第3章 兆し ②

「……そうね」


「疑問?」


 キャミィとマックスがそれぞれ口にする。


「……そんな男がビーチェの元を訪れた理由だよ。ま、ビーチェもイタリア系だ。知り合いだって可能性もあるだろうさ。けど――」


「……東区が荒れているっていうこの時期にっていうのはタイミングが良すぎるわよね」


「――おいおい、ビーチェの詮索をしようってのか? ダチだぜ?」


「そういうつもりじゃない――けどやめておこうか。マックスの言うとおりだ。友達の詮索は良くないな」


 この街の――というか異能犯罪者同士のルールだ。親しくするなら本人の口から出ないことについては詮索しない。


 ……まあ、いずれ彼女から話を聞くことがあるかもしれない。昨日は聞きそびれたが、そもそも彼女が俺の部屋を尋ねたのは話があるからということだった。もしかしたらこの件かも知れない。


 ――と。


「――アキラ!」


 呼ばれて振り向くと目の前にオレンジジュースのボトルが飛んできた。三つ――左右の手で一つずつ掴むが、一つあまる――俺の異能が《奇術師の手マノ・デル・マァゴ》だったらなと思ったところで横からマックスの手が伸びてくる。お前が俺の《奇術師の手マノ・デル・マァゴ》か。俺の手はそんなにごつくない。


「好きだろ、オレンジジュース――持ってけ! 友達も!」


 叫んだのはジュース売りの屋台主だった。何度か仕入れの護衛をしたことがある。


「嬉しいけど――いいのか?」


「それであんたが気分良く仕事してくれるなら安いもんだ、また頼むぞ!」


「おう、サンキュー。連絡くれな」


 屋台主に礼を告げ、片方をキャミィに渡す。マックスはもう既にキャップを開けていた。


「……ラッキーだったな。できればバドで迎え酒といきたいところだが」


「俺がもらったんだ、文句言うなよ。美味いだろ、オレンジジュース」


「オレンジジュースが好きだなんて――アキラの舌は子供っぽいわよね」


 ……いつだったか夏姫にも同じことを言われたな。


「――昨日言ったろ? ガキの頃は山菜ばっかりで甘いものなんてあんパンくらいしか食ったことなかったんだ。クリームメロンソーダもオレンジジュースも大好きだ。プリンもな」


「ちょっと待て、俺ぁ聞いてねえぞ。そんな話はよ」


「そりゃあマックスは寝てたもの――あんパンいいじゃない。私好きよ」


「菓子パンは違えだろ。惣菜パンなら焼きそばパンが最強だ」


「嘘でしょう? 炭水化物と炭水化物よ?」


「夢のコラボレーションだろ。さすが兄弟はわかってるぜ。後はタンパク質があれば筋肉になる。完璧だ」


「……筋肉を意識して焼きそばパンを食ったことはねえな」


 マックスの実にマッスルヘッドな言葉に辟易していると、今度は別の屋台主から声がかかった。ドネルケバブ屋の爺さんだ。


「――アキラ」


「お、爺さん――ここ二、三日顔見なかったな」


「おう、お前さんの注文に応えようと思ってな」


「なんだ、辛くないドネルケバブを開発してくれたのか?」


「いいや? あれ以上辛くないものは作れやしねえよ」


 爺さんは言いながら白いソースが入ったボトルを出す。


「だからお前の為にヨーグルトソースを作ってたんだ。寄ってけよ」


「ホントに? そりゃ嬉しい――おい、ここにしようぜ。爺さん、ヨーグルトたっぷりで頼む」


「アキラは人望あるわね、誰かとは大違い――私はチリソースでお願い、お爺さん」


「誰かってのは誰だよ――俺もチリだ。激辛で頼むぜ」


 俺たちの注文に爺さんは片手をあげ、ポケットパンに回転肉焼き器でくるくる回る鶏肉をそぎ落とす。香ばしい匂いが食欲をそそる。


 俺はさっきもらったオレンジジュースに口をつけ、


「二人ともこの爺さんのケバブ食ったことあるか? 超美味いんだぜ」


「知ってる――あなたここでケバブを頼む度にそれ言うわよ」


 キャミィも同じようにオレンジジュースのボトルを傾けて、


「それにしてもパンダマンにメロンソーダ作らせたり、ドネルケバブ屋にスペシャルソース作らせたり……アキラはやりたい放題ね」


「……なんだよ」


「もうすっかりこの街の顔だなぁって」


「勘弁しろよ」


「だからやっぱ兄弟は組織を興すべきなんだよ」


 キャミィの言葉にマックスが乗り――そして意外な所からマックスへの援護が。


「――そりゃあいい。アキラが北区に組織を作るなら儂らマーケットの連中はみんなアキラの家族ファミリーになるだろうさ。アキラの下なら他地区のチンピラに脅かされることもないし、仕入れだって安全にできるようになる」


「爺さんまで勘弁しろよ――そんなことになってみろ、俺の組織に入らねえって住民はここで買い物できなくなっちまう。それにそうなったら相手にするのは《分析屋アナリスト》に《鉄人アイアンマン》、他の地区の組織だって気を張らなきゃならない。知ってるか、爺さん――他の地区じゃあ露地一本でシマが変わるんだ、揉めてるときなんか路地をまたいだまたいでねえってすげえピリピリするんだぜ。北区をそんな住みにくいとこにしたくねえよ」


「いるかいねえかわかんねえ奴らを気にするこたねえよ」


 これはマックスだ――ポケットパンに山になっていく鶏肉を眺めながらそんなことを言う。


「昨日も言ったろ――やりたきゃ一人でやれよ。俺は組織を興すつもりも属するつもりもない」


 ぴしゃりと言ってやるとマックスは面白くなさそうに押し黙った。しかし――


「――組織と言えば、アキラ、聞いたか?」


 一つ目のドネルケバブが完成した。チリソースをたっぷりとかけ、それを一番待ちきれないと言った顔をしていたマックスに渡しながら爺さんが言う。


「何をだよ」


「――東区の話だよ」



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