第3章 兆し ①

「――ヘイ、随分表情が険しいじゃねえか、兄弟。そんなに夕べの傷が痛むのか?」


 翌日。


 昼前にのそのそと起き出したマックスとキャミィと連れ立って、俺たちはアーケードのマーケットを訪れていた。遅い朝食と言うか早い昼食と言うか――いわゆるブランチを摂るためだ。


 道中マックスのウラルに揺られながら昨夜の顛末を話したせいで、珍しく俺がケンカで遅れを取ったことが二人にとってはセンセーショナルなニュースだったらしく――こうしていじられている。


「うるせえよ、別にもう痛くない――面白くないだけだ」


「負けたのが? それともビーチェを取られたのが?」


「別に負けてねえよ! 一発借りがあるってだけだ――それにビーチェが取られたってこともない。そもそも俺のものじゃないし――彼女に失礼だろ、そういう言い方は」


「……それにしても、アキラより手数が多いっていうのは驚きよね。異能は使ったの?」


「……途中からな」


 しかも返した一発は挑発からの半ば不意打ちだ。その上二度の打撃で足元が覚束なくなった。あのまま続けていても負けたとは思わないが、苦戦を強いられたことは確かだ。


「相手のイタリア野郎はどんな能力だったんだよ」


「超越者だ――躱したら喰らう。そんな能力だ」


「おいおい、タネは見たんだろ?」


「まぁな……俺は超越者の能力も分類はできると思ってんだよ。俺の能力は身体能力強化エンハンスの上位互換、マックスの能力は限定的だが抵抗レジストできない催眠能力ヒュプノ、って具合に」


 屋台の食い物を物色しながら言う。もっと言えばカズマくんの《忍び隠れるハイド・アンド・シーク》も相手の視覚をハックする催眠能力ヒュプノだと思うし、シオリの《夜鷹の縄張りホーク・アイ》は透視能力クレヤボヤンスの亜種だろう。


 荊棘おどろの《貪食グレイプニル》だって身体能力強化エンハンスの亜種だと言える。蛇の《蛇の呪いバジリスク》は麻痺能力パラライズ催眠能力ヒュプノの合わせ技だ。


 ――しかし。


「けど、奴の力は分類不能だ」


「もったいつけるなよ……どんな能力なんだ?」


「――《奇術師の手マノ・デル・マァゴ》」


 そう言ったのは情報屋のキャミィだった。


「この街のイタリア人でアドリアーノと言えば《ナポリの悪童》アドリアーノね。若くして《モンティ家》のナンバー2に上り詰めた超越者で、能力は《奇術師の手マノ・デル・マァゴ》――能力の詳細は不明だけど……ラッキーね、良いネタになるわ。アキラ、どんな能力だった?」


 目をキラキラさせて促してくるキャミィ。


「……キャミィにそんな聞き方されると答えたくなくなるな」


「なんでよ! いいじゃない、アキラは情報で商売してないでしょ?」


「……そうだけどさ」


 まあキャミィには何かと世話になっているし、恩がある。俺に必要な情報なら商売抜きで教えてくれたりするしな。


「端的に言うと、手が増える」


「……言葉通りなんだろうが意味がわからねえな。手が三本になったところでお前が遅れを取るほどのもんか? つまんねえ能力に思えるぜ」


 拍子抜けしたようにマックスが言うが――


「お前の《鏡の世界サイド・チェンジ》並にたちが悪い能力だぜ」


 俺は足を止めてキャミィの手首を掴んだ。拳を握らせて、マックスの顔の前に誘導する。


「ほら、ダッキングしてみろ」


「おお」


 俺に言われるままマックスは上体をかがめてキャミィの拳を潜る。


「ストップ。キャミィもそのままな」


 二人に言って止まってもらい、俺はキャミィに寄り添った。彼女が突き出した腕をなぞるように腕を突き出し――ロシアンフックのように打ち下ろし気味に腕を曲げ、拳でマックスの顔に触れる。


「ストレートを避けるとこうなる」


「おお……」


「初見は何されたかわからなかったし、魔眼を開いても見るには見たが躱せなかった。初弾を避けようとしたからこういう形だけど、一発目のナックルをガードしてもその瞬間にガードの裏から打たれる」


 一度見た以上、魔眼を使えば対処はできるだろうが……逆に言えば魔眼を使わなければ対処できそうにない。


「更に言えば見抜かれないように細かく能力をオンオフしてたはずだ。ネタが割れれば隠す必要もなくなる――オンにしっぱなしにされても面倒だ」


「と言うと?」


「普通に考えればわかるだろ。俺たちは手が二つ、奴は三つ――手四つで組んだら奴の手が一つ余る。ナイフで首を切られて終わりだ」


「《奇術師の手マノ・デル・マァゴ》とはよく言ったものね」


「奇術師なんて可愛いもんじゃねえよ」


 俺は肩を竦めて――


「どうだ、マックス。つまんねえ能力か?」


「怖ろしい能力だぜ」


 手のひらをくるりと返すマックス。素直で可愛いっちゃ可愛いが……アホだな。


「どうなんだ兄弟、勝てるのか?」


「――あの《モンティ家》のナンバー2と言われて納得って感じだな。かなりやるよ。判断も良かった。相当デキる。けど負けてやる道理はねえな――機会があれば礼をするさ。一発借りてるしな」


 俺の《深淵を覗く瞳アイズ・オブ・ジ・アビス》の強みは擬似的な加速により相手に対して後出しを押しつけることができるところだ。ネタが割れればどんな能力でもつけ込める。


「良い返事だ、兄弟。兄弟が無理だってんなら代わりに俺が挨拶に行かなきゃならねえからな……ところで、《ナポリの悪童》ってのは?」


 マックスがキャミィに尋ねると、彼女は満面の笑顔でマックスに手のひらを差し出した。


「金とるのかよ!」


「私、情報屋」


「アキラからネタ仕込んだだろ?」


「アキラに聞かれたら無料で答えるつもりだったわよ」


「……あんまりからかってやるなよ。教えてくれ」


 楽しそうなキャミィにそう言うと、彼女は「ま、お金を取るほどのネタじゃないけどね」と前置きして、


「名前の通りアドリアーノはナポリのスラムで育ったのよ。孤児だったみたいね――ミドルスクールの年にはもうナポリ中の悪党を震え上がらせるような実力者になっていたみたい。そのせいで個人にも関わらずナポリ中の組織から狙われるようになって――」


「……街を追われてゲヘナシティに流れ着いた?」


「そういうこと。同郷の《モンティ家》カデル・モンティに拾われて――今に至るってわけ。カデル・モンティには息子のように気に入られて、アドリアーノの方も《ナポリの悪童》とは思えないほど懐いて父のように慕ってるみたいよ」


「……それはそれで別の疑問が浮かぶけどな」



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