第4章 ギャングとカルテル ③

 去年辰神がアジトにしていたパチンコ屋ほどありそうなガレージ――いや、最早工場と言うべきか。その建物の中に連れて行かれ、ロフトの二階に通される。


 その最奥はプライベートバーの様になっており、そこに置かれたコーナーソファにブロンドを侍らせた三十前後ほどの男がいた。


 あらかじめキャミィから画像で見せてもらっている。彼が《殺せない男アンキラブル》、《生きた死人ザ・ゾンビ》の異名を持つ《グローツラング》のボス、ヴィンセントだ。


 精悍な顔立ちのアフリカン・アメリカンの彼が、鋭い視線を俺たちに投げて――


「よぉ、《暴れん坊ランページ》に《色メガネフォーアイズ》――オレがヴィンセントだ。仲間はヴィーと呼ぶ」


 これはこいつら流の挨拶だ。マックスが余計なことを言う前に答える。


「俺がアキラで隣のでかいのがマックスだ――会えて嬉しいよ、ヴィンセント」


 そう言うとヴィンセントは片眉を上げて、


「――ふん、一応わかってるみたいだな。いいぜ、座れよ。歓迎してやる」


 ヴィンセントは侍らせていた女性の肩を叩く彼女は立ち上がり、バーへ――俺とマックスは勧められるまま対面のソファに腰を下ろす。


「あの女に好きなもんを言え。大抵のものは出せる」


「マジか、じゃあ――」


「――俺もこいつもコーラで頼む」


「おいおい、俺の酒は飲めないってのか?」


「俺は未成年なんだ――それにこの後も仕事がある」


 俺がそう言うとヴィンセントは肩を竦め、金髪女性がそれに頷く。


 彼女が俺とマックスの前に未開封のペットボトルを置くのを見届けて――ヴィンセントは俺に向かって言った。


「お前のことは知ってるぜ、アキラ――この街に来て半年だってな? その割には名前をよく。儲かってるみたいだな」


「どうかな。でも水が合うみたいだ――ぼちぼち仕事が取れて食ってくのには困っていない」


「だろうな。お前の評判は聞いている。昨日の件もな――ウチのバカが世話になったみたいだな――おっと、皮肉じゃねえぜ、マジで言ってんだ」


「怪我させて悪かったな」


「構わねえよ。《パンドラ》で暴れたウチの連中が悪い。むしろ無傷で取り押さえてくれて助かったぜ。あんたが怪我をしていたら他の組織からウチが睨まれてたとこだ。この街で数少ないルールを侵したってことでな」


「そいつは良かった――それが本心からの言葉なら」


「もちろんさ――で? 《暴れん坊ランページ》と《色メガネフォーアイズ》が揃って俺にどんな用が? 損はさせねえって話だが、まさか《グローツラング》に入れてくれって訳じゃないだろ?」


 ヴィンセントの言葉に、俺は背後のある方向を指し示す。


「向こうの物陰にヒットマン――スナイパーか? 隠してるだろ。そいつを引き上げさせてくれ。銃口を向けられたままじゃうまく話す自信がない」


 そう告げると、ヴィンセントはピュウと口笛を吹いた。そして手を挙げ――同時に俺の背中に刺さっていた殺意が消える。


「お前、気配が読めるクチか」


「ああ、まぁな」


「悪く思うなよ。用心ってやつさ。お前らが敵のヒットマンじゃねえって確信がないんでな」


「あんたの側近はいないのか? 《グローツラング》には凄腕のナンバー2がいるって聞いてるぜ」


「生憎と用事があってな――相手をするのが俺だけじゃ不満か?」


「とんでもない、構わないよ。ここで暴れるつもりはない。あんたに危害を加えるつもりも。彼がいても出番はないさ。今日はクライアントの代理であんたと話しに来たんだ」


 告げると、ヴィンセントの目つきが険しいものに変わる。


「――用件を聞こうか」


「単刀直入に言うぞ。俺のクライアントは《モンティ家》だ。あんたの部下を東区から引き上げて欲しい」


「――はっ、何を言い出すかと思えば」


 ヴィンセントは俺の言葉をせせら笑う。


「心当たりがねえな。東区はマフィアの領分だろ? 俺たちギャングがハイキング気分で気軽に出向ける場所じゃねえ」


「とぼけるなよ――カデル・モンティのトラブルにつけ込もうとしているマフィアがあんたたちやカルテルを手引きして《モンティ家》の縄張りを狙ってるのは知ってるよ」


「はぁん、そいつは面白いネタだ。カデル・モンティが大事故を起こして能力弱化したんならそれにつけ込もうとするバカもいるかもな?」


「大事故とは言ってないぜ?」


 俺がそう言うとヴィンセントは押し黙る。


「時間の無駄は省こう――あんたたちの推測通りカデル・モンティは交通事故で片足を失って能力が弱化した。だが《モンティ家》の跡目問題は既に解決している――連中の力がカデル氏だけのものじゃないってのはあんたもわかっているだろう?」


「――それが事実だとして、だ。カルテルが東区をてめえのもんにしようとしている。ギャングがそれをただ黙って見ている理由ってなんだ?」


「だから――《モンティ家》は健在なんだよ。あんたらが銃を持って奴らの縄張りに踏み入れたら連中も同じように銃を持ち出す。そういう話だ」


「――それで?」


 事もなげにヴィンセント。


「――鈍い野郎だな。ええ、おい――《モンティ家》は代替わりしたって力はそう衰えてねえ。東区最強の《モンティ家》がお前らを迎え撃つって話だ。なあ、《グローツラング》を軽く見るつもりはねえ――けど連中の本拠地で奴らとバトって無事で済むとは考えにくい。だったら返り討ちにされるまえに引き上げた方が得だろって話だよ」


 マックスがそう言うが、ヴィンセントはどこ吹く風だ。琥珀色の液体が入ったグラスを弄び、


「マッスルヘッドの《暴れん坊ランページ》はともかく、《色メガネフォーアイズ》――お前も案外頭が回らねえみたいだな?」


「……あ?」


「つまりお前らの用件は東区から手を引けって話だよな?」


「……ああ、そういうことだ」


「お前らが《モンティ家》の使いだってのは――まあ信じよう。《モンティ家》が代替わりしても力を落としてないってのも信じてやってもいい。あのカデル・モンティの力は大きいと思うがな――で、それがどうした?」


「どうした、って……」


 俺の言葉にヴィンセントは指先でトントンとテーブルを叩きながら、


「お前が言うように時間の無駄を省こう。確かに《モンティ家》を攻める準備をしている。カデル・モンティの凋落で力が衰えてないってのはまあ驚きだが、俺たちをその気にさせるにはいい機会だった」


「機会……?」


「ああ、俺たちを含めて《モンティ家》が独占している海路を狙ってる連中が動き出すには十分な機会だ。現に《モンティ家》の鼻を明かしてやりたくてチャンスを待っていた連中がカデル・モンティの事故を嗅ぎつけて俺たちに声をかけてきた」


「……そして《モンティ家》に返り討ちにされる。あんたらを手引きしてるマフィアは本当に信じられるのか? 西区での抗争なら結果は逆だろうさ――けど連中の本拠地で、背中から打たれる心配をしながら連中とやり合ってどうにかなると思ってるのか?」


 そう尋ねるが、ヴィンセントは俺の言葉を鼻で笑った。



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