第5章 隻眼の魔女 ①
振り下ろされた拳をグローブで受け止める――が、それを貫く衝撃。がつんと骨に痛みが走る。ナックルダスターを疑ったが、
鉄拳。そう呼ぶに相応しいものだ。
「わぁ――止めるんだ、不意打ちだったのに!」
爛々と目を輝かせて、
「……なんだよ、これは」
「私の趣味だよ――愛情表現と言ってもいいかな!」
逆手の拳が襲いかかってきた。それも受け止めて手四つの形になる。痛みに眉をしかめると
「楽しいねぇ!」
「――どういうつもりだ? スカムには手を出さないんじゃなかったのか?」
「あはぁ――約束を違えたつもりはないよ。天龍寺兼定や会長には手を出さない――ま、ついでだ。どうせ捕まえたところで私たちの仕事じゃないし、君のお姫様にも目を瞑ろう。けど、アタルくん――君はスカムの人間じゃあないよねぇ? 普段からそう吹聴しているみたいじゃないか!」
まるでキスでもせがむような――そんな艶のある笑顔で
「つぅっ――」
「素敵だよ、アタルくん――いい表情だ」
額から鼻筋へと温かい物が伝う。額を割られたらしい。
何度もやられてたまるか――首を捻ってすかす。奇しくも抱き合う様な形になり――耳元で
「やり返してこないのかい?」
「――公安とやり合うような度胸はねえよ」
「なら、ここで死ね」
「殴らせてよぉ!」
今度は逆手だ。左手を外して振りかぶる。受け止めてもいいがこのままジリ貧だ。咄嗟に奴の右手を解放――拳を躱し、背負い投げの要領で床に叩きつける。
「ぐぅ――っ!」
背中から叩きつけられ息を詰まらせる
「おいおい、アタルくん――それはないだろう!」
奴も超越者だ、あのくらいじゃどうにかできないのはわかっている。俺は追ってくる気配に半ば叫ぶように、
「公安とやり合っても損しかねえんだよ!」
俺は蛇と違い、公安や警察を手にかけたことはない――悪名高い俺だが、今まで公安に本気で追われたことがないのは一般市民にほとんど手を出したことはないのは勿論、連中の身内に被害が出ていないからだ。
命に貴賤なしってのは綺麗事だ。この世界は
ここで
冗談じゃない。
「女性に恥をかかせるもんじゃないよ! お姉さんが優しくリードしてあげるからさぁ!」
「てめえを女とは認めねえよ、快楽殺人者!」
「それは誤解だと言っただろう――君のような強者を殴るのが好きなんだ!」
「うるせえ! まだ
気分はさながらホラーショーだ。通路の段ボールや備品を廊下にぶちまけながら逃げるが、
それでも足は止めない――予想はしていたが裏口のドアは閉められていた。走り込んだ勢いで蹴破って外に出る。
表に待ち構えていたスーツ――公安は二人。一人は
「ちっ――」
こいつらを突破する間に
――が。
「いいねぇ、その身体能力で抗ってくれよ!」
咄嗟に魔眼を開いて銃を抜き、サプレッサーを装着して真下――
遅滞した時の中で狙いをつけ、引き金を引く。
「なに――」
足場が崩れた
あれくらいじゃ多少の時間稼ぎにしかならないだろうがしないよりマシだ。
そのまま隣のビル、そのまた隣と飛び移り、通りに面したビルで飛び降りる。着地したときに周囲にいた何人かがぎょっとするが構っていられない。運良く客待ちしていたタクシーを見つけ、俺は神に感謝の祈りを捧げつつ飛び乗った。
「な、お客さん――」
「変質者に追われてる。急いで出してくれ」
「――わかりました」
俺の必死の形相に鬼気迫るものを感じたか、中年のタクシードライバーは禄に安全確認もせずに車を発進させた。額の流血が効いたのかもしれない。
――これで距離を稼げる――そう思って一息吐き、後ろを振り返る。
そこには目玉が飛び出るんじゃないかと思うほど目を見開いた殺人者の姿があった。
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