第5章 激戦 ②

 気絶したスナイパーを奴自身のタクティカルベルトで縛り付け、銃と弾薬を取り上げる。とは言っても俺は狙撃銃の扱いは不得手だ――俺の異能は狙撃にも有効だと思うが、こいつに特化するより前に出た方が性に合う。


 俺が相手を無力化したことでおっつけてきたマックスにライフルを放ってやる。


「こいつ、こんなもん持ってやがったぜ」


「おっと、こいつはM40――じゃねえな、M700か」


「カルテルはすげえ武装持ってるよなぁ」


「こんなもんほんの一角だぞ。ギャングは拳銃がメインだろうが、奴らは自動小銃持ってるからな」


「……今からそんなもん持ってる奴らの真ん中に行かなきゃならないのか……」


「盛り上がってきたな!」


「全然盛り上がらない。俺はお前ほどバトル中毒じゃねえよ」


 投げやりに言ってやるが、本当に投げやりになるわけにはいかない。すぐ近くでも銃声が聞こえる。ジャレドもきっとこの近くにいるはずだ。


 ここからは本当に油断できない――グローブを装備した手の感触を確認する為に強く握りしめる――大丈夫、やれるはずだ。


 改めて気持ちを整えたところで、脳が焦げるかと思うほどヒリヒリした殺意を感じた。反射的にマックスを突き飛ばし、その反動で俺自身も後ろに下がる。同時に俺とマックスの間を衝撃波を伴った弾丸が抜けていった。そして送れて聞こえる銃声。


「スナイパー……!」


「――俺が一人片付けたから、他に張らせてたスナイパーにここのチェックをさせやがったんだ」


「マジかよ、対応が早えじゃねえか」


「……すまん、俺がジャレドの無線に応答したからここが特定されたんだ」


「さすがだぜ兄弟、圧倒的に不利な戦場でハンデまでくれてやるとはイエス様にも真似できねえ――って言ってる場合じゃねえ!」


 二人してその場で寝そべり、ビルの縁の陰に隠れる。俺たちのいた辺りでコンクリートが弾けた。敵の次弾だ。


「兄弟! 俺が相手をすっから、援護を頼む!」


 マックスが先のスナイパーライフルを手にそう叫ぶ。


「相手するって――あんたライフルなんて扱えるのか?」


「誰に言ってんだよ、俺は元海兵隊だぜ――訓練は受けてるさ。成績だって悪くなかった。射線から方角はわかったし、なんとかなるさ」


 マックスは言いながらじりじりと体勢を変え射撃体勢を取る。しかし銃口もマックス自身も縁の陰だ。相手から見えないだろうが、マックスからも相手を狙えない。


「よし兄弟、合図したら寝転がってるそいつの上体を起こしてくれ。俺らの腕力なら寝そべったままでも余裕だろ?」


「朝飯前だ」


 俺は答えて床を這い、縛って転がしておいた気絶したままのスナイパーの服を掴む。


「――よし、いつでもいいぞ」


「オーケイ。三、二、一……今!」


 マックスの号で言われたとおりスナイパーの上体を起こしてやる。一瞬遅れてマックスも僅かに頭を上げた。


 ――どすんと抱えた男の体から衝撃が伝わってくる。俺たちと誤認した相手が狙撃したのだろう。


 そして――


「見えたぜ、マズルフラッシュがよ――」


 マックスは腹ばいから素早くニーリングの体勢に移り、スコープを覗いて迷うことなく引き金を引く。銃声――銃口からライフル弾が飛び出し、夜闇を切り裂いて飛んでいく。


「――ヒット。狙撃なんて久しぶりだが、俺もまだまだ捨てたもんじゃねえ。額に風穴開けてやったぜ」


 マックスが自分の額を指でトントンと叩きながら言う。


「……あんたって腕力だけじゃねえんだな」


「近距離射撃なら兄弟の精密射撃と早撃ちが上だが、狙撃なら俺の方が上手いかもな?」


「――だな。なあ、次のスナイパーに狙われる前に乱戦に持ち込もうぜ」


 亡骸になってしまった敵スナイパーをその場に寝かせ、マックスに告げる。


「それがいい――俺も一番得意なのは殴り合いだ」


 頷くマックス。俺たちはそのままこのビルから移動すべく立ち上がった。




   ◇ ◇ ◇




 銃声の方角から戦場はどの辺りか見当はつく。俺とマックスはスナイパーがいないか慎重に索敵しつつ、大きく回り込んで銃撃戦が拝めるところまで移動していた。例によって建物の屋上から二ブロック先に目を向ける。通りを挟んで《モンティ家》と《ロス・ファブリカ》が撃ち合い、弾丸が飛び交っているのが見て取れた


「……やり合ってんなぁ」


「おいマックス、油断すんなよ。ジャレドは俺たちの乱入を知ってるし、スナイパーを片付けたのも気付いてるはずだ」


 建物の屋上から銃撃戦の様子を見つつ、気の抜けたようなことを言うマックスに告げる。


「木っ葉同士の抗争じゃないんだ、前線で指揮を執っているはず――さすがに俺たちを警戒してないってことはないはずだ」


「――その通り。ウチに楯突こうなんてどんなバカかと思ってたが、意外とものは考えてるのか?」


 不意に聞こえてきた声に戦慄し、グロックを構えながら振り返る。そこには幽鬼のようにゆらゆらと男が立っていた。


「おい兄弟、得意のスキルはどうした」


「こんな殺意だらけの所じゃ鈍るんだ」


 待ち伏せに気付かなかったことにも動揺したが、それ以上に目の前の男の様相が不気味だった。着崩したスーツ――そんなものはこの街じゃよく見るが、異様なほど落ちくぼんだ目がギラギラし、しかし顔色は悪く、生気がない。


 重度の麻薬中毒者だ。そんな奴の気配を見落とすとは――それとも見た目以上に目の前の男がデキるのか?


「……お前、もしかしてフェルナンドか?」


 マックスの問いに、口髭を蓄えた男は両手をポケットに突っ込んだまま片眉を上げる。


「なんだよマックス、知り合いか?」


 南米系の顔立ちで麻薬中毒――そしてこの場にいる。《ロス・ファブリカ》のメンバーに違いないだろうが……


「そうじゃねえ、この街じゃ有名なジャンキーだよ。クスリの為なら何でもするって奴だ。ちっと前まで北区にいたんだけどな。見かけなくなったんでとうとうくたばったのかと思ってたんだが」


「ふぅん……まああんたのツレじゃないならどうでもいいや」


 俺は言いながらグロックの引き金を引く。狙いはジャンキーの頭だ。時間をかけたくない。


 ――と。


「止めろ兄弟!」


 マックスが叫んだのは俺が引き金を引いた後だった。すわ何事かと思ったが、それよりも驚いたのはフェルナンドとか言う男が俺の抜いた――そして撃った銃をニヤニヤと眺めていることだった。


 眉間が痛むほどの予感。咄嗟に動こうとするが、しかしそれより早くマックスが俺を突き飛ばした。耳元で鳴る轟音――銃撃? 弾丸が抜けていったか――しかし、フェルナンドは銃を持っていないどころか両手はポケットに入ったまま。


 たたらを踏んだところで、マックスが憎々しげに呟く。


「やつは物質転移能力者アスポーターだ――しかも面倒なことに運動エネルギーを保持したまま転移させやがる」


「……つまり銃弾を俺向きにして転移させたってわけか。銃は効かないって先に言えよな」


 マックスの言葉に頷いて銃を収め、念のためにグローブも脱ぐ。防弾、防刃能力が使えないのはキツいが、熱エネルギーや電撃の心配はなさそうだから脱いでおいた方がいい。こいつを転移されたら回収が面倒だ。


「――そういうことだ、《色メガネフォーアイズ》。《暴れん坊ランページ》が言うように俺に銃撃は効かない。どんな大口径でも俺に触れた瞬間、転移で跳ね返してやれるからな」


「……それで? 素手でぶん殴ればいい話だ。物質転移アスポートは生体には干渉できない」


「その通り。けどてめえらの銃が効かねえってのはマジな話で――」


 言いながらフェルナンドは両手をポケットから出し、背中に回し――


「そんで俺は撃ち放題なわけ」


 こちらに向けたその手には、それぞれ小型のサブマシンガンが握られていた。



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