第三話 犯罪都市 プロローグ ①
俺が住む地区は、このゲヘナシティを東西南北の四つに区切るように斜め十字に走るメインストリートの北側――多様な人種と曰くを持ったはぐれ者が住む北区だ。
キャミィが言うには、マックスのアホはその北区の更に北側にあるアーケードの屋台通りで酔っ払って暴れているらしい。
北区のほぼ中央に位置する俺の部屋から歩いて行けない距離じゃないが、散歩気分でおっつければマックスは通りの屋台を根こそぎぶっ壊しているか、でなけりゃ警察に連れて行かれてサンドバッグにされてしまうだろう。
さてどうしたもんかと考えていると、キャミィが車道に飛び出して通りかかった車を強引に止める。スキール音を立てて急停車した古い型の青いオープンカー――その運転席から男が身を乗り出して怒鳴りつける。
「ざっけんなテメエ死にてえのかコラァ! 自殺ならバスタブで手首でも切りやがれ――って、キャミィじゃねえか」
「やっぱりカルロス――その色のマスタングはあなただと思ったの」
この街ではメインストリートから離れた場所じゃちゃんとしたナンバーがついている車の方がめずらしい。キャミィは車種と色でドライバーを予想し、知り合いだと察した上で無理矢理止めたらしい。
というかキャミィはやたらに顔が広い。それは彼女の仕事や困っている者を放って置けない優しい性格からなのだが――北区に住む人間の半分以上は彼女の知り合いじゃないだろうか。
ドライバーは飛び出してきた女がキャミィだとわかると口調を変えて朗らかに言う。
「なんだよおい、クスリでもキメてんのか――車の止め方がハッピー過ぎるだろ。危うくあんたを潰れたカエルにしちまうところだったぞ」
「冗談。ねえお願い、急いでるの――アーケードまで乗せてくれない?」
「あ? そりゃあ構わねえが――」
男はキャミィの近くにいた俺に目を向け――
「トラブルバスターと一緒かよ。いい予感がしねえ」
どうも俺のことを知っているらしい。
「悪いな、仕事をもらったことがあったか? 悪いけどあんたに見覚えがない」
「いいや? こっちが一方的に知ってるだけだ」
「そうか――アキラだ。キャミィのツレで青いマスタングのカルロスな、覚えておくぜ」
名乗りつつ手を差し出す。俺がかつてシオリと過ごした山小屋を出てから名乗り始めた山田アタル――その名前を捨てアキラと名乗るようになって一年が経つ。それは夏姫と決別してから過ぎた時間と一緒だ。その響きに最初こそ違和感があったものの、もうすっかり慣れた。
マスタングを駆る白人男性――カルロスは俺が差し出した手を握り返してくる。
「ちっ――知り合った上にキャミィの頼みじゃ断れねえ。乗れよ」
しかめっ面で後部座席を示すカルロス。俺とキャミィはサンクスと告げ、後部座席に乗り込む。それと同時にカルロスはタイヤを空転させながら車を発進させた。
「――で、アーケードで何があるってんだよ。ムービースターがサイン会でもしてんのか?」
「私がそんなのに興味あるわけないでしょ? ねえカルロス、あなたマックスと知り合いだったっけ?」
「いいや? でも知ってるぜ、
「それ。酔って暴れてるらしいの。そんなわけでトラブルバスターの出番てわけ」
キャミィがそう説明すると、ハンドルを握るカルロスはやれやれと肩を竦める。
「はぁん、そんじゃあアーケードにべたづけでも構わねえな。ドンパチでもやってんなら手前で降りてもらうつもりだったがよ」
「……まあ、さすがに銃は抜かないでしょ」
「だといいけどな。俺もできたら抜きたくない」
「おいおい――俺の車を盾にしたら承知しねえぞ」
「大丈夫さ。俺もマックスのダチなんだ、怪我をさせないように寝かしつけるさ」
「あんたが噂通りのトラブルバスターなら、あの元海兵のマッスルヘッドを相手にそれができるんだろうな」
「見てくか? 運賃代わりに見物料は取らないでやるよ」
「興味はあるがやめとくよ。わざわざ危ないことに首を突っ込むようなことはしたくねえ」
「そりゃあ残念だ。じゃあ近いうちにメインストリートの《パンドラ》に寄れよ。マスターに言っておくから、一杯飲んでってくれ」
「おっと、そいつはいい。お代が出るなら
俺が示した駄賃に気を良くしたらしいカルロスがアクセルを踏み込む。この速度ならマックスが屋台を根こそぎ潰す前にアーケードに着けるだろう。
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