第1章 ゲヘナシティ ⑥
「終わったよ」
カウンターに戻ってリチャードに告げる。するとリチャードは自分の部下――ウェイトレスのアイラを呼びつけた。アイラは自分が持っていたトレイをリチャードに手渡す。リチャードは受け取ったそれを俺の頭に振り下ろした。
「痛え!」
コトが終わり、魔眼を閉じて油断していた俺はまともにそれを頂戴する。
「なにすんだよ!」
「やり過ぎだ馬鹿野郎。やめろっつったろうが、頭の横についてんのはサングラスの弦をかけるためだけにあんのか、ああ? 床と照明壊しやがって」
「それは《グローツラング》が支払ってくれるだろ。床一面張り替えて照明をシャンデリアにしてやれよ」
「それで客が入るならやってもいいがな」
「床を鏡張りにすればいい。ビキニカフェってあるだろ? それと似たようなもんで昔日本にノーパン喫茶ってのがあってな? ウエイトレスが短いスカートで下着を履かずに接客するってカフェが流行ったらしい」
「……そいつは良い考えだ」
リチャードがアイラのミニスカートを見てそんなことを言う。
「嘘でしょう? 下着を履かずに接客するの?」
目を丸くしたのはキャミィだ。その彼女に教えてやる。
「嘘じゃない。九十年代にあったらしいぜ。ノーパンしゃぶしゃぶも」
「『シャブ・シャブ』と下着を履かないことの関連性がわからないわ」
オーゴッシュ……と呟きながら嘆くキャミィ。
「ミニスカで下着を履いてないウェイトレスがテーブルを回って給仕をするらしい。するとどうなるか」
「アメイジング。さすが日本だ、シビレるぜ」
リチャードはそう呟き、
「オッケー止めて。聞きたくない」
キャミィは首を振って胸の前で十字を切った。
「もう『シャブ・シャブ』を頼めないじゃない」
「気にすんなよ。《パンドラ》で食える『シャブ・シャブ』は和食のしゃぶしゃぶじゃないぞ。寄せ鍋だ」
「なんてこと……」
「アキラ、それは誤解だ。俺はちゃんと日本で『シャブ・シャブ』を学んできた。ただテーブルの回転率を上げるために工程を全て俺が済ませているだけだ」
「しゃぶしゃぶはその工程が最大の醍醐味だと思うけどな」
「ねえアキラ、私が下着を履かずに『シャブ・シャブ』作ってあげましょうか?」
マックスの頭ごしに夏姫みたいなことを言い出したのはラビィだ。
「マックスにやってやれよ。きっと喜ぶぜ」
言ってやると、ラビィが首を振って肩を竦めた。
「――それにしてもさすがね。振り返った時にはもう相手は異能を使っていたのに、簡単にねじ伏せた。前に異能は
「――あんた、自分の異能も明かさないのに人の異能を詮索するのはどうなのよ」
俺の代わりに噛みつくキャミィを宥め、
「マックスのケンカ賭博にエントリーしろよ。対戦相手が俺なら俺の異能を体感できる」
「猟奇的な加虐趣味でもあるわけ?」
「まったくない」
「ということはそんなに私を嫌ってるんだ?」
「それも違う。自分の異能を何度も語りたくないだけだ」
この街で俺の異能――《
――と。
「……ねえアキラ、ヤバイかも」
「――かもな」
キャミィの言葉に頷く。店の外から近づいてくるパトカーのサイレンが聞こえてきたからだ。
「近所の店が通報したのかも。アキラが発砲なんてするから!」
「仕方なかったろ――おいマックス、起きろ。ポリスだ」
彼女に言い返しながら隣のマックスの体を揺する。
「おお――?」
「起きろ、帰るぞ」
言いながらマックスのジーンズから財布を抜き、
「リチャード」
「四百三十ドル」
「高えよ」
「最高級店だからな。あとラビィの飲み代も入ってる」
俺はマックスの財布から百ドル紙幣を五枚抜いてリチャードに渡す。
「釣りで他の客に口止めしてくれよ」
「オーケイ――おいクズども! いつものやつだ、わかるな、今日もこの店は平和だ、トラブルなんかなかった――わかったら一人一杯好きなもんを注文しろ!」
声を張るリチャードに口笛や歓声が上がる。それを聞いて俺は一つ思いだし、マックスを引きずりながらリチャードに告げる。
「ああ、リチャード――ストリップクラブはナシでいい。代わりに青いマスタングのカルロスって奴がきたら一杯飲ませてやってくれ。借りがあるんだ」
「ああ、わかった。早くいけ」
「またな」
頷くリチャードにそう返し――
「アキラ、早く!」
キャミィに急かされながら《パンドラ》を後にした。
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