第1章 ゲヘナシティ ②

 食事も一段落し――案の定キャミィは頼んだメニューを予想以上に食べていたが、完食には至らなかった。残りは俺が食べた――キャミィとマックスは酒、俺はジュースで雑談に興じていると、一人の女が俺たちに声をかけてきた。


「ご機嫌ね? 私も混ぜてくれないかしら」


 その声にキャミィは眉間に皺を寄せ、マックスは眉尻を下げる。


「ようラビィ、久しぶり」


「ハァイ、リチャード。儲かってる?」


「いや? 金払いの悪いクズばっかりでな」


「そ。この街じゃ仕方ないわね――ラムコークを」


 そんな風に言いながら、長く艶やかな髪を靡かせて彼女はマックスの隣に座った。


「ラビィ――最近見なかったな、元気か?」


「ええ。あなたは変わらなそうね」


 一見するとゴージャスなセレブ――そんな風に見えるラビィ。この街の住民なのだ、同じ穴の狢なのだが――ともかく彼女は、歓迎ムードのマックスにそう言って優雅に微笑みかける。


 面白くないのはキャミィだ。別にラビィを歓迎するマックスが面白くないわけじゃない。単にキャミィがラビィとソリが合わないだけだ。


 健康的な美人のキャミィと違い、ラビィの美貌は男好きするそれだ。そういうのも関係しているのかも知れないが――


「ハァイ、お嬢ちゃんガーリィ


 ラビィがマックスと俺を挟んだキャミィに声をかける。


「……あんたのそういう態度ってすっごく不愉快」


「悲しいわ。私はあなたのこと大好きなのに」


「成人した女にお嬢ちゃんガーリィはないでしょうよ――バカにしてるとしか思えないわ」


「うふ」


 キャミィの言葉にラビィは嬉しそうに微笑んで――それを見てまたキャミィは不愉快そうにグラスを傾ける。


 見かねて俺は口を挟んだ。


「ラビィはキャミィがそういう反応するから面白がってんだよ。相手にしなきゃラビィも他の標的を探すのに」


「あら、心外だわ。私は純粋にキャミィが好きなだけよ」


「あんまりからかってやるなよ、ラビィ」


 俺がそう言うと、ラビィがやれやれと肩を竦める。


「アキラもしばらく顔を見てなかったわね。元気だった?」


「ああ」


「儲かってる?」


「生活には困らないぐらいには稼いでるよ」


「おいラビィ、なんだよ随分アキラのことを気にするじゃねえか。俺には一言だったのによ」


「あらあら、そうだったかしら? 儲かってる?」


「おう。俺ぁアキラと違って羽振りがいいぜ――最近は立て続けに銃が売れてな」


 マックスの商売は元海兵という立場を活かした海兵隊からの銃の横流しとケンカ賭博だ。ケンカ賭博は――まあマックスが仕切る小規模なバトルアリーナみたいなものだ。ただしバトルアリーナよりルールが過激で、異能の使用が可能。


 そんなわけで個人による開催にもかかわらず興行は毎回盛況でファイトマネーもそこそこの額になる。条件が良ければ俺も闘犬の真似事をすることもあるくらいだ。


 もっとも、マックスの言葉通り最近は銃の密売で儲かっているらしく、そっちの誘いはさっぱりだが――


「この街にもまともなガンスミスがいるのに、あんたの銃が売れるなんてキナ臭いわね」


「丁度その話をしていたところさ。近いうちにドンパチが始まるんじゃないかってよ」


「へぇ? ねえマックス。あなたの顧客はどこのグループ? 西? 東? それとも南かしら。北ってことはないわよね?」


 ラビィがそんな風に尋ねるのには――そしてこの《パンドラ》のホールが居住区ごとにおおまかに棲み分けられているのには訳がある。


 基本的に俺たちゲヘナシティの住人は悪党だ。西区にはアメリカ系のギャングが集まり、南区はメキシコ系の麻薬カルテルとそいつらの商売の為の麻薬製造工場が、そして海に面した東区はヨーロッパ系のマフィアが幅を利かせている。俺やキャミィ、マックスが住む北区は組織に属さないような連中の集まりだ。


 つまりマックスがどこの連中に銃を売ったかがわかれば、どこの地域が殺気立っているかがわかる。


「いやいや、さすがにそいつは言えねえよ。商売には信用が必要だ――顧客の情報をべらべら喋る売人はドブ川を泳ぐ羽目になる」


「教えてよ」


 ラビィが甘えた声を出すが――それを遮ったのはリチャードだ。


「ほらよ、ラムコーク」


「ありがと」


 ラビィは出されたグラスを受け取るとそれを煽り――


「……マックス、あなたの商売と関係あるかどうかは知らないけれど、東区が殺気立ってる、なんて話をちらっと聞いたわよ」


「東区?」


 聞き返すマックス。そのマックスと俺は同時にキャミィに視線を送った。


 俺はそんな話は初耳だし、マックスの客がヨーロピアンマフィアなのかどうかは知らない。が、この中で一番の情報通はどこの組織にも属さない情報屋としてこの悪党だらけの街で生きているキャミィだ。


 俺とマックス、ついでのラビィの視線を受けて――キャミィはそれでもとぼけて見せた。


「私よりパンダマンの方が詳しいんじゃない? この街で唯一まともな酒場のオーナーよ。色んな話が聞こえてくるに決まってるわ」


「――だそうよ?」


 キャミィと、それとラビィの言葉に促され、リチャードはしかめっ面でグラスを磨きつつ、


「酒場で何か聞きてえならルールってもんがあるだろうよ」


「メロンクリームソーダを一つ」


「酒を頼め酒を! そもそもそいつはウチの店のメニューにねえ!」


 俺の注文にリチャードは怒鳴って――そしてカウンターにからのグラスを置き、クラッシュアイスを放り込む。そこに冷蔵庫から出したサイダーを注ぎ、どこぞから取り出した小瓶の中身を注ぐ。するとグラスの中の透明なサイダーが手品のようにエメラルドグリーンに変わっていった。


「――メロンシロップあるのかよ! メロンソーダ作れるじゃんか!」


「ねえわけねえだろ、カクテルに使うんだからよ」


「じゃあなんで今まで出してくれなかったんだよ!」


「ノンアルコールカクテルなんざかったるくって作ってられるか」


 言いながら、リチャードは鬱陶しそうに自分で作ったメロンソーダにアイスクリームを乗せる。そうしてできあがったメロンクリームソーダを俺の前に置いた。


「言っとくが高えぞ。つまらねえもん作らせやがって」


「全然オッケーだ、俺の払いじゃないからな」


「俺は全然オッケーじゃねえ……」


 マックスの嘆きの声が聞こえるがどうでもいい。俺は日本を出て以来の大好物に口をつける。


「――美味え! リチャード、あんた最高だぜ!」


「……こんなもんで喜ばれるとは心外だ」


 リチャードは嘆息して――


「……確かに東区が荒れてるって話は聞くな。見ろよ」


 小声でそう言ってホールを示す。言われるまま振り返ると――確かに東側のテーブル席は西、南に比べて空席が多いように見えた。



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