第5章 激戦 ⑦

「――《グローツラング》を東区から退かせるべきだ、ヴィンセント」


「……面白えジョークだ。『退いてくれ』から『退くべきだ』になったな? 退かないとどうなるってんだ?」


「違う。退かないとどうなるかって話じゃない。今退けばあんたたちはチャンスに備えることができる。場合によっちゃあんたらの今後を左右するチャンスにだ」


 俺の言葉に、ヴィンセントは――


「――……続けろ」


「昼間はあんたたちを先に訪ねたよな。今度は先に《ロス・ファブリカ》の所へ行ってきた」


「見張りの部下から《ロス・ファブリカ》が撤退を始めたって報告があった。てめえの仕業か……どんな手品で麻薬王を欺したんだ?」


「ジャレドを殺した。ついでにジャレドがナンバー2と言っていたフェルナンドも」


 ヴィンセントの片眉がピクリと跳ねる。


「ジャレドは一人で俺の相手をしようとした。まあ使い方次第じゃ面白い能力だとは思ったけど……それだけに自信過剰だったな」


「嘘――は言わないよな。てめえの命がかかった状況でそんなコトをする間抜けじゃねえだろ」


「当然。ここまで言えばわかるだろ?」


 告げると、ヴィンセントはしばしの黙考の後、


「……奴らの商売を荒らせと言いたいのか?」


 呟くようにそう言った。


「ああ。俺とマックスで片付けた人数は奴ら全体の一割にも満たないと思う。けど兵隊の代りはいても、ジャレドの代りはいない――代替わりで必ず混乱は生じる。落ち着くまでは商売もままならないはずだ。《グローツラング》はクスリも扱ってるだろ。《ロス・ファブリカ》ほどじゃないにしても」


「言ってくれるな――勘違いするなよ。俺たちの仕事はクスリだけじゃない。副業に本腰を入れてなかったってだけだ」


「車と武器がメインだろ。知ってるさ――けど車と武器じゃクスリとは回転率が違う。麻薬カルテルが強い力を持ってるのはそこだ――クスリの客はいくらでもリピートするからな」


「……ジャレドが死んでまだいくらも経ってない。俺たちがいち早く準備できれば他の組織より多く連中の客をウチで囲えるってわけか」


「あるいは全部、な。けどそれには陣頭に立って全体を指揮する切れる奴が必要だ。たとえばあんたみたいな奴だ、ヴィンセント」


 そう締める。ヴィンセント――いや、《グローツラング》にとって決して悪い話じゃないはずだ。


 俺の話を聞き終えたヴィンセントは、険しい表情を少し緩め――そして手を挙げた。奴の部下たちが銃を構えて俺とマックスに向ける。


「――ヴィンセント!」


 咎めると、ヴィンセントはどこか残念そうに――


「なあ《色メガネフォーアイズ》――それに《暴れん坊ランページ》。俺はお前らを高く評価してる。二人を――日本人ジャパニーズのお前を仲間に入れてもいいと思うほどにな。昼間誘ったろ? お前たちなら本気で幹部待遇で迎えてもいいと思ってた」


「……だったらこの待遇はないんじゃないか?」


 言ってやると、ヴィンセントは首を横に振る。


「やっぱお前、利口そうに見えて馬鹿だよ。知ったげに語っちゃいるが、状況がまるでわかってねえ」


「……状況?」


「まず、俺は二度下げる頭を持っちゃいねえ。俺の誘いを断ったんだ、そんなお前らを放っておいたら俺の沽券に関わる」


「頭を下げられた憶えはないけどな」


 突っぱねるが、一笑に付される。


「はっ、本気で言ってるならおめでたいな。俺が直々に勧誘することなんて滅多にないんだぜ――そいつを蹴りやがったんだ、推して知るべしってな。それに高く評価してるって言っただろ。昼間のお前の態度から強い意志を感じたぜ。俺やジャレドを殺してでもこの抗争を止める……そんな意志をな」


「……へえ。俺がそんなやる気があるように見えるなんて驚きだ。面倒くさがり屋だって自覚してんだけど」


「ぬかせ――で、半端に聡いお前はこう考えたはずだ。ヴィンセントやジャレドに東区から手を引かせるにはそれなりの理由が必要だ。両者の動機を鑑みればヴィンセントの方は状況次第じゃ説得できるかも知れない。ジャレドを殺して麻薬の市場を土産にすればヴィンセントも納得するかもしれない――ってな」


 得意げに語るヴィンセント――だが、まるで頭の中を読まれていたようで何も言い返せない。


「図星ってツラだな。底が浅えよ」


「……あんたを下に見てたつもりはないけど、そこまで読まれてるとは思わなかった」


「そうかよ――で、お前なら《ロス・ファブリカ》は退けると思ったよ。信じてたと言ってもいい――奴ら人数はいるし武装も豊富だが、バカだからな――となればやることがあるよな?」


「……なんだよ」


「お前が言う通り連中の客をまるっともらい受けるための準備だよ。ここに来る前にもう商売の準備はすませてきた。正直もう海路はどうでもいいんだよ。《ロス・ファブリカ》はお前が頭の麻薬王を潰した。後は《モンティ家》がなくなればこのゲヘナシティで一番でかい組織は俺たち《グローツラング》だ。この街は俺たちのものになる」


 ヴィンセントがにやぁっと笑う。


「――この街を? そりゃあ北区も込みで言ってんのか?」


 口を開いたのはマックスだ。ヴィンセントに挑発的な言葉を投げる。


 が――


「ああ。だから今ここで北区のトップ3の一角、《暴れん坊ランページ》と売り出し中の《色メガネフォーアイズ》を消すんだよ。北区で怖いのはお前らとその周りの何人かだけで、お前ら二人を消せば後は烏合の衆だ」


「……《分析屋アナリスト》と《鉄人アイアンマン》は敵じゃないって?」


 北区のトップ3――その残る二人の名前を挙げると、ヴィンセントはせせら笑った。


「――北区も手に入れるが、あいつらには手を出さない。二人とも北区なんてどうでもいいと思ってる奴らだ、直接敵対しなけりゃ動かない――俺にケンカを売らない限り放っておくさ。言っておくが、本当はいずれ北区に乗り出す時、お前らも放っておくつもりだったんだぜ」


「じゃあ今からでもそうしてくれよ」


「ノーだ。お前らは俺の誘いを蹴った。俺の顔に泥を塗ったんだ。殺すよ、当然な」


 もう話すことはないと、ヴィンセントが手を挙げる。


「じゃあな、《色メガネフォーアイズ》に《暴れん坊ランページ》」


 そして、下ろす――それを合図に奴の部下たちが持っていた短機関銃を構える。だが、ヴィンセントが手を下ろすと同時に俺も魔眼を開いていた。


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