第二話 エピローグ② 天龍寺夏姫

 あっくんがいなくなって一年が経つ。


 あの日あっくんが置いていったグローブは私にはちょっと大きくて、指先が余る。


 それは一年経った今でも変わらない。私の年じゃもう体は大きくならない。成長しない。


 けど、変わったこともある。


 スカムは規模はそのままに、以前と同じ――やや、それ以上の力をつけた。あっくんが死ぬ思いをして成立させた契約――その効力を無駄にしないため、お爺ちゃんも、カズマくんも、シオリさんも頑張ったんだと思う。


 相変わらず異能犯罪者同士の諍いは尽きない――それでも異能犯罪における一般市民の被害は全国でもトップクラスで少なく、スカムは異能犯罪組織でありながら街の調停者としてその役割を果たしている。これも成長と言えばそうなんだろう――そう思う。


 困ったのは栞ちゃんだ。彼女は高校三年生にして道を踏み外そうとしている。精神観測サイコメトリーなんてすごい力を持っているのに、こないだ事務所に遊びに来たときはスカムへの就職を真剣に考えている、なんてことを言っていた。


 異能犯罪に巻き込まれた経験から一般市民への被害を警察以上に抑えるスカムの力になりたいとのことで、親御さんも黙認状態だと言うから恐れ入る。それなら警察官を目指せばと勧めたのだけれど、あの日あっくんを襲った公安の話を聞いて警察・公安に幻滅したらしい。全てがああじゃないと思うんだけどな。


 これが彼女なりの成長かどうかは審議が必要だと思う。


 カズマくんはなんて言うか――貫禄がついた。スカム内外に関わらず、自分があっくんの代りを務めなきゃって思ってるみたいで、浮ついた面がなくなって少しだけ凜々しくなった。私には相変わらずな態度のカズマくんだけど、スカムの幹部の人たちに顎で使われることはなくなったみたい。


 シオリさんも変わった。お爺ちゃんの件のケジメで左肘を不自由なままにしていた彼女は、あっくんから後を任されたこともあり、お爺ちゃんをはじめ幹部の人全員に土下座をして左肘の治療をした。


 二度の手術とリハビリで左腕の自由を取り戻した彼女は、お爺ちゃんの警護をメインに、時にはカズマくんの右腕として献身的に働いている。




 そして、私も変わった。多分、誰よりも。




「っ――!」


 シオリさんが眉をしかめて二歩、三歩と退がる。私は身を低くしてそれを追う。


「ふっ――!」


 横からカズマくんがすくい上げるように蹴ってきた――けど、姿勢が悪い。蹴り足をいなしただけでカズマくんは体勢を崩し、尻餅をつく。


 一瞬注意を逸らしただけでシオリさんは体勢を立て直し、牽制の突きを放ってきた。これはあくまで牽制――本命は突きの軌道に隠した回し蹴りだ。


 ガードをあげて受けながら軸足を刈る。仰向けになったシオリさんのお腹に足を置いて――


「――参った。まさか一年かそこらで二人がかりでも勝てなくなるなんてね」


 仰向けのままシオリさんが言う。


「うーん……カズマくんは無意識に手加減してるだろうしなぁ」


「だって――そりゃ相手が姉さんすよ? 無理すよ」


 シオリさんと同じように仰向けになったカズマくんが言う。


「ほら、こうだもん」


「それでも強くなった――本当に強くなった」


 感慨深くシオリさんが言う。


「二対一でこれだ。カズマもアタシも、もうお嬢に敵わないよ」


「……あくまで練習では、ですけど。命がけの戦いじゃわかんないです。私、能力はてんで駄目だし」


「格闘戦ならまず負けないだろうよ。ナイフや銃も技術的には文句ない。あとは度胸と覚悟かな」


「ありがとうございます。シオリさんが親身になって教えてくれたから」


 あっくんがいなくなって、私はシオリさんに師事した。かつてのあっくんのように――私に戦う力をくれ、と。


「お嬢が本気でやったからだよ。正直一年でここまで伸びるとは思ってなかった」


「お爺ちゃんの孫だから――素質はあるんじゃないかなって自分でも思ってたけど」


 それでも一年でここまで伸びたことは嬉しいし、訓練に付き合ってくれたシオリさんとカズマくんには感謝が尽きない。


「俺、絶対兄さんに怒られるっすよ」


 カズマくんがぼやく。


「ん? なんで?」


「兄さんには姉さんを異能犯罪には関わらせるなって言われてたんすよ。結構強めに。でも姉さんが兄さん捜しに行くために強くなりたいって言うじゃないすか。姉さんの気持ちめちゃめちゃわかるじゃないすか。そもそも姉さんの頼みは断れないすもん、協力したっすけど――姉さんが兄さん見つけたら、兄さん真っ先に俺をシメにくるっすよ」


「その時は一緒に謝ってあげるよ」


「マジ頼んますよ……」


 半泣きのカズマくん。威厳……


「……本当に行くのかい? 旦那が寂しがるよ」


 これはシオリさんだ。私の意思を確認するように尋ねてくる。


「行きます。あっくんがいなくなった私の方が寂しいから」


 私が戦う力を欲したのはスカムの力になろうと思ったからじゃない。あっくんと同じ戦場で戦う力が欲しかったからだ。


 もう、二度と置いていかれないように。足手まといにならないように。


 そしてシオリさんに太鼓判をもらった。あっくんの隣に立っても置いていかれないくらいの力を手に入れた。だから、私はあっくんを探しに行く。


「どこにいるかなんててんでわからないんだろう?」


「はい――だから、まずあっくんが最初に行ったフィリピンに行ってみるつもりです。そこで手がかりを探して、必ず見つけます」


「あの子がそれを望んでいるとは思えないけどね」


「それはあんまり関係ないです。私が欲しい――あっくんが欲しいから、手に入れに行きます」


「――アタシにはできなかったことだ。頑張りな」


「――はい」


 シオリさんの言葉に頷く。


 待っててね、あっくん――抱いてくれなんて言わないよ。あっくんの方から私を抱きたいって言うまで諦めないんだからね!

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