第5章 激戦 ①

 アパートを出て一時間は経ったろうか。もうすっかり陽は沈んだ。仕方ない。車やバイクの移動は目立ちすぎる――ゲヘナシティは都会とは言えないが小さな街じゃあない。俺たち能力者の身体能力と体力を持ってしても隣の区――それも最奥近くに移動しようと思えばこのくらいはかかる。


 東区の最奥付近――この辺りは雑居ビルや隠れ家に使われているガレージが多い。妖しげなパブやクスリや銃の保管に使われているもの、そいつらの住処――なんでもありと言えばそれまでだが、観光客向けのモーテルなんかはない。当然だが。


 俺とマックスはそんな雑居ビルの一つの屋上に潜んでいた。どこにいるかわからないギャングやカルテルのメンバーたち――そいつらの目から逃れようとした結果、死体が転がっていそうな裏路地か、あるいはこうして建物の上を隠れながら移動するより他ならなかった。


 もうこの辺りはあと二、三ブロックで《モンティ家》の縄張りにはいる、といった場所だ。ギャングにしろカルテルにしろ、待機しているならこの辺りだと思うのだが。


 街全体の気配を探る――レーダーなら画面が真っ白に染まるほど殺意や敵意を感じるが、喧噪はない――怒号も銃声も、街の雑踏すらも。抗争はまだ始まっておらず――そして今すぐにでも始まりそう……そんな雰囲気だ。


 殺意と火薬の匂いが渦巻く街の中で、さすがに空気を読んでいるらしいマックスが声を抑えて尋ねてくる。


「なあ兄弟、どっちを探してるんだ?」


「……できれば《ロス・ファブリカ》――ジャレドを片付けたい」


「なんか理由でもあるのか?」


「両者でクスリのシェアを多く握っているのは《ロス・ファブリカ》の方だ。俺たちでジャレドを討って《ロス・ファブリカ》の地盤を崩してやれば、奴らが握ってる部分に《グローツラング》が噛みつける――そんな風に話ができるかも知れない。上手く行けば《グローツラング》とは争わなくて済むかもしれない」


「そんな理由なら逆でもいいんじゃねえか?」


「ジャレドが言ってたろ――海路で販路を広げた方が儲けられるってよ。ジャレドは是が非でも海路が欲しい。でもヴィンセントは海路が至上目的じゃなさそうだった。手堅く《ロス・ファブリカ》の市場に食い込む方を選ぶ可能性がある」


「そんな上手く行くか? 兄弟を信じねえわけじゃねえが、今日の兄弟の外しっぷりを見てるとなぁ」


「うるせえよ――ってちょっと待て」


 屋上を慎重に進んでいた俺たちだが、ふと気付いてマックスに待ったをかける。


「どうした?」


「隣のビルにスナイパーがいる、多分」


 小声でマックスに告げる。濃い殺意に気付いたのだが、目を凝らして見てみると隣のビルの縁に、夜闇に溶け込むように黒い服に身を包んだ男がライフルを構えていた。俺たちに背を向けてスコープを覗いている――その先に獲物がいるのか、はたまた待っているのか――どちらにしても集中しているようで俺たちには気付いていない。


「五十メートルぐらいあるな。マックス、援護できるか?」


「ツイてるな兄弟。五十メートルならギリギリこいつの有効射程だ」


 そう言ってマックスが愛銃のリボルバー――スーパーブラックホークを抜く。シリンダーには.44マグナム弾が装填済みだ。


「そんなもん誤射されたら普通に死ぬ。俺を撃つなよ」


「大丈夫、今はお前とケンカ中じゃないからしっかり狙うさ」


「……おい」


「冗談だ」


「笑えねえんだよ」


 そう吐き捨てて地面を蹴る。こんな稼業だ、足音を殺す術は心得ている。


 助走をつけて走り、五、六メートルほどの谷間を跳び越えスナイパーがいるビルへ。自分で言うのもアレだが着地は完璧だった。足首と膝で完全に音を殺し、そのまま素早く背後に迫る。


 残り二メートルという所で男――男だった――が俺に気付いた。素早く振り返るが、すでに間合いに捉えてる。


「!」


「チェックシックスって知ってるか?」


 振り返った男は手にしていたスナイパーライフル――こいつはレミントンM700か? を振り回し迎撃しようとしてくるが、スタンディングならまだしもニーリング膝立ちからの反転じゃ遅すぎる。魔眼を開くまでもない。


 俺に向けようとしたスナイパーライフル――その銃身を掴んで銃口を上へ。そのまま男の顎を腕が抜けるかと思うほどの勢いで打ち抜く。


「っ――」


 男は白目をむいて膝から崩れ落ちた。その際に引き金に指がかかったらしい――派手な音を立ててライフル弾が空へ向かって駆けていく。


 ……開戦の狼煙になっちまったかな。


 迂闊だったと嘆いていると、機械的なノイズが聞こえた。そして――


『どうした、何があった!? 撃てなんて言ってねえぞ! 何を撃った!?』


 ノイズ混じりの声が聞こえる。男が着けていたタクティカルベルトに無線があった。随分本格的だな。


 その無線の声には聞き覚えがあった。無線機を手に取り――


「よお、ジャレド。来たぜ」


『――《色メガネフォーアイズ》!』


 急に街中から聞こえてきた怒号や銃声。そして無線機から聞こえてくるゲヘナシティの麻薬王、ジャレド・クロード・アスナール・テハダの怒声。


『マジに現れるとは思ってなかったよ――それもてめえが口火を切るとはな。抗争を止めたいんじゃなかったのか?』


「どっちにしろ始まっただろ――ちゃんと終わらせるから待ってろ」


『楽しみにしてるぜ』


 ブツリとノイズが走り音声が途絶える。向こうでスイッチを切ったか。まあいい。


 俺はそのまま力を込めて手の中の無線機を握り潰した。



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