第4章 ギャングとカルテル ⑦
「――……というわけでギャングもカルテルも退く気はないらしい」
集合場所にしておいた俺のアパートに戻り、待っていたビーチェとキャミィに報告する。
「……《モンティ家》が健在なのを知らせればギャングもカルテルも退くんじゃなかったの?」
「連中が俺の予想以上にバカだったんだ」
キャミィの言葉に投げやりに返す。
「で、実際どうすんだよ兄弟。このままじゃもう何時間もすりゃあドンパチになっちまうぞ」
「そうなぁ……」
ぼんやりと答えながら黙ったままのベアトリーチェに目を向ける。窓から差し込んでくる夕日で茜色に染まる部屋の中、彼女は下を向いて唇を噛んでいた。
「――ま、ビーチェの頼みを聞くといった以上、やることはやるよ。連中の抗争に介入する」
はっと顔を上げるベアトリーチェ。だがそれ以上にマックスが反応する。
「おいそりゃ確かに《グローツラング》から出たときそう言ってたけどよ――《グローツラング》と《ロス・ファブリカ》相手にしてどうにかなるのか? こっちの戦力は俺と兄弟だろ? 一人一チームか? スケールがでかすぎんだろ」
「え、お前参加するつもりなの?」
「おいそりゃねえよ。ここまでつき合せておいてもう用済みってか?」
「いや、つき合わせたつもりはねえよ。お前が勝手についてきたんだ。それにさっきも言っただろ――連中まるごと相手にするつもりはねえよ。連中がやり合ってるところに乱入してヴィンセントとジャレドを暗殺する」
「ちょっと――」
ベアトリーチェが慌てて、
「暗殺? そんなこと――」
「もう一回言うけど真面目に抗争を避けるように説得したんだぜ? でもどっちも退かないって言うし。このままじゃ間違いなく抗争は始まるし、その上でビーチェの願いどおりパワーバランスを維持させようと思ったら他に方法はねえよ。《モンティ家》は潰させないし海路もそのままだ――《グローツラング》と《ロス・ファブリカ》を東区から撤退させる」
俺はそう言って立ち上がり、部屋の隅のチェストを開ける。いくつかポーチを取り出し、バトルナイフとバックサイドホルスターを吊ったタクティカルベルトにポーチを追加。それに予備の弾倉をいくつか、更に以前他の組織と揉めた時に巻き上げた閃光手榴弾を三つ、ねじ込んでいく。こいつは役に立つはずだ。
「おい兄弟――こんなことになると思ってなかったから予備の弾がねえ。マグナム弾はあるか?」
マックスが言う。俺はマックスが使うような大口径拳銃は高すぎる威力からダメージコントロールができないため使用しないが、弾だけなら今までの仕事で閃光手榴弾同様取り上げたものがあるはずだ。
チェストの中を漁ると箱に入った.44弾が見つかった。そいつを適当なポーチに詰めてマックスに渡してやる。
「ほらよ」
マックスは自分のベルトにそのポーチを吊って、
「――よし、これだけありゃあドンパチできるだろ」
「接近戦に持ち込めよ――お前の異能は大抵の奴は対応できない。っていうか本気で着いてくるつもりか?」
「ああ。俺もビーチェのダチなんだぜ。それにお前は兄弟だ、ほっとけるかよ」
言ってマックスは不細工なウィンクする。やれやれ――そういうのは美女か美少女にしてもらいたい。
「二人とも大丈夫なの?」
「大丈夫よ――マックスはともかく、アキラが本気みたいだから」
「俺はともかくってのはどういうことだよ」
キャミィの言葉にマックスが噛みつく。普段なら微笑ましいと眺めてやるとこだが、
「あんまり時間はないぜ。もう陽が落ちる――俺が連中に互いのことを教えちまったから《グローツラング》も《ロス・ファブリカ》も先を越されまいとそろそろ動き出すはずだ――ビーチェ、アドリアーノと話がしたい。スピーカーで電話してくれるか?」
「え、ええ。勿論――」
俺の言葉に頷いたベアトリーチェはスマホを取り出して操作し――
『――アドリアーノです。ベアトリーチェ様、御用でしょうか』
「アドリアーノ、組織の方は?」
彼女の問いに、奴は即答する。
『お借りした指輪とギャングとマフィアに攻められるという危機的状況で一時的にではありますが組織として戦える状態ではあります。ですが俺にはカデル様ほどカリスマがありません。旗色が悪くなれば裏切る者、逃げ出す者が出るやもしれません』
「――なんだよおい、でかい口叩いてた割には頼りないな」
『……貴様に言われる筋合いはないな』
通話がスピーカーであることに気付いたか、アドリアーノの声に険がこもる。
「まああんたと仲良くするのは癪だが、ビーチェの頼みがあるからな、一時休戦だ、共闘と行こうぜ――《モンティ家》の戦闘力はどんなもんだ?」
尋ねると逡巡の後、アドリアーノが答える。
『正直士気はカデル様の統率に比べて高くない。俺の下に着くのは形だけというものもいるだろう――《グローツラング》と《ロス・ファブリカ》、それらのバックアップをしている組織全てを相手取るのは難しい』
「だろうな。それができるならカデル・モンティが既にゲヘナシティを統一してるはずだ――防戦に徹すればどうだ?」
『銃器と弾薬の蓄えは十全だ。防戦に徹するならしばらくは保つだろう。少なくともあっという間に侵略されるようなことはないはずだ』
「上等。そろそろ連中が動き出す頃だ。あんたは先頭に立って囮になってろ――その間に俺がヴィンセントとジャレドを叩く。《ナポリの悪童》の陣頭指揮だ、多少は士気の低さをカバーできるだろ?」
俺がそう言うとアドリアーノは一瞬黙り、
『――貴様の言葉は信用に値するのか?』
「俺はビーチェの友達で、ビーチェが抗争を止めてくれと頼んだのはあんたじゃなくて俺だ。それだけじゃ不満か?」
「アキラ――」
挑発しないで、とベアトリーチェが目で訴えてくる。
『……いいだろう。ベアトリーチェ様はどうするつもりだ?』
「マンションで待っててもらう。お前の信頼出来る筋で何人かガードを寄越せよ」
『……わかった』
「俺とマックスでこれから東区に向かう。抗争が始まったら隙を見て連中を襲うつもりだ。なるべく急ぐが俺が着いた頃に全滅してんなよ」
『……すぐにベアトリーチェ様のマンションに護衛を向かわせる。ベアトリーチェ様、なにか不便があればいつでも連絡を』
そう言ってアドリアーノは一方的に通話を終わらせた。スピーカーからツーツーとビジートーンが鳴る。
「……アキラは普段ハイティーンとは思えないほど大人でクールなのに、彼に対してはやけに厳しく当たるわね?」
黙して話を聞いていたキャミィがそんなことを言う。
「反りが合わないんだよ」
「それだけ?」
キャミィの追撃。俺は自分自身にその解を尋ねて――
「……今までバトルで負けを覚悟したことはあるし、実際殺されかけたこともある。けど上をいったつもりで出し抜かれたってのは初めてだ。それが気に入らないのかもな」
「アキラ……」
「そんな顔すんなよビーチェ。大丈夫だ、いずれ白黒つけるつもりだけどあんたの部下を殺したりするつもりはないよ」
心配そうな顔をするビーチェにそう言ってやり、
「さあ、早いとこ準備してビーチェのマンションに移動しようぜ」
「長い夜になりそうだ――楽しみだな、兄弟?」
俺の言葉に不敵に笑うマックス。
「……お前って揉め事好きなー」
「兄弟だって嫌いじゃねえだろ?」
「バカ言え、俺は平和主義者だよ」
「エイプリルフールはとっくに過ぎてるぜ」
マックスの言葉を黙殺し、俺はチェスト漁りを続けた。
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