第三話 犯罪都市 プロローグ ②
アーケードの前で降ろしてもらい、カルロスに礼を告げてキャミィと二人で通りに踏み入る。マックスは探すまでもなかった。すぐそこに人垣ができている。その中心にいるだろう。
「んじゃ行ってくる。あんたはこの辺で待っててくれ」
「了解」
頷くキャミィをその場に残し、俺は足早に人垣に近づく。
「悪いな、ちょっと通してくれ」
そんな風に人垣を掻き分けて中に進むと、その中心には顔を押さえて地面に転がる連中が何人か――それと、拳を振り回すマックスとそれから逃げ惑う男が二人。
マックスの相手も地面に転がってる連中も知り合いではないが見覚えはある。同じ北区の連中だ。
地面に転がっている男に声をかける。
「よう。どうなってんだ、これ」
「ぐっ――あんたか、なんとかしてくれよ。一人で安酒煽ってるからよ、ちょっとからかったらこれだぜ」
「酔っ払ってるあいつをからかうのが悪い。報復しねえってんなら助けてやるけど?」
「ありがてえ――頼む」
「これに懲りたら酔ったあいつに絡んだりすんなよな」
男にそう告げて男二人に拳を振るう筋骨隆々の大男――マックスに声をかける。
「おいマックス、そのへんにしとけ――またポリスに強請られる羽目になるぞ」
「ああ? 新手か? このマックス様にケンカを売ろうなんざ百年早いんだよ! オラ、かかってこい!」
声をかけると、振り向いたマックスがうつろな目で怒号を発する。俺を見ても俺とわからないようだ。よほど酔ってるか――あるいは頭に血が上っているか。多分両方だ。
「こねえならこっちから行くぞオラァ!」
怒鳴ってマックスが俺に殴りかかってくる。その右手の甲にあるトライバル柄のタトゥーのようなものが僅かに光った。
マジかよ、異能まで使う気か。
◇ ◇ ◇
人間は二つの種類に分類できる。異能を使えるものと、そうでないもの。そして異能を使えるものもやはり二種類に分類できる。社会に迎合できるか、否か。
要因はそれぞれとして、社会に迎合できなかった俺たち社会の癌は犯罪者としてそれなりに罪を犯しつつ法の目から逃れるように街に潜んでいる。いや、いたと言うべきか。
しかしそんな俺たち異能犯罪者にも天敵がいる。警察や公安の連中だ。
特に公安・異能犯罪課の連中は、一度ロックオンした標的は逃さない。逮捕・拘束――または殺害するまで執拗に追ってくる。俺たち異能犯罪者にとってもっとも関わりたくない相手が公安に属する連中だ。
そして俺は一年前、その関わりたくない連中の最たる存在・公安に属する捜査官と死闘を繰り広げることになった。
勝つには勝ったが、さすがに公安の人間を殺す度胸がなかった俺はその半殺しにした公安の逮捕・拘束という復讐から逃れるため、日本を出てフィリピンの裏社会に潜み――そして半年と少し前、この世界一異能犯罪が多いと言われる合衆国のゲヘナシティに腰を落ち着けた。
この街は日本の裏社会が可愛く見える。なんせ異能犯罪者の住民より市警のモラルの方が低い。治安が悪い――を通し超して最悪なこのゲヘナシティが今ひとつマイナーなのは、警察が腐りきっていて犯罪が犯罪として立件されないからだ。
しかしそんな街だからこそ、超えてはならない線を越えない限り俺みたいなろくでなしは住みやすい。キャミィもマックスも似たようなもんだ。キャミィは俺がこの街に来たときに言葉も碌にわからないよそ者の俺を世話してくれた金髪美女で、マックスはキャミィを通じて知り合ったこの街で唯一とも言える男友達だ。
勿論住民のほとんどが異能犯罪者であるこの街に住む二人だ、二人とも能力者で――そしてマックスの奴に至ってはなんと超越者だ。
奴の右手のトライバル柄のタトゥーはタトゥーではなく超越者の証、
◇ ◇ ◇
しかし本気でやり合うならばともかく、酔ったこいつが振るう異能はそれほど怖くない。ただでさえ――ちょっとばかり機転が利かないこいつは、自身の怖ろしい異能をつかいこなせていない上、酔って判断力が鈍っている今大した使い方はできないだろう。
それにこいつの異能は相手に触れないと効果が得られない。
体格からは想像できないほどシンプルでコンパクトな構えから繰り出される一撃――そいつをひょいと躱し。辺りに目を向ける。目に留まったのはマックスが壊したであろうテーブルの足だ。そいつを拾ってマックスの足を刈ってやる。酔って注意力が散漫な上、平衡感覚もまともじゃないだろうマックスは盛大に尻餅を着いた。
地べたに座り込んだ形になったマックス――その頭部を拾った木切れでフルスイング。ずがんと重い音――そして手が痺れるような手応えが伝わってきた。
「ちょ――アキラ、ここは
木切れをその辺に投げ捨てると覚えのある声が聞こえる。
「キャミィ――向こうで待ってろって言ったろ」
「だって――ていうかマックス大丈夫? 死んでない?」
「大丈夫だよ。見ろよ」
言いながら地面を示す。そこには声にならない悲鳴を上げて地面をのたうち回るマックスの姿があった。
「こんだけ元気に動き回る死体はねえだろ」
「ええ……いくら能力者だからってあれで無事とか逆に引くんだけど」
「こいつの骨格と体の強度なら木切れで殴ったくらいじゃ致命傷にはならねえよ」
とりあえずマックスをダウンさせたことで、彼が追い回していた男二人は倒れていた男を抱えて逃げていく。それを見送った俺は、のたうち回るのを止めて伏したまま地面をばんばんと叩くマックスの元にしゃがみ込んだ。
「おい、マックス。目ぇ冷めたか?」
「おお――おお? アキラか? おい、なんか頭がめちゃ痛え」
「――ほら、怪我もさせずに大人しくさせてやったろ?」
キャミィに言ってやると、彼女は肩を竦めて――屋台か、あるいは露天商から買ったらしい水のペットボトルをマックスに手渡す。
「ほら、マックス――あなた飲み過ぎよ。暴れて大変だったんだから」
「マジかよ――ってことはこのでけえたんこぶこさえてくれたのはアキラか」
受け取った水をあおりながら、頭をさすってマックスが言う。
「キャミィに頼んでたんだろ? 暴れてサツに掴まって高え保釈金払うより、俺に依頼料払って大人しくさせてもらった方が得だって」
「言った。言ったが――痛えぞおい。もっと優しくできねえのかよ」
「お前が優しく言って言うこと聞くような奴ならそうしたけどな」
手を差し伸べてマックスを立たせる。しかし立ったはいいものの、マックスの足下は覚束ずに右に左に千鳥足だ。
「……あー、ダメだ。酔ってんのか脳しんとうかわかんねー」
「酒の方じゃねえか? ちょっと小突かれたぐらいで足にくるような鍛え方してねえだろ――どうせウラルで来てんだろ? 俺が運転する」
「おお? 悪いな。家まで送ってくれるのか?」
「は? まさかだろ?」
ポケットをまさぐって愛車の側車つきバイクのキーを俺に放るマックスに、俺は――
「俺とキャミィは今からお前の金で晩飯食うんだよ」
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