやり合うには相当に分が悪い。
追ってくる銃口から身を捩って逃れつつ、俺は屋上の出入り口がある小屋、マックスは給水塔の陰へ体を滑り込ませる。
「おいおいどうした? 噂に聞く《
銃撃が止み、代わりに煽りの声が飛んでくる。この隙に反撃しようと覗き込んでみる。
が――
「ほらほら、撃ってこいよ」
顔をだした瞬間、こちらに向いていた銃口から弾丸がばら撒かれる。慌てて顔を引っ込めると隠れた小屋の壁に着弾――コンクリートを抉っていく。
ちぃっ――
「マックス! 大丈夫か!」
「今んとこはな!」
「それじゃあそのまま隠れてろ! 俺がやる!」
短く叫ぶ。こんな局面もあると思っていた。用意はある。
「ほう、見たとこハンドガンしか持ってねえようだが、お前一人でスコーピオン《こいつ》と撃ち合いになるのか?」
フェルナンドがサブマシンガンを自慢するように言うが、それに応じてやる義理はない。ポーチから閃光手榴弾を一つ取り出し、安全ピンを抜く。
反応されても厄介だ。レバーを外し起爆までの僅かの間、ぎりぎりまで引きつけて――
目をきつく閉じながら閃光手榴弾を陰から投げ出してやる。奴が反応する間もなく起爆したフラッシュバンは轟音と共に閉じた瞼越しでもわかるほど激しく瞬く。
「ぐあっ――」
苦悶の声。小屋の陰から踊り出ると、フェルナンドは閃光と音にやられてその場に膝を突いていた。得物を取り落としていないのは評価してやるが――
立ち直られたらまた防戦を強いられる。この隙に迫ってもいいが、俺はもっと簡単な方法を選ぶことにした。
今なら異能は使えないだろう。魔眼を開くまでもない。グロックを抜いて発砲――フェルナンドの眉間に孔が空き、奴はそのまま顔から倒れ込む。
「――おい兄弟! どうなってやがる!」
「俺のフラッシュバンだよ。もう終わった」
「くそ、目も耳も痛え――使うなら先に言えよな」
「言ったら相手にもバレるだろ」
ふらふらと給水塔の陰からで作るマックスに尋ねる。
「本当に名の通った奴なのか? 大物ぶってでてきた割には大したことなかったぞ」
「バカ言え兄弟。まともにやり合ってたらクソ面倒だったぞ。奴もフラッシュバンが出てくるとは思わなかったんだろ」
「こっちに放出系の異能がないのはバレてるしな。銃は無効、サブマシンガンの二丁持ちで調子に乗ってたのが徒になったか」
マックスは視界が回復したのか、倒れたフェルナンドの手からサブマシンガンを取り上げる。それを眺めつつ俺は屋上の縁へ向かった。そこから通りを見下ろす。
「――派手になってきたな。異能を使い始めた」
通りを挟んでの銃撃戦に、炎や氷の塊が混じってる。
――と。
通りを紫電が走り抜け、同時に近隣の街灯、建物の窓、パブやモーテルのネオン――一切の灯りが消え、その数ブロックにだけ暗幕が落ちたように暗くなる。誰かの
――これは好都合。
「行こう、マックス。闇に乗じて殺る」
「おうとも――一つ使うか?」
マックスはフェルナンドの様に両手に持ったサブマシンガンを掲げて見せる。俺は首を横に振って――
「いや、あんたはそれで攪乱してくれ」
「了解――暗殺は俺より兄弟向きだ」
俺とマックスは互いにうなずき合い――屋上から飛び降りた。四、五階分の高さを落下して、着地と同時に駆け出す。向かうのは未だ鳴り止まない銃声のする方だ。
細い路地を二ブロック駆けると少し開けた場所に出た。暗がりの中に武装した男たちが通りの方に銃を向けている――数は二十名ほどか。多いが、本陣じゃない。ぱっと見だが服装がバラバラだ――《ロス・ファブリカ》で間違いない。《グローツラング》はアフリカンアメリカンが多いからわかるし、《モンティ家》ならスーツで統一しているはずだ。
立ち止まった俺の横を、自分の出番だとマックスが通り抜けて前に出る。
「――てめえら《ロス・ファブリカ》だな? 死にてえ奴から前に出ろ!」
怒鳴りながらマックスが銃弾をばら撒く。その不幸な被害者が悲鳴、あるいは怒号を上げる中、俺は連中を回り込んで迂回、先から響く銃声に向かう。
さらに一ブロック進み――
「――オラ! 今がチャンスだ、畳みかけろ――いいな、炎系の異能は使うなよ、灯りになっちまう――それ以外は何でもありだ! フラッシュサプレッサーを着けるのを忘れるなよ!」
少し広めの路地に出る。そこには二、三十人の男に囲まれ、号を飛ばす男がいた。顔に見覚えがある――ジャレドだ。
抜いたまま手にしていたグロックを収め、代わりにバトルナイフを抜く。連中はみな一様に通りの方を向いていた。身を低くして連中の背後に回り込む。
……位置が悪い。人に囲まれているせいで一足の踏み込みでジャレドを間合いに捉えることはできそうにないし、銃撃にしても人が何人もいるせいで確実性に欠ける。
ならば仕方ない――一瞬でそれを決行する覚悟を決める。戦場で迷うときに浪費するのは時間じゃない――自分の命だ。生憎とここで死んでやるつもりはない。
一番手前――集団で言えば一番後ろにいた男に迫り、背後から抱きしめるように口を押さえて拘束し、肋の裏を通るように腹部から上へ抉るようにナイフを差し、捻る。
バトルナイフの切っ先は狙い通り一撃で心臓を破壊した。一瞬で絶命した男を音が出ないようにそっと地面に寝かせる。
抜き取ったナイフを振り払い、ブレードに付着した血と脂を飛ばす。
次の標的も同じ手順で始末する。三人目はそう上手く行かなかった。二人目を寝かしているところで衣擦れの音に気付いたらしく、驚くわけでもなくただ漫然と振り返る。俺と目が合い――口を開く前に二人目から抜いたナイフをそのままそいつの喉元に深く突き込んだ。喀血。どす黒い血が俺の半身に降り注ぐ。
そのびちゃびちゃという水音は銃声と怒号の中でもやけに耳障りで、響く。
そして距離にして三メートル、あと二人殺せばジャレドに手が届くというところで奴がその音に振り返り――
「……おい《
「もう少しであんたも寝かしつけてやれたんだけどな」
男からナイフを抜いてジャレドに対して身構える。首に風穴を開けられた男は酸素を求めて口を開くが、首の孔からゴボゴボと血が泡になり煙るだけだ。苦しそうに喉元を掻きむしる。
「……こいつ、楽にしてやっていいか」
「好きにしろ」
ジャレドに尋ねると意外な答えが返ってきた。ナイフを左手に持ち替え、グロックを抜く。そして発砲――男は静かになり、膝から崩れ落ちるように地面に伏した。
グロックを収めると、ジャレドが口を開く。
「――フェルナンドはどうした。てめえのルートを読んで警戒させといたはずだが」
「さあな。ここに孔空けて向こうの屋上で寝てるかも」
眉間を示して言ってやると、ジャレドの表情は険しくなった。
「ウチのナンバー2だぞ。よくもやってくれたな」
「あんなのがナンバー2? 笑わせるなよ――言っておくけど日本の異能犯罪者の方がよっぽどタフだぜ。ジャレド――ジャレド・クロード・アスナール・テハダ。今すぐ部下を連れて東区から出てけよ。ここ以外にもいるだろ? 全員連れて出て行け」
「嫌だと言ったら?」
「殺す」
俺の言葉にジャレドは怒りを露わにし、
「――てめえらは《
部下たちにそう言って、俺を厳しく睨みつけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます