第3章 兆し ⑦

 俺たちは――キャミィとマックスもだ――四人でアーケードのマーケットから外れたところにあるカフェを訪れた。まさに場末のってやつだ。


 コーヒーは苦い汁って感じだし、酒はマックス曰く薄めすぎて味がわからないというほど悪質なものを出す店で、まともなメニューはペットボトルのまま出てくる水やジュース類ぐらいというとびきりくさった商魂で経営されている。しかも値段はマーケットの倍はする。


 だが店主と顔見知りで、そして曲がりなりにも屋内だ。秘密の話をするには丁度いい。


 ドアベルが壊れた扉を押して入ると、客だと思った店主がカウンターの奥から顔を出す。


「いらっしゃい――げ、アキラ」


「ようマスター。こないだのカードの負け分取り立てに来たぜ」


 マスターにそう言ってやると、しょぼくれた痩身の中年マスターが顔を青くする。


「払う、払うよ――売り上げが出れば。だから客になってくれよ。見ての通り閑古鳥が鳴いてる――あんたに払う分が稼げねえんだよ」


「嘘吐くんじゃねえよ。夜になりゃあんたのとこのうっすーい酒でも他で呑ませてもらえねえアル中がそれなりに入るだろ」


「や、マジで今持ち合わせがなくてよぉ」


 カウンター越しに詰め寄ってやると、マスターが弁解する。


「俺にいくら借金があるか憶えてるか?」


「ええと――五百ドルくらいだったよな?」


「四百九十三ドルだ。元金はな――忘れてやるからしばらく店貸せよ。どうせ昼間からわざわざあんたのとこの高いくせに美味くもない飯を食いに来る奴なんていねえだろ」


 俺がそう言うと、マスタ―は僅かに顔を明るくする。


「マジで?」


「マジで。一時間したら戻ってこい」


「お、おう――あ、店のもんに手を出すなよ?」


「言えた義理か、力尽くで取り立てたっていいんだぞ」


「や、冗談だよ、冗談――」


 睨みつけてやるとマスターはそんなことを言いながら汚れたエプロンを脱ぎ、カウンターを乗り越えて店から出て行った。


「これで内緒話ができるな?」


 あらかじめ話をつけるまで口を開くなと頼んでおいた三人に告げると、みんなそれぞれ微妙な顔をした。


「……なんだよ」


「……紳士に見えるアキラも、やっぱりこの街の住人なんだなって」


「そりゃそうだろ。でなけりゃこんな街にいねえよ」


「確かにね」


 キャミィが言って店の奥に向かって行き、マックス、ベアトリーチェがそれに続く。俺は冷蔵庫から人数分の水のペットボトルを取り出し、三人が陣取ったボックス席へ。


 全員にペットボトルを渡して、俺も席につく。ペットボトルの水で口を湿らせて、


「――んじゃ聞こうか」


「うん――とは言ってももうほとんど話したんだけど」


 ベアトリーチェはそう前置きし、


「……三日前、東区で事故があったんだけど」


「それは私も知ってる。一応ね。けどこの街で交通事故なんてしょっちゅうでしょう? 飲酒運転なんてマシなほう、ドラッグキメてドライブするやつもざらだし。だから誰がどう事故ったかまでは知らないけど」


「それな。酒もクスリもやらねえで運転するのはこの街じゃ兄弟くらいだろ」


「その運転中に酒もクスリもやらない俺は無免許だけどな――それで?」


「……父が深酒して――酔ったまま部下の制止も聞かずに運転して、ビルに突っ込んだの。余所の組織の建物じゃなかったのだけが救いよ。その事故で乗っていたフェラーリは大破。父は肺挫傷と運転席に押し潰されて右足を切断。切断面の状態が悪くて縫合は無理だった。このところ顔を見せなかったのは、その事故で呼ばれて実家に戻ってたからなの」


「ああ、それで――そいつは残念だったな。その言い方じゃ命に別状はなかったんだろ?」


「ええ、その事故ではね。でももう父は亡くなったわ」


「は?」


 ベアトリーチェの言葉に俺は思わずぽかんとしてしまう。


「ちょっと――カデル・モンティが死んだ?」


 驚くキャミィにベアトリーチェは静かに頷く。


「あのカデル・モンティがたかが交通事故で――……」


 キャミィが驚くのも無理はない。面識はないが、俺が知るカデル・モンティは日本のとある街のビックボスと同じで能力者でありながら超越者以上の実力者を持つアンタッチャブルだ。たしか水流操作能力者アクアキネシストだったはず。相手の口に指を突っ込めば相手の唾やら胃液やらを無理矢理操作して数秒で溺死させるって話だ。


 キャミィと同じく俺も驚いていると、ベアトリーチェは静かに首を横に振った。


「死因は事故じゃない――コネがあるフリーの治療屋と闇医者を総動員して命はとりとめたのよ。父は半日ほどで目覚めて、能力が弱化したことを自覚して――私と組織の主だった人間を集めて引退を表明した。父は自分の後継者にアドリアーノを指名した」


「順当じゃねえの――あのイタ公はナンバー2だったんだろ?」


「その通りよ、マックス――父はアドリアーノを息子のように可愛がっていたし、アドリアーノも父に懐き、そして忠誠を尽くしていた。《モンティ家》をアドリアーノが継ぐというのは組織の人間にとっては当然のことで、少なくとも反対を表明する人はいなかった。腹の中でどう思っていたとしてもね」


 マフィアの世界はよくわからんが――まあ組長と若頭の関係ってことなんだろう。


「じゃあ跡目問題も解決だな。なんで内部抗争になったんだ?」


 尋ねるとベアトリーチェは嘆息し――


「彼が、自分は後継者に相応しくないと固辞したから」


「……それとお父様が亡くなったのが繋がらないんだけど?」


 キャミィが首を傾げる。ベアトリーチェは頷いて説明を続けた。


「……アドリアーノの意見はこう。『モンティ家は尽くすべき対象であって、自分が率いる組織ではない。カデル・モンティが引退するのであれば、次の長に尽くすのが自分の望み――そして次の長は実子であるベアトリーチェ・モンティしかいない』」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る