第1章 ゲヘナシティ ⑤

「――どっちも飲み過ぎだ、落ち着けよ――メインストリートでそんなもんぶっ放せばどうなるかわかるだろ? 市警が本気になる。あんたたちボスは奴らと上手くやるために俺にあんたたちの始末を依頼してくるぜ」


「じゃあなおさらここでてめえを消しとかねえとな」


 ギャングがセーフティを解除する。カルテルもだ。それを合図に同じテーブルにいたそれぞれの仲間も立ち上がり銃を抜き――あるいは手をかざして異能を使おうとする。


「やめとけよ。ノリで撃ったら後悔するぞ。銃を下げろ。幸いなことにまだ中立は保たれてる」


「いっぺん抜いた銃をそのまま収められるかよ」


「他の場所ならそうかもな――面子に関わる。だがこのメインストリートは例外だ。先に銃を下ろした方がより冷静って証拠さ。それで相手が撃ってくれば市警は相手だけを狙う。組織のトップに悪印象を与えることもない」


「知ったことか、クソ食らえ」


 吐き捨てたギャングの銃を持つ手に力が入る。撃つつもりか――


 だったら――仕方ない!


 俺は異能を解放した。かつて俺が《魔眼デビルアイズ》と名乗ったその由来の聖痕スティグマ――金色の魔眼が開き、世界が減速する。


深淵を覗く瞳アイズ・オブ・ジ・アビス》――俺を超越者たらしめる異能。身体能力に加え、反射神経、神経伝達速度、思考速度――真の意味であらゆる身体能力が向上する能力で、これを使った時――俺の世界はスローモーションになる。


 キャップを被ったギャングが引き金を引き絞りきるその前に、頭に突きつけられた銃――そいつに手を伸ばし素早くセーフティを作動させる。引き金が引けなくなり、当然弾は発射されない。キャップのそいつが動揺した瞬間、銃身を掴んでひねり、キャップ自身の腹に押しつける。


「痛え、痛えよ!」


 捻って押しつけることで肩、肘、手首、引き金にかけた指が極まってしまっているそいつに告げる。


「さて、今セーフティ外したらどうなるかな?」


「悪かったよ、落ち着いた――頭に血が昇っちまったんだ」


「仲間に言えよ。あんたの仲間が全員銃を下ろしたらセーフティは解除しないし、解放する」


「オーケーわかった――ヘイ! 頼むよ、助けてくれ」


 男が呻きながらそう言うと、仲間のギャングたちがゆっくりと銃を下ろす。俺はそれを見届けて――


「――なあ、カルテルの兄さんたち。どっちが発端か知らないし興味もない。けどこうしてあんたらの相手は痛い目見たぜ。その銃を下ろすには十分だろ? ずっとそのままだってんならリチャードだって通報せざるを得なくなる。そうじゃなくてももしかしたらあんたらに敵対的な組織がこっそり通報するかもな?」


「あ――ああ、わかった」


 カルテルの連中も全員銃を下ろす。そこまで確認して、俺はキャップの奴を解放してやった。


「よし――どっちも落ち着いたな? メインストリートは絶対中立で、《パンドラここ》はこの街で唯一水で薄めてないボトルとまともな飯を楽しめる店だ。俺が決めたルールじゃない、昔からの伝統だ――いいな?」


 そう言うと双方頷いて、それぞれ自分がいたテーブルに戻る。俺はそれを見届けて踵を返し――


 ――背中に熱波を感じた。発火能力者パイロキネシストがその異能を振るう際の兆候だ。


「調子に乗るなよ、日本人ジャパニーズ!」


 魔眼を開きっぱなしで良かった――振り返るとギャングの一人が俺に向けて手を掲げている。今まさにその手から生まれた炎の鞭が俺に向かって伸びようとしている所だった。


「馬鹿野郎!」


 その隣にいた奴が発火能力者パイロキネシストを押さえようとするがもう遅い。炎の鞭が俺を叩こうと伸びてくる。


 しかし、魔眼を開いている俺に通用する様なものではない。引きつけてバックステップ――俺がいた場所を薙いで――そしてかき消える。


 そのまま床を蹴ってそいつに肉薄する。銃ならまだ可愛い――しかし異能はダメだ、一線を越えている。


 本気で踏み込む。そいつに瞬きさえさせずに懐に入り込み、ボディフックで肋骨を叩き割る。腹を抱えて体を丸める男。その頭部に肘を振り下ろす。


「がはっ……」


 そのまま床に沈む男。その背中に足を乗せ、バックサイドホルスターから自前の銃を抜いて頭部に狙いを定める。


「ヘイ――ヘイ、トラブルバスター! 悪かったって! 良く言って聞かせるからよ、そいつをぶっ放すのは勘弁してやってくれ」


 仲間のギャングが俺に縋るように言う。しかし――


「ノーだ。銃はまだ可愛げあったけど――異能はダメだ。見逃せない。しかも未遂じゃない、実際に使ったんだ」


「あんたの面子なら十分だろ! 俺らとメキシカンのケンカを仲裁して、異能を使ったこいつも一瞬でねじ伏せた! 誰があんたを軽く見るんだ?」


「この街の全員だ。撃つべき時に撃てない奴だと思われたらこの街で生きていけない」


 言いながらセーフティを外す。


「あんたがこいつを殺したら俺たちも後に退けなくなっちまう!」


「制裁に対する報復か? いいぜ。市警だけじゃない、この街全てがルールを侵したあんたらの敵になる。それでいいならやれよ」


「頼むから冷静になってくれって!」


「冷静だよ、別に怒ってない。やるべきことをしようとしてるだけだ」


「――アキラ!」


 ――と、引き金を絞ろうとした俺に待ったをかけたのはキャミィだった。銃はそのまま、視線だけを彼女に向けると、


「雇い主が一言あるそうよ」


「……そのへんでいいだろ。そいつは自分の組織からも制裁を受けるだろうし、何より店で死人が出たら今日は店じまいになっちまう」


 リチャードが険しい顔で言う。


 ……やれやれ。


 俺は嘆息しながら一歩、二歩と下がり――そして振り向きざまに引き金を引いた。発射された弾丸は倒れたままの男――その眼前の床に孔を穿つ。跳弾が天井の照明の一つを砕き、その破片がパラパラと倒れた男の体に降り注いだ。


「――店の修理代はあんたらで払っとけよ」


「あ、ああ」


 銃をホルスターにねじ込んでそう言うと、男の仲間が青い顔で頷く。


「あとそいつは金輪際北区に踏み入らせるな。ウチの地区で見かけたら目を三つにしてやるからな」


「……わかった、言い聞かせる」


「――あんたら、どこの組織だよ」


「……《グローツラング》だ」


 言ってそいつは自分の白いジャケットを指し示した。なるほど、《グローツラング》はギャングがひしめく西区で最大のギャングだ。シンボルカラーは白――確かにそのテーブルの連中は全員なにかしら白いものを身につけている。


「憶えとくぜ」


 俺はそう言って踵を返した。



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