第1章 ゲヘナシティ ③

「しかしなんだってまた。縄張り争いでもしてんのか?」


「……かもね。具体的な話は私の耳に入ってないけど、でもそれなりに怪我人が出てるみたいよ。治療屋が忙しそうにしてる。闇医者も」


 治療屋は正規の資格を持たずに治癒能力ヒーリングで商売する連中だ。体力を消耗するとい治癒能力ヒーリングの弊害こそあるものの、金さえあれば場合によっちゃ闇医者より重宝する。


「羨ましい限りだぜ、そういう金儲けに向いた能力はよ」


「お前だってすげえ能力持ってんじゃんよ。警官にでもなってりゃいくらでも俺たちみたいなのを逮捕できただろうぜ。海兵は――ちょっと仕事選びを間違えたな」


 ぼやくマックスに言ってやる。こいつの異能は相手に触れないと効果がない。接近戦であれば無類の強さを誇るが、軍ならではの隊を組んでの戦闘はマックス向きではないだろう。


「ああ、失敗だ――本当にな。海兵なんてなるもんじゃねえ」


「海兵隊はそんなに嫌だった?」


 心底嫌そうにぼやくマックスにラビィが尋ねると、マックスはしかめっ面のまま黙り込む。


 なので、俺が代わりに答えてやった。


「ことあるごとに上官殿に殴られる毎日に嫌気がさしてた頃に、虫の居所が悪かったらしい大尉殿にしこたま殴られたらしいぜ。次の日に除隊申請して、除隊して即その大尉殿の自宅と休暇を調べて遊び・・に行ったんだってよ」


「わーお」


 俺の言葉にラビィが目を丸くする。


「それで、どうなったの?」


 どうやら掴みはばっちりのようだ。続きを話してやれよと目で促すと、マックスは憮然とした表情で話し出す。


「……めちゃ弱腰にディナーに招待されたぜ。ナードがジョックにそうするみてえにな。奥さんと子供の前で『階級がなけりゃあケンカもできねえのかこのマザーファッカー』っつってぶん殴ってやったよ」


「それで? それで?」


 楽しそうに聞き出すラビィ。


「……奥さんに通報されてあっという間にパトに囲まれた」


「よく掴まらなかったわね」


「……大尉の家がシアトルでよ」


「うん?」


「埠頭までパトカー引き連れて逃げて、車ごとエリオット湾に飛び込んで泳いで逃げた」


 憮然としたままそう言うマックスに、ラビィはカウンターを叩いて笑う。


「あっはっは――さすが《暴れん坊ランページ》。あなたを捕まえるにはヒーローを呼ばなきゃダメね」


「それかこのアキラかだ――なんせステゴロでこいつに勝ったことがねえ」


「へぇ? マックスが勝ったことがないの? やるわねアキラ」


 ピュウと口笛を吹くラビィ。


「出会った頃に二回やって、たまたま二回とも勝っただけだ。次に本気でやり合ったらどっちが勝つかわからないさ」


 そう言うが、マックスは首を横にふる。


「三度目はねえぜ、兄弟――二度目に負けたとき、お前とはツレになった方が得だってことに気付いたからな」


「どうせなら一度目に気付きなさいよ――だからマッスルヘッドなんて呼ばれるのよ」

 マックスのそんな言葉にキャミィが突っ込むが、当のマックスは聞こえないふりだ。


「――《暴れん坊ランページ》マックスは超越者よね。その手の聖痕スティグマ、隠す気もないみたいだし」


「おう、まぁな」


 ラビィの言葉にマックスは右手の甲の聖痕スティグマを掲げて見せる。


「そろそろあなたの能力を私にも教えてよ。そっちのお嬢ちゃんガーリィは知ってるんでしょ?」


「俺の能力か? そいつは――」


 酔って気分が良いのか、それとも艶っぽいラビィの媚びるような声に気を良くしたのか――マックスは自慢げに己の異能を語ろうとする。そいつは悪手だ。ホールには客が大勢いるし、誰が聞き耳を立てているかわからない。リチャードだって聞いている。リチャードも客商売だ、金を積まれれば口が軽くなることもあるだろう。


「おい。場所を選べよ、マックス」


 小声で言ってやると、マックスは一瞬口ごもり――


「――兄弟がこう言ってるんでな、俺の能力が知りたきゃピロートークで聞かせてやるぜ?」


「あら残念。私、私より酒が弱い男とは寝ないことにしてるの」


「お、じゃあ飲み比べるか? ラムか? ジンか? テキーラでもいいぜ。ビールはダメだ、ガスで腹が膨れちまう」


「ちょっと、やめときなさいよマックス――あんたアーケードで一回潰れてるじゃない」


「はっ、俺の肝臓は鋼鉄製だってところを見せてやる」


 キャミィが止めに入るが、気が大きくなっているマックスは耳を貸さない。


「ねえ、アキラも止めてよ」


「やらせとけよ。まさか命まではとられねえだろ」


「そりゃもちろん。ま、私は体を賭けるんだから、私が勝ったら私の飲み代は持ってもらうけどね」


「いいぜ。ラビィ、あんたの好きな酒でいい」


「あらそう? じゃあリチャード、ズブロッカをあるだけ出して?」


「毎度」


 ラビィの豪快な注文に、リチャードはカウンターにズブロッカのボトルを置く。三本、四本、五本と数を増していくそれを目に目を細めるラビィと、目を丸くするマックス。


「勝負、見えたわね」


 そんな二人を見て呟くキャミィ。


「ねえアキラ、どっちが勝つか賭けない?」


「俺がラビィに賭けて良いか?」


「ダメ。ラビィに百ドル。千ドルでもいいわ」


「勝負になんねえよ、それは。そっちがふっかけてきたんだ、キャミィがマックスに賭けろよ」


「嫌よ、さすがにドブに捨てるお金は持ってない」


「お前ら……!」


 マックスは俺とキャミィの言葉にわなわなと震え、


「絶対勝ぁつ!」


 カウンターに並べられたボトルに手を伸ばした。



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