第2章 ベアトリーチェ ⑤

「……聞けば聞くほど信じがたい経歴ね」


 二人の質問に答え続け――結局俺の半生をかいつまんで話すことになったが――聞き終えたキャミィがそんな風に言う。


「……そうか? このくらいならこの国ならいくらでもいそうだけど」


「スラム生まれとか、犯罪に巻き込まれたとかでアキラみたいな幼少期を過ごした人はそれなりにいるでしょうけど……アキラほど成り上がるのは希でしょうね」


 これはベアトリーチェだ。


「成り上がった? 日本から逃げてきたんだ。逃亡者――成り上がったとは思えない」


 むしろ下がってるだろ――そう言うと、キャミィとベアトリーチェは二人して首を横に振る。


「アキラ、あなた自分のことわかってないわね?」


「――あん?」


「さっき北区の顔役として三人名前が挙がったでしょ?」


「《分析屋アナリスト》、《鉄人アイアンマン》、《暴れん坊ランページ》な」


「それ」


 キャミィがからかうように笑う。


「北区の不動の三人が四人に増えそうだって話、知らない?」


「いや、知らない。なんだ、指名手配の連続殺人犯でも流れてきたのか?」


「ま、自分の噂はなかなか耳にしないものよね」


 ベアトリーチェはその艶やかな髪をいじりつつ、


「私は『北区の新入りトラブルバスターの腕が立つ。その名も《色メガネフォーアイズ》。《暴れん坊ランページ》マックスとつるんでるだけじゃなく、その《暴れん坊ランページ》を二度もたたき伏せたらしい』――そんな風に聞いたけど?」


「俺かよ……」


 ベアトリーチェの言葉に俺は天を――というかボロい天井を仰いだ。


「俺はそんな悪党じゃないつもりなんだけどな」


「この街にいてそれは通らないでしょ」


 あきれ顔のキャミィがマックスのタバコをくすねて火を点ける。部屋にふわりと紫煙が漂い、フレーバーの甘い香りが部屋に広がった。


「あんまり聞いたことがないけど、トラブルバスターって普段はどんなことをしてるの?」


 俺と同じでタバコを吸わないベアトリーチェはビール缶を片手にアボカドディップのタコスに手を伸ばす。


「一番多いのは護衛だよ」


「護衛?」


「アーケードの爺さん婆さんらは揉め事禁止のメインストリートじゃなくて無法地帯で商売してるわけだろ? 住人の皆は感謝してるし、顔見知りも多い。商売をしてるときは比較的安全だけど、店を閉めた後や仕入れの時なんかは絶対に安全ってわけじゃない」


「まあ、そうね」


「さすがに寝床を守ってくれなんて依頼を受けたことはないが、仕入れの護衛は頼まれることがあるよ。特に船関係な――東区の沿岸は《モンティ家》のテリトリーだし、残る沿岸はこの街じゃ北区だけ。西や南の奴も北区の沿岸を使うからな。連中は北区の商売人がどうなっても構いやしない。以前は行きがけの駄賃って感じで襲ってくる連中がいた」


「――いたってことは最近はなくなったの?」


 尋ねるベアトリーチェに、俺に変わってキャミィが答える。


「アキラが片付けたのよ。何組か撃退したら襲われなくなったんだって」


「それじゃ継続して請けられないわね」


「そうでもない。しばらく護衛に雇われなくなったと思ったら、また頼まれるようになってな――俺が護衛しなくなったらまた襲われるようになったらしい。そんで多少利益が減ることになっても保険代わりに俺を雇うようにしたんだとさ。俺がいれば連中は襲ってこない――俺も散歩気分で高い護衛代もらっちゃ悪いからな、襲われたらプラスアルファってことで格安で請け負ってる」


「それでアーケードのおじいさんおばあさんが店を出してくれるんだから、北区の住人はアキラに感謝するべきね」


「どうだか――襲ってきた奴の中には北区の住人もいたぜ。小遣い稼ぎができなくなって恨んでる奴もいそうだ」


「……他には?」


「ケンカの仲裁や盗難車両の捜索――交渉の代理人ってのもやったな」


「交渉?」


「ああ。依頼人は大体メインストリートの商売人だよ――悪党どもに屈せずにまともに取引できるように、って具合でな。ああ、メインストリートの娼館から頼まれて娼婦の護衛やツケの取り立てもしたことがある」


「アーケードの話は別にして、他は割とダーティな商売かも」


「十分まともだろ――マックスの商売は銃の横流しとケンカ賭博だぜ?」


「商売と言えば――ビーチェはどう? 最近は」


 キャミィの質問にベアトリーチェは微笑んで――しかし首を横にする。


「私? 私は最近と言わずこの時期はダメよ。冬場と雨期は儲かるけれど」


「商売向きの能力でいいわね」


「じゃああなたの精神感応テレパシーと交換してくれない? そっちの方がよっぽど有意義な能力よ」


 ベアトリーチェは肩を竦める。


「超越者の異能ってほんとピンキリよね――マックスやアキラみたいに戦える力だったら私ももっとワルだったかも」


 そう言って彼女は自虐的な表情で指を振った。ペットボトルやビール缶からテーブルに落ちた水滴の全てが一瞬で消えてなくなる。


「《乾燥アシュガトリーチェ》だったか――見事なもんだ」


「水を乾燥させるだけの能力よ。大した力じゃないわ。乾燥機が要らないから雨期の洗濯には役に立つけどね」


 だから洗濯屋なのよ――そう締めるベアトリーチェ。


「謙遜するなよ。俺やマックスなんて殴り合いぐらいにしか役に立たないんだぜ。社会貢献できる立派な能力だ」


「あらありがとう。洗ったお皿も拭かずに済――」


 ベアトリーチェが言いかけたところで、キャミィが悲鳴をあげる。


「きゃっ――」


「! ――どうした?」


「や、なんか急にタバコが燃えて……」


「……どうかしたようには見えないけど」


「一瞬だけ――見てよこれ、灰が長いでしょ? さすがに人の部屋だもの、汚さないようにこまめに灰落としてたのに」


 言われてみると、確かにキャミィが持つタバコの先は長い灰になっていた。彼女はそれをテーブルに落とさないよう慎重に灰皿代わりのカップに落とす。


「なんなのよ、これ」


「マックスがキャミィにタバコをくすねられないようにオイルでも仕込んでたんじゃない?」


「日常的にやってるわけじゃないわよ。ちょっと切らしちゃったから」


 ベアトリーチェの言葉にキャミィは頬を膨らませ、


「……で、何の話だっだっけ?」


「ビーチェの能力が《パンドラ》の皿洗いでも活躍できそうだって話だ」


「……儲からない時期はアルバイトしようかしら」


 こんな他愛もない話でも、この街じゃ数少ない危険が伴わない娯楽だ。


 俺たちはマックスのいびきをBGMにそのささやかな娯楽を楽しんだ。



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