第3章 兆し ⑧

「……ってこたぁビーチェが《モンティ家》を継いだのか!?」


「今なら私でも東区を手に入れられちゃうかも」


「やめてよ。私じゃキャミィのケンカ相手にならないわ――まあ、そうね。形の上では今は私が《モンティ家》のボスと言ってもいいかもね。父もアドリアーノの言い分を認めた。前ボスとナンバー2が認めたということで、私にボスの証である指輪が授与された」


「……微妙な言い方だな」


「望んでないもの」


 俺の言葉にベアトリーチェは深く息を吐く。


「で? それ、親父さんが亡くなったことに関係あるのか?」


「大ありよ――というか私が新しいボスとして指輪を受け取ったことが原因。幹部の人たちは大荒れよ――彼らが従っていたのはイタリアにいられなくなってここゲヘナシティに拠点を移し、《モンティ家》を興したカデル・モンティ――たかが洗濯屋の女に頭を垂れるなんてできない連中よ。父から私に指輪が渡された途端、私から指輪を奪おうと殺到した。父は私を庇って殺されたわ」


「うわぁ……」


 悲惨な話だが――ない話でもないだろう。俺も一晩だけとは言えスカムのボスの座に就いた時はスカム割れかけたもんな。復讐を仕切った後はカズマくんに即譲るって公言したことで受け入れられたけど。


「父を手にかけた男はアドリアーノに殺された。そのことで場は一旦収まったんだけど、人目がないところで誰が私から指輪を奪ってボスになるかでギスギスしてて――派閥を争って仲間同士でいがみ合っている」


 ――なるほど?


「――昨夜、最初の二人組の襲撃者はビーチェの指輪を狙ってたんだな」


「多分、そう……東区から出れば安全だと思ってたんだけど、甘かったみたい。今組織は三つに割れてて――私から指輪を奪いたい派閥が二つ、私を支持する派閥が一つ」


「へえ、ビーチェ派があるんだな」


「皮肉なことにね。私はマフィアなんて継ぎたくないのに」


「ならマックスに渡しちまえよ。こいつ昨日から妙に組織組織ってうるさいんだ」


「そりゃねえよ兄弟。俺はお前と――」


 心底嫌そうな顔で言うベアトリーチェにそう言うと、半ば本気にしたマックスが悲しそうな顔で言う。


「ああもう悪かったよ。厳めしいツラしてるくせにそんな泣きそうな顔するんじゃねえ――それはともかくビーチェ、親父さんのことは本当に残念だったな。気休めにならねえとは思うけど、能力弱化で引退も弱化した途端命を狙われるのもこの界隈じゃよくあることだ。あんまり気にしちゃいけない。親父さんもこの界隈で生きてたんだ、覚悟はあったろうさ」


「うん、ありがとう――」


「――それで、ビーチェ派ってのがあのアドリアーノでいいんだよな?」


「ええ。私をボスにって思ってるのは組織でアドリアーノだけ」


「――……ビーチェが《モンティ家》を継ぎたくないのはなんでなんだ?」


「アドリアーノは私がボスに――《モンティ家》のボスに相応しくないと思っている者を全て排除しようとしている。他の仲間は私を《モンティ家》から排除しようと考えている。そんな組織に関わりたいと思わないわよ。私は確かにカデル・モンティの娘だけど、彼の庇護下で育ったってだけ。今のマンションだって組織のお金で父が借りているものよ。私の稼ぎじゃこの街一番のマンションなんか住めない。そうね――父が亡くなったからもうアテにできないし、アキラのアパートに引っ越そうかしら」


「そいつはオススメだ――兄弟のアパートはこの街でも最安値だし、何より番犬代わりの兄弟がいる。今のマンションより安全かもしれないぜ」


「――鍵はかからねえし自販機は壊れてる。おまけに水泥棒も入るけどな」


 俺はそう言って更に尋ねる。


「で? 状況はわかったよ。抗争を止めてくれって言うのはどういうことだ? 組織を継ぎたくないならほっとけばいいだろう。《モンティ家》がなくなればビーチェが跡目を継ぐ必要はない。あのアドリアーノだって話を聞く限り《モンティ家》がなくなったってビーチェに尽くすんじゃねえの?」


「ダメよ――ギャングとカルテルが東区に入り込んできたのは、他のマフィアが大破したフェラーリが父のものだと特定して事故の状況から父の能力弱化を嗅ぎつけたからよ。父の力が失われただけじゃ《モンティ家》の地位は揺るがない――それでも大きく力を落としたのは確か。そのチャンスをものにしようと他のマフィアがそれぞれギャング、カルテルと手を組んで《モンティ家》を落としに来てる。父の凋落だけじゃなく派閥抗争でバラバラな《モンティ家》じゃギャングかカルテルのどちらかに落とされるのは間違いない――そうなれば《モンティ家》の縄張りは彼らのものになる」


「……だな。それで?」


「それでじゃないわよ。ギャングかカルテル――どちらにしても《モンティ家》を落とした方と手を組んだマフィアは実質的に東区と西区、あるいは南区の二地区を支配することになる。そうなるとどうなると思う?」


 ベアトリーチェの問いに首を傾げると、彼女は真剣な面持ちで――


「残った方は海路で力をつける相手をただ黙って見てる訳にはいかない。放って置けば次は自分たちに向かってくるだろうから――だからきっと必死になって北区の海路を抑えに来るわ。ギャングかカルテルがこの北区に攻め込んでくる」


「はん、このマックス様がいる北区に? 上等だ、そうなりゃたっぷり可愛がってやるぜ」


 ベアトリーチェの言葉に自信たっぷりでマックスが言うが――


「そんな簡単な問題じゃないわよ、マックス――負け組と手を組んだマフィアは東区に居場所がなくなるも同然だから、ギャングかカルテルだけじゃなくマフィアもセットで攻めてくる。マックスだけじゃなく、北区にも猛者はいる――それに東区を獲った勝ち組も北区を支配されたら海路の特権がなくなる。陰から北区を支援するはず。北区の住人を装って手練れを潜り込ませるとかね」


「――そこまでするか?」


「私は正直わからない。でもアドリアーノは確実にそうなるだろうって。そういう流れになったらもっと酷いことになるとも」


「……もっと酷いこと?」


 キャミィの呟きにベアトリーチェが答える。


「ええ。東西南北四つ巴の地区抗争になればこの街の市警だけじゃ抑えられない。このゲヘナシティが犯罪天国でいられるのは市警が自分たちの分も含めて犯罪を握り潰しているからよ。それが明るみになればただじゃすまない。内乱状態になれば軍の介入も有り得るって」


「――……最悪のシナリオって意味じゃ可能性はゼロじゃないわね」


「《モンティ家》が海路を抑えていて今のパワーバランスなのよ。《モンティ家》には興味はないし、個人的には潰れてくれたって構わないけど――でもギャングやカルテルの介入は避けなければならない。私はそう思ってる」



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