第4章 激突 ⑨
言葉と同時に魔眼を開き、俺はその場で思い切り回転する。
「なっ――」
驚愕の声を上げるが、遅い。遠心力でぶら下がった状態から跳ね上がるように体に追従する右腕――その先に握られたままのナイフが、驚いてのけぞった蛇の喉を斬り裂く。
「――――っ!」
蛇の悲鳴が抉った喉から漏れる。同時に奴の
――よし!
終わらせる――そのつもりで左の拳でボディを打ち、屈ませる。
「…………っ!」
今度は反吐を吐く――が、それもままならずに喉の傷口から漏れる。ゴボゴボと音を立てる喉を押さえてえずく蛇。
その頸椎に逆手に持ち替えたナイフを振り下ろした。蛇は一度だけびくりと体を震わせ――そのまま床に倒れ伏す。
ナイフを抜くがこれと言った反応はなかった。骸と化した蛇はもう動かない。
「……あーあ、殺っちゃった」
蛇の死体を見てルイが呟くように言った。
「……俺の標的はこいつだけだ。一応聞いておくが、あんたにその気がないなら逃げたっていいんだぜ。二度とこの街に関わらないと誓ってもらうけどな」
そう告げるが、ルイの目には力があった。
「……あんた、悟も殺したんだろ?」
「ああ。さっきそう言っただろ」
「迅くんも」
「……誰だよ、それは」
「ウチのリーダーだよ、銀髪の」
「……ああ、殺した」
「じゃあ、私だけ逃げる訳にはいかないや」
「……敵討ちか? そんなタイプには見えないぜ」
「私はスカムを乗っ取りたいなんて思ってないし、まして《
ルイは、呟くように――
「でも、例えセフレでしかなくたって求められれば嬉しいし抱き合えば情も湧く。あいつらにそんなつもりはないだろうけど、これで私だけ逃げたらあいつらが可哀想でしょ」
「……悲劇ぶるのは勝手だけどよ、てめえらが抗争をしかけてきたんだぜ。ウチは応戦してるだけだ」
「ま、そうなんだよね」
「……アバズレってのは訂正してやるよ」
「……ありがと。あーあ、いくら代替わりしたからってスカムはさすがにヤバイと思ったんだよねぇ。せめてあんたが《
「次があればそうしろよ」
床を蹴る。同時にルイも跳んだ。
だが魔眼を開いている俺が他に気にするものがなければ――
正直、
一合、二合とナイフと爪で切り結び――三合目に、俺のナイフがルイの左胸を貫いた。
◇ ◇ ◇
なにかあれば大声で伝えるとは言ってあったが、とてもそんな気分じゃなかった。渡されたスマホで
ややあって、こつこつと床を鳴らせながら
「――お疲れ様。さすがだね、アタルくん」
現れた
「やあ、これは酷い惨状だ」
「言われた通り蛇は片付けたぞ。約束、忘れてねえだろうな」
適当なテーブルに腰を下ろし、そう告げる。
「勿論――天龍寺兼定もすぐに解放させるよ」
言いながら彼女は自分の端末を操作してどこかに連絡をとった。そう間を置かず、俺のスマホに着信が入る――夏姫だ。
出ろ、と身振りで伝えてくる
「――もしもし」
『あっくん! 今、公安の人たちが引き上げていったよ! お爺ちゃんも無事……あっくん、大丈夫?』
不安げな夏姫の声。
「ああ、なんとかね」
『怪我してない? カメラで戦ってるとこ見てたんだけど、映像荒くてよくわかんなくて――』
確かに監視カメラの画素数じゃ能力者同士の戦闘は捉えきれないだろう。
「うん――ちょっと怪我はしたけどね、致命傷じゃない。平気だよ」
『良かった――事務所で待ってるから、早く帰ってきてね!』
「はいよ」
通話を終え、スマホをしまう。ついでに終ぞ出番のなかったサプレッサーを取り出して、
「……悪いな、使う暇がなかった」
「まあ仕方ないよ。ここは歓楽街だし、屋内だ。一般市民にそう不安を強いることはなかっただろう」
返そうとするが、
「あげるよ。元は押収品で、それを公言できない手段で持ち出してきたんだ。それをなかったことにして元に戻す方が手間がかかる。心配しなくても発信器を仕込んだりしてないから、安心して」
「……そりゃどうも」
ならもらっておこう。一度夏姫に見せて、罠がなければいつか使うことがあるかも知れない。
「……それにしても、あんな手段で伏兵を用意してたなんてね」
「なんだ、聞こえてたのか」
「……
「頼りになるツレがいるって言っただろ――蛇の能力が割れた時点であんたは乱入してくると思ったんだけどな」
「君のプランを潰してしまわないか心配だったんだよ。いや、しかし本当に驚いた。君たちの手札に
……公安は栞ちゃんの存在を掴んでいない? 先月の事件の詳細やその後何度か事務所に遊びに来た栞ちゃんのことまでは調べがついていないということか。
そいつは僥倖だ。公安の手が栞ちゃんに伸びることを懸念していたが、これでその心配もなくなった。
「君も意地悪だな。会長の不可視化の能力と
「敵を欺すにはまず味方からって言うだろ?」
「嬉しいねぇ。私を味方と言ってくれるなんて」
「対蛇についてだけはな。それ以外じゃ関わりたくねえよ、ド変態」
言って渡されていたスマホを投げ返す。
「おっと。私との繋がりをそう簡単に手放さないで欲しいな」
「黙れ――てめえに居場所を知られると思ったら反吐が出る」
「悲しいことを言うなぁ。チップは好きにしたらいいよ。他の使い道があるならそのまま使えば良いし、必要ないなら取り出してもいい。こちらで認識させた端末はこれだけだから、そのままでも私たちが君の居場所を調べることはできない」
「……やけに素直だな」
「やだなぁ。誠実でありたいだけだよ。こう見えても正義の味方なんだから」
「――は、どうだか。ここの処理は任せて良いんだよな?」
「勿論――できれば誰か立ち会って欲しいけど」
「――誰か当たり障りのない奴を遣わせる」
「そう警戒しなくても、約束通りスカムには手を出さないよ――しばらくはね」
……こんなところか。これ以上は話すことはない。
立ち上がって裏口に向かう。
しかし確信があった。裏口に向かって一歩、二歩、三歩目で振り返る。
そこには音もなく俺の背後に忍び寄り、満面の笑顔で拳を振り上げる
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