第4章 激突 ⑧
「あれ? しまっちゃうのかにゃ、ナイフ」
「銃を使いたいときに右手が空いてなかったら困るだろ?」
「いいなぁ。私はこれだから道具は使えないんだにゃ」
言いながらルイは猫の手と化したそれを掲げて見せる。手のひらだった場所には肉球が見えた。
「それ――」
ルイがその肉球で自分の目元を示し、言う。
「あ?」
「《
「……俺が悪かった。その喋り方をやめろ。ウザい」
「えー? 気に入っちゃったにゃ」
ルイはそう言ってくすくすと笑い、
「なんかがんばれば勝てちゃいそうなんだけど? もしかして、噂程じゃないのかにゃ?」
「かもな」
二対一――不利な状況だが蛇の時間停止のカラクリは栞ちゃんが暴いてくれた。お陰で奴の異能はもう絶対脅威ではない。先の銃撃をみるに蛇の射撃は正確だ。魔眼を開かなければ撃たれていた。奴の援護をケアしてこの
――それでも怖れる相手じゃない。ルイを退けて蛇を討つ。それだけだ。
床材を砕く勢いで踏み出す。
「――!」
ルイの反応も早かった。迎え撃つように前に出てくる。
さっきと同じ轍は踏めない。軌道が読みにくい――状況によって爪攻撃に切り替えるからだろう――拳が迫る。これを素手と考えたから遅れをとったのだ。ナイフを持っていると思えば対処もできる。
迫る拳を外側から捌き、内から肘裏に手刀を落として関節を取る。後は手首を掴んで肘を支点に外に捻れば――
「っ――」
体が腕を追従するように捻れ、頭が下がる。そこに膝を突き上げた。まともに入れば一撃でケリが着くが――
「ぐっ……」
ルイは直前で体を捻った。クリーンヒットには違いないが、致命傷には至らない。
「痛いなぁっ!」
鼻血を吹きながら逆手を伸ばしてくる。狙いは首か――その手が届く前に手首と肘を極めたまま腹を蹴り上げる。
「っ……!」
痛みに動きが止まったところで決めた手首と肘を振り回し、床に叩きつけるつもりで組み伏せる。
同時に銃を抜いて、蛇に向けて威嚇射撃。こちらに発砲しようとしていた蛇はテーブルを蹴り上げて盾にする。
「DVは嫌だ、にゃ!」
「あんたとドメスティックな関係になった憶えはないな」
下から放たれる蹴りを躱し、引き金を引く。撃つ前から読んでいたのだろう、床を転がって躱すルイ。
「殺意がヤバイ!」
「お互い様だろ」
それを追って撃つこともできたが、俺は蛇の始末を優先した。床を蹴ってその場を離れ、蛇の方へと駆ける。
「ちぃっ――!」
蛇は銃で迎撃してきた。二発、三発と発砲するが射撃が正確なのでかえって避けやすい。
射線から逃れつつ迫り、銃を納めてナイフに持ち変える。間合いに捉えたならこちらの方が殺りやすい。
「舐めんな――」
蛇が叫んで四発目を放った。俺は至近距離で放たれたそれをグローブで掴む。大口径の銃が相手ではできないが、小型の拳銃ならグローブの防弾性能に任せてこんな芸当もできる。
そして肉薄――ナイフを奔らせる。
「くあっ!」
喉を裂くはずだった一撃は間一髪防がれた。偶然にも見えたが、奴が振り上げた銃――その銃身でナイフを止めたことには変わりない。
その瞬間、蛇の全身に巻き付くような
蛇と目を合わせ続けるのは不味い。視線を外すため、反転――空いている手で蛇の銃身を掴み、ひねり上げる。
ごきりと嫌な音。引き金にかけていた蛇の指が折れた音だ。そのまま銃を取り上げて握り直し、勘で銃口を蛇の額に押しつける。
そのまま引き金を引いた。弾は出ない――ちっ、弾切れか!
再び反転してナイフでの追撃を試みようとしたが叶わなかった。自分を撃ち抜く弾丸は出ないと知っていた蛇が俺の接近を嫌がるように蹴りを放っていたらしい。目線を完全に外していたせいで躱せず、衝撃にたたらを踏む。
同時に視界が歪んだ。開きっぱなしだった魔眼の弊害だ。ここで力を使い切るわけにもいかず、俺はやむなく魔眼を閉じる。
「ち――なんだてめえ、その身のこなしは――化け物が」
蛇が喚くが取り合わない。反応して目が合うのは避けたいし、なにより起き上がったルイが脅威だ。
ナイフをしまい、銃に持ち替えようとして――ぎょっとした。右腕が動かない。
「……躱す奴はざらにいるが、鉛玉掴んで止める奴は初めて見たぞ、おい……なんなんだ、てめえのその力はよ」
――これは、蛇の力か? あの一瞬で?
「さっきの女は何者だよ――
「え? なに? どうなってんの?」
鼻血を拭きながら、ルイ。蛇がそれに嬉しそうに答える。
「右手の時間を止めてやった。ああクソ、人の指気軽に折ってくれやがって……」
……なるほど、つまりさっきの一瞬で右腕は麻痺させられ、数十秒はこのままってわけか。奴がこの力を時間停止と言うのもわからなくはない。肘から下の感覚はなく、指一本動かせない。肩も動きが鈍く、右腕は完全にぶら下がっているだけ――
全身がこうなれば確かに時間が止まったと言えるだろう。だが、右腕だけだ。決して全身の時間が止まったわけじゃない。
「ルイ、押さえ込め。無理矢理目ぇ開かせて完全に時間を止めてやる。そのあとなぶり殺しだ。てめえも結構やられたろ、好きなようにしていいぞ」
「簡単に言うなぁ……」
「片腕だぜ、楽勝だろ」
「どうかなぁ、まあやるけどね」
ルイが身構える。蛇の気配はすぐ背後だ。床に目を落とすと目の端に奴のつま先が見えた。はは、そこにいるか。いいのか? 間合いの中だぜ。
「……あんた、苦戦ってしたことねえだろ」
問いかけると、あざ笑うような気配とともに蛇が答える。
「ああ? 当たり前だろ――そういう意味じゃさすが《
小悪党特有の下卑なサディズムを発揮する蛇。
「で、それがどうかしたか?」
「詰めが甘いっつってんだよ、三下」
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