第4章 激突 ⑦
「っ――!」
蛇が発砲する。しかしそれより早く栞ちゃんともどもカズマくんの姿が消え、銃弾は壁を弾くに留まる。
「落ち着けよ、さっきまでの冷静さはどこにいった?」
「――てめえっ!」
蛇が激昂する。
カズマくんたちの姿は見えないままだがもう撤退しただろう。あらかじめカズマくんには栞ちゃんの安全を最優先と言い含めてある。任を遂げたらどんな状況でも俺の援護を考えず、彼女を無事に帰宅させることだけを考えろと。今頃は
「……今のはスカムの会長か……てめえが消える能力じゃなかったのか」
「正しくは自分と身につけたものを不可視化する能力だ。身につけるってのがどこまで適用されるか議論が分かれるとこだけどな」
「人一人を身につける、はおかしいだろ」
「俺が知るかよ。手を繋いでも一緒に消えたりできないけどな、ああしてカズマくんが『持つ』って感覚だと一緒に消えることができるんだよ。便利な能力だよな?」
蛇が咄嗟に追おうとするが、銃を抜こうとした俺に気付いて足を止める。
「おっと、良い勘してんじゃん。二人を追う意味ってあるか? もう秘密は知っちまったぜ」
「……ちっ」
蛇がわかりやすく舌を打つ。しかし俺の想定ほどは動揺してないようだった。
それが鍍金じゃなければいいのだが。
「なるほどね―、前提条件がある上に
「精液臭いから喋るな、じゃなかった?」
「今だけ許可してやる」
「何様――ま、関係ないかな。蛇が結果的に相手を止められることに変わりない。それにそれがなくたって蛇が使える奴だってのは知ってるしね――」
言いながらルイが俺に飛びかかってきた。その最中に自身の異能――
繰り出される一撃をガードして――予想外の痛みに戦慄する。獣化したことで向上した身のこなしに虚を突かれた。咄嗟の防御だったせいで四肢の獣化を計算仕切れなかったことが悔やまれる。痛みの正体はガードした腕を爪で裂かれた裂傷のものだ。
焼けるような痛みに舌を巻きつつ反撃を試みる。しかし文字通り獣の動きでルイは俺の攻撃を躱して間合いから離脱していった。
普段はこんなことしないのだが――そのルイに声をかける。
「――なあ、ふざけてるのか?」
「は?」
「頭のそれだよ」
ルイの変化は四肢だけではなかった。頭にいわゆる猫耳が生えている。
それを言ってやると、ルイはその猫耳らしきものを動かして見せた。
「可愛いでしょ? この姿でシタがる客もいるんだよ?」
「耳? じゃねえよな? 普通に耳あるもんな」
「なんだろうね? 頭から生えてて動かせるんだよねぇ。変身すると生えるんだよ」
「前言撤回だ――語尾ににゃあとつけるなら喋るのを許可してやる」
「それは嬉しい――にゃ!」
再び迫ってくるルイ。この狭所でこいつの身体能力は脅威だ。
ボックス席から離れて開けた場所に移動するも、ルイは余裕で着いてきた。応戦したいが蛇の奴も放って置けない。手品とくさしてやったが視線を合わせられないのは厄介だ――正面から見ることができないため目の端で捉えなければと意識すると、意識し過ぎてルイへの注意がおろそかになる。
それでも奴が俺に銃を向ける姿を一瞬捉えた。フットワークで射線から逃れ、こちらも抜いて発砲――
その弾丸の行方を追う間もなくルイが攻めてくる。
「私から注意を逸らしてそんなことする余裕、あるのかにゃ!」
「あんた意外と律儀だな!」
飛びかかってくるルイに向けて二発、三発と引き金を引く。しかしルイは器用に身を捩って弾丸を躱すと何事もなかったように殴りかかってきた。咄嗟に銃を捨て迎撃態勢。防御はダメだ、躱して反撃――でないと爪で削られる。
全力で身を躱す。大きく避けたつもりが攻撃が鋭くて紙一重だった。それでも彼女の一撃を躱した俺は、胃を破裂させてやるつもりでがら空きの腹に拳を打ち込む。
――が。
「痛ぁ――私、Mっ気はないんだよね!」
期待通りの効果はなく、ルイは俺に抱き着くように胴タックル。躱せずに捕まってしまう。
「語尾を忘れてるぞ!」
「ごめんごめん――Mっ気はないにゃ!」
そのままルイは突進――結果、俺は壁に叩きつけられる。
「ぐっ……!」
息が漏れる。そして目の端に映るのは銃口を向ける蛇。
やられてたまるか!
胸中で叫んで魔眼を開く。遅滞する世界。俺を壁に押しつけるルイの背中にブーストされた筋力で肘を落とす。
「ぎゃ――」
呻き声と共に俺を押しつける力が緩む。その瞬間に拘束から抜けると、弾丸が空気を斬り裂く音が耳元で鳴った。
さらに追撃しようと追ってくる銃口を振り切り、捨てた銃を拾う。適当にあたりをつけフルオートでマガジン残弾を斉射――身を躱そうとする蛇だったが血煙が舞うのが見えた。腕か、肩か――致命傷には至っていない。
マガジンを抜き、予備のものに入れ換える。しかし――
「痛いにゃ!」
更なる発砲は間に合わなかった。険しい表情で三度飛びかかってくるルイ。俺はグロックをホルスターにねじ込み、代りにバトルナイフを抜く。
魔眼が開いていればルイとも互角以上にやり合える――そう確信があった俺はナイフを逆手に構えて迎え撃った。彼女の攻撃を掻い潜り、その腕をナイフで撫でつける。
しかし、肉を裂く手応えはなかった。
「ちっ、体毛か!」
「女に毛深いみたいなこと言わないで欲しいにゃ!」
はらはらと舞う猫毛はごく普通のものに見えたが、能力者のそれだ。普通とは違うのだろう――それこそ、ナイフの刃を止めるほどに。
ならばと返す刃で獣化していない首を狙う。しかし刃は空を薙ぐ。咄嗟に身を逸らしたルイは
そのまま距離を置くと、仲間である蛇に向かって――
「――ちょっとぉ、ちゃんと当ててよぉ」
「うっせぇ! てめえがちゃんと押さえねえからだろ!」
「逆に撃たれてるし。バカみたいでウケる」
「ああ? てめえを先に殺すぞ」
「えー、あんたの焦り方からして時間停止が
「ちっ――じゃあきっちり働けよ」
「なんか偉そうだなぁ」
ルイはそんな風に言いつつも俺と蛇の間に体を入れる。決まり事かアドリブか知らないが、さっきの様に俺を拘束して蛇に射殺させるのがプランなわけだ。
やれると思うならやってみろ――胸中でそう告げて、俺はナイフを納めて半身に構えた。
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