第3章 兆し ③
「――ああ、東の連中が揉めてるって話だろ。治療屋が忙しがってるってな」
「違うよ。いや、違わんと言えば違わんが」
二つ目のケバブをキャミィに渡しながら、
「ギャングの連中とカルテルの連中が東区に入り込んでるって話だ」
「――嘘! 地区抗争!?」
危うくケバブを受け取り損ないそうになりながら、キャミィ。
「夜明け前ぐらいにギャングとカルテルが武装して東に入ったんだと。今朝からマーケットはその噂で持ちきりだ」
「ちょっとちょっと――大事件じゃない。私聞いてないわよ?」
「そりゃあ起きてマーケットに直行だったしな。さすがのお前でもキャッチできねえだろうよ」
「そうだけど――」
マックスとキャミィがケバブを頬張りながらそんな言葉を交わす。
「……儂も直接誰かに聞いたってわけじゃないが、客がそんな話をしてたよ。気になるならその辺の奴を捕まえて聞いてみるといい――ほらアキラ、ヨーグルトスペシャルだ」
「おお、美味そう――サンキューな、爺さん」
俺は白いソースがたっぷりかかったそれを受け取り、三人分の代金を紙幣で渡す。
「毎度。今度感想聞かせてくれ」
「ああ。でも自信があるからメニューにしたんだろ?」
言ってやると爺さんはニカッと笑った。それに頷いて返し、爺さんの言葉で駆けだしていったキャミィの姿を追う。
彼女は少し離れたところで知り合いでも見つけたのか、爺さんから聞いた話を聞き出しているところだった。
ヨーグルトソースと辛味のあるチキンがマッチして実に美味い――ケバブに齧り付きそんなことを考えながら彼女たちの話に耳を傾ける。
「ちょっと! ねえ、東区の話って知ってる?」
「ああ、あんたか――勿論聞いたぜ。《グローツラング》と《ロス・ファブリカ》が武装して東区に攻め込んでるって話だろ? まだドンパチは始まってないみたいだけど、それぞれマフィアと手を組んでシマに隠れて戦争の準備をしてるみたいだぜ」
「うわぁ……じゃあ地区抗争じゃないのね?」
「多分な」
「それって《グローツラング》と《ロス・ファブリカ》が手を組んでるのかしら」
「さぁ? 《グローツラング》と《ロス・ファブリカ》だぜ? 西と南のトップだ――手を組むとは考えにくいが、休戦協定ぐらいは結んでるかもな。ってかあんたの方が詳しいだろ、そのあたりは」
「起きたばっかで全然知らないのよ――東にギャングとカルテルが入り込んだって聞いたばかりなの」
「はぁん、また徹夜で《
「それはいいけど――そこにいるわよ、二人とも」
キャミィがそう言ってこちらを指し示す。話相手の青年は彼女が釣られてこちらを向いて、《マッスルヘッド》と呼ばれたマックスの怒り顔にひっと顔を恐怖に歪める。
「――誰が《マッスルヘッド》だって?」
「いやあ――おっとキャミィ、そういや俺は急用があったんだ。またな」
「はぁい、またね」
キャミィは逃げていく男を見送って――
「聞いてた?」
「まるっとな」
「今の奴はどこのどいつだ。誰になんて言ったかわからせてやる」
「やめときなさいよ。そんなことにいちいち腹を立てるからそんな風に言われるのよ」
憤るマックスをキャミィが宥める。
「アキラを見なさいよ。全然気にしてないでしょ?」
「《
「……いや、随分舐められた呼び方されてるなぁとは思ってるけど」
「じゃあガツンと言ってやれ、俺みたいによ」
「今の奴だって逃げただろ? お前に直接上等切るような真似はできないんだ、いちいち相手にするなよ」
「おっとなぁ。そこら辺がマックスとの違いよね」
「やかましい」
キャミィの茶々にマックスは顔をしかめ、
「――しかし兄弟、どう見る?」
「どう、とは?」
「決まってるだろ、《グローツラング》と《ロス・ファブリカ》だよ!」
「ギャングの最大手とカルテルの最大手――それがそれぞれマフィアと手を組んで東区に入り込んでドンパチの準備な。まあ普通に考えて狙いは《モンティ家》だろ」
「……詳しく聞いてもいい?」
「《モンティ家》は同じ地区のトップ組織って立場でも《グローツラング》、《ロス・ファブリカ》と違う点がある」
「海岸ね?」
俺の言葉にキャミィがすぐさま答える。
「そうだ――ゲヘナシティで海に面しているのは北区と東区。東区の沿岸地域は《モンティ家》の
「――埠頭はメインストリートから近いとは言え北区なのに、実質的に中立地帯になっているわよね」
「悪さをする奴もいるけどな」
だから俺に護衛の仕事が回ってくるのだが。
「で、それとギャング・カルテルが《モンティ家》を狙うのは関係あるのか?」
「鈍いなマックス、大いにあるだろ。誰もが北区で余所の組織と牽制し合いながら使う海路を《モンティ家》は独自のルートとして使えるんだぜ。例えばお前の商売だ――この街で銃を手に入れる方法なんていくらでもある。メインストリートのガンショップで普通に買えるし、お前みたいな売人を通して手に入れることも。この街に個人情報保護なんてもんはない。多少漏れがあるにしてもどこの組織がどれだけ銃を手にしたかなんてのはその気になれば調べがつく」
「おい兄弟、心外だぜ――俺は客の情報を漏らしたりしねえよ」
お前ら以外にはな――とマックスが言う。
「かもな。けどお前が埠頭に行く日と陸路――メインストリートからお前のとこに向かうバンを見張っときゃ仕入れは想像できる。銃を仕入れたとなりゃ後は誰に売るのか尾ければいい」
「沿岸地域を
「そういうこと――それに銃に限った話じゃないぜ。麻薬も人間もだ」
「――《モンティ家》は戦争の準備をしてたってことか!」
「それは知らねえよ。けどやろうと思えば一番手軽にそれができるのが《モンティ家》の縄張りだってだけだ」
「けどそれじゃあ《グローツラング》と《ロス・ファブリカ》が東区を攻める理由にならねえよな?」
「どうかな――キャミィ、このところ東区で治療屋が忙しくしてたってのはホントなんだろ?」
「ええ、そうね」
尋ねるとキャミィは頷く。
「だったら想像はつく。①《モンティ家》が何らかの理由で力を落とした、②それを知った他のマフィアが《モンティ家》の縄張りを掠りたいと考えたが組織の力だけじゃ心許ない、③そんな奴らがギャングやカルテルと手を組んだ――こんなところか。治療屋が忙しがってたのは東区の中で前哨戦でもしてたんじゃねえか?」
一、二、三と指を立てながら話してやると、キャミィもマックスも頷いて――
「――で、《モンティ家》の連中はどうして力を落としたんだ?」
「知らねえよ。そもそも確定じゃない。そうじゃないかって話――これなら大体辻褄合ってるだろ?」
マックスの奴にそう言ってやった時――通りの向こうに知った顔を見た。俺は急いでケバブを平らげ、オレンジジュースのボトルを空ける。
「ちょっと、どうしたの?」
様子が変わった俺にキャミィが言う。
「世話になった顔を見た」
そう答え、昼前で混み始めたマーケット――その人の流れを掻き分けて――
「――よう、兄さん。昨夜は世話になったな?」
しかめっ面でマーケットを歩くスーツ姿のイタリア人に声をかけた。
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