第2章 ベアトリーチェ ④

「……ぐぉー……ぐぉー……」


「まったく――起きてても寝ててもうるさい奴だな」


 ハイペースで酒を煽り一番に潰れていびきをかき始めたマックス――その姿に顔をしかめる俺に、キャミィとベアトリーチェが、


「アキラがあんな塩対応するから」


「塩っていうより激辛って感じだったけれど」


「……組織ってのはマックスのやつが考えてるほど簡単なもんじゃねえんだよ」


「……それはわかるけど」


「マックスはアキラと家族ファミリアになりたいのよ」


 女性ながら豪快な飲みっぷりを見せるキャミィと、しっとりと味わうように缶を傾けるベアトリーチェ。二人にそう言われるが――


「家族ね……」


「マックスと組むのは嫌?」


「それとも組織に何か嫌な思い出でも?」


「どっちかっつうとビーチェが正解。マックスはアホだけど友達だよ、嫌じゃない。じゃなけりゃ酒を飲まない俺がこうして奴に付き合ったりしないさ」


「日本では組織に属していたんでしょ?」


「まあな」


「詳しく聞いてもいいのかしら」


 キャミィ、ベアトリーチェがそれぞれ尋ねてくる。俺は空になったペットボトルの代わりに盛り合わせの皿に手を伸ばして――


「――ボスと俺の二人で裏社会の何でも屋をやってたんだ。その街はゲヘナシティほどタフな街じゃなくて――でも……そうだな、西区の《グローツラング》や南区の《ロス・ファブリカ》、東区の《モンティ家》みたいな地域一帯を取り仕切る組織があったんだ。ウチのボスはそのビックボスの孫だった」


 ジャーキーを囓りつつ答える。ビーフジャーキーは嫌いじゃない。


「最初はビックボスの食客みたいなもんだったんだけどな、ボスが独立するって話になって、それで俺がボスの部下になって何でも屋を始めたんだ」


「食客?」


「ああ――独立する前のボスのピンチを救ったことでビックボスと知り合ったんだ。それでな」


「アキラは日本でもトラブルバスターだったのね?」


「ああ――それで……まあボスと二人の家族ファミリーだったわけだよ。そういう事情もあってビックボスの覚えがよくてな。それで組織が代替わりすることになって、成り行きでボスの部下のままその組織のトップを務めたりもした」


 ピュウとキャミィが口笛を吹く。


「すごいじゃない――え、この国に来る前でしょ? ハイスクールに通う年で街を仕切るような組織のトップになったわけ?」


「一晩だけな。ビックボスが襲撃されて能力が弱化したんだ。それで代替わりすることになった。ビックボスと言えど力を示せなくなった男がトップの座に居座ると他の組織につけ込まれる。尊敬すべき男だったし実際人望が厚かった。組織には残ったけど、名目上のボスは替わった」


「その跡をアキラが継いだのね」


「一晩だけって言ったろ? 詳しい話は省くけど――」


 シオリや栞ちゃんの話をするとややこしくなる。この辺は省いて良いだろう。


「ビックボスの襲撃は組織を割った男の仕業だった。ビックボスは俺にとっても恩人だったんだ。俺はそのケジメを取りたくて、一晩だけ組織を仕切らせてもらったのさ。仕事が済んでからはすぐに次の男にその座を譲ったよ」


「勿体ない――とマックスなら言うかも」


「……かもな。それでしばらくした頃に公安に絡まれて――さっきの話に繋がるわけだ。マックスと話したように身内に被害が出ると奴らは本気になる。で、その捜査官は度し難い戦闘狂マニアで逃げる俺に司法取引を持ちかけてきた」


「……どんな?」


「自分と正面から殺し合いバトルするなら組織と俺のボスに手は出さないってさ」


 俺がそう言うと二人は目を丸くして互いに見合う。


「それで俺は戦って――公安を殺す度胸はなかったし、そいつを殺したら司法取引がなかったことになっちまう。半殺しにして、追跡を躱すために日本を出たんだ」


「……私、わかっちゃった」


 話し終えると、キャミィがにんまりと笑う。


「そのボスがリストチェーンの持ち主ね?」


 彼女はそう言って俺の左手首に巻き付く夏姫から勝手にもらってきたリストチェーンを指す。ベアトリーチェは得心がいったとばかりに頷いた。


「……そういうこと。結果として欺して姿を消すことになっちまった。あんなに良くしてくれたボスなのに。その前には別の家族がいたけど――そのボスが俺にとって最後の家族だ」


「世界一可愛い女って言ってたもんね?」


「嘘、アキラがそんなこと言ったの?」


「何時間か前に聞いたばかり。ね?」


「うるせえよ。黙らねえとあんたでもぶっ飛ばすぞ」


「ダウト。アキラは私やビーチェには手を上げないよ、絶対ね」


 そんなことを言うキャミィに半ばまで囓ったジャーキーを投げつけると、彼女は実に能力者らしい反射神経でキャッチして見せた。


「……私もアキラは私たちに手を出さないと思うけど、ジャーキーは投げるみたい」


「それだけじゃない。ペットボトルも投げるし空き缶だって投げる」


 それぞれをキャミィとベアトリーチェに投げつけてやるが、二人とも飛来するそれらを難なくキャッチしてみせる。


「私たちだって能力者よ。ビーチェに至っては超越者だし。アキラは私たちがこんなものじゃ怪我しないことをわかって投げてる」


「キャミィ、うるさい」


「案外その娘に優しくしてあげられなかったから私たちに優しいのかな?」


「ビーチェもうるせえよ」


「こわ。ビーチェ、アキラが怒ってる。話題を変えましょ?」


「そうね――ねえアキラ、その戦闘狂マニアの捜査官は強かった?」


「……ああ、今思い出しても背筋が凍る。他にも負けを覚悟した手練れはいるけど二度とやり合いたくないって意味じゃあいつがダントツだ」


「私が知る限りアキラってこの街で誰かと揉めても負けたことってないわよ、マックスも含めてね――そのあなたがもう二度とやり合いたくない?」


「ああ」


「日本の捜査官は怖ろしいわね。どんな相手なの?」


「二人と同じくらいの年の女だよ。長い髪を操る異能でな、性格もやべえって言葉じゃ言い表せないほどぶっ飛んでて――」


 尋ねてくる二人に日本にいた頃の話を聞かせる。二人は目を丸くしたり、笑ったり――様々な反応を見せてくれた。




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