第3章 兆し ⑨
「――ねえ、お願いよアキラ。ギャングとカルテルを止めて。私ができることなら何でもするから」
彼女――ベアトリーチェは必死な目で俺にそう訴える。だが――
「……難しいなぁ」
「アキラはトラブルバスターでしょ?」
「ああそうだ。けどなぁ……個人でどうにかするレベルを超えてる。戦車に拳銃で挑むようなもんだぞ」
「アキラが持ってるのは拳銃じゃないでしょ?」
「いや、マックスに流してもらったグロックだよ。九ミリ弾の豆鉄砲だ」
「そうじゃなくて!」
比喩をそのまま返されたので皮肉で返してやると、ベアトリーチェはとうとう目に涙を溜めて机を叩いた。
「アキラにしか頼めないの――この街の住人の大半は軍が出てきたところで怖じ気づくような連中じゃない。軍が介入してきたら本当に内乱状態になる……私のせいでそんな事態になるなんて耐えられない」
「別にビーチェのせいじゃないだろ。親父さんだって能力者といえ一応人間だ。不死身じゃない――いつか衰えるだろうし、そうなればこうなる」
「なあビーチェ、俺たちゃお前が嫌いじゃない。当然だ、ダチだしな――けどそれはあのイタ公の仕事で兄弟の仕事じゃないだろう?」
「……アドリアーノは彼の価値観でしか私に尽くしてくれない。今彼が考えていることは私を守りつつ《モンティ家》から私に与しない連中を排除することよ。彼にとって重要なのは《モンティ家》を継いだ私に忠義を示すことだから」
「はっ、意味がわからねえな――ビーチェがボスだっつうならビーチェの言うこと聞けよって感じだぜ」
……確かに、マックスが言うようにアドリアーノの考えがイマイチ掴めない。自己満足と言えばそれまでだが……
「――俺もマックスに同意見だ。奴の考えがわからないな。つってもあいつの頭の中がわかるわけじゃないし、本人から聞いてみるか」
「ああ? あいつは逃げちまっただろう」
「いや――」
店の外で待ち伏せしている気配を感じる。おそらくアドリアーノだろう。まあ俺を待ち伏せていると言うより、ベアトリーチェの護衛のつもりだろうが……さっき通りでかち合ったのも彼女とマーケットを訪れていてたまたま離れた時に俺が絡んだと考えるべきだ。だとすればいいタイミングでベアトリーチェが通報したのも頷ける。
「――多分、店の外にいる。殺気だってるのはビーチェを狙う刺客じゃなくて、ビーチェの傍に俺がいるから奴が怒ってるんじゃないかな」
「……いつもながら兄弟のそれ、便利なスキルだよな」
「あんたも死線を潜ったのは一度や二度じゃないだろ? ちょっとコツを掴めばできるようになるさ」
「
「うっせえ――ビーチェ、メッセ送ってみろよ」
「う、うん――」
マックスに促されたベアトリーチェはスマホを取り出して操作し――
――いくばくもせずに扉が開き、男が入ってくる。さっきまで殴り合いをしていたアドリアーノだ。
アドリアーノはそのままつかつかと俺たちがいる店の奥のボックス席まで近づいて、
「……なんの用だ、《
「いや、お互いダメージ残ってるだろ。それはまたにしようぜ。そのへんに適当に座れよ」
「貴様と話すことはないな」
「アドリアーノ!」
俺の言葉を突っぱねる奴にベアトリーチェが声を張る。アドリアーノは渋々といった様子で通路を挟んだ隣のテーブルに寄りかかった。
「……なにが聞きたい」
「あんたが何を考えているかだよ。カデル・モンティに敬意を払いたいんなら何故指名されたあんたが《モンティ家》を継がないんだ? ビーチェに無理矢理継がせてそれでどうなる?」
「ベアトリーチェ様はカデル様のたった一人の実子だ。モンティの血筋は彼女が継いでいる。彼女に尽くすのが忠義だ」
「それで親分のビーチェと子分はあんた――二人だけの《モンティ家》を作ってカデル・モンティが喜ぶとでも思ってんのか? そういう未来を求めてカデルはあんたを後継者に指名したのか?」
「貴様に何がわかる」
「あんまりわかんねえな。あんたが《モンティ家》のバタードッグってことぐらいだ」
俺がそう言うとアドリアーノは懐から銃を抜いてそれを俺に向けた。俺もそれをただ見てたわけじゃない。座っていたソファから背中を浮かせ、バックサイドホルスターからグロックを抜いてアドリアーノに向ける。
「やめてアドリアーノ! アキラも挑発しないで!」
「ビーチェ、俺に何か頼む前にこいつに命令した方が早いんじゃないか? カデル・モンティから指輪を受け取ったあんたが今の《モンティ家》のトップだ」
「ええ、指輪を受け取っただけのお飾りのボスよ。
「少なくともあんたをボスにしたこいつは『命令』に従うだろ。じゃないと筋が通らない」
俺がそう言うと、ベアトリーチェは俺とアドリアーノを交互に見る。
「早くしないとあんたが望まない結果になるぞ。奴の銃の引き金は軽そうだ」
「……銃を下ろしなさい、アドリアーノ。命令よ」
逡巡した後ベアトリーチェがそう言うとアドリアーノは不服そうに銃を下ろし、スーツの下のホルスターに収める。それを見て俺も同じく銃を収めた。
「……俺が聞いても答えなさそうだ。ビーチェ、あんたが聞いてみろよ」
言ってやるとベアトリーチェは頷いて、
「ねえ、アドリアーノ。どうしてあなたは私を《モンティ家》のボスにしたの? 父から指名されたナンバー2のあなたが継いでいればきっと今頃こんなことになっていない。ギャングもカルテルもきっと今晩には《モンティ家》を滅ぼして縄張りを奪いに来るわ。それを成し遂げるのがどちらでも、ゲヘナシティは大きく変わる。それが望み? それとも《モンティ家》をゲヘナシティから消すことの方かしら。どちらにしても父が亡くなっていて良かったわ。私にとって《モンティ家》はどうでもいいけれど、あなたを可愛がっていた父がそんなことを知れば悲しんだだろうから」
……しかしアドリアーノは答えない。指先でとんとんとテーブルを叩いてやると、ベアトリーチェは諦めたように付け足した。
「答えなさい、正直に。命令よ」
彼女がそう告げると、アドリアーノは観念したように口を開いた。
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