第4章 激突 ③

 基本的に俺は仕事の時はパーカーを着る。裾でホルスターやナイフを隠せるし、いざって時はフードで顔も隠せるからだ。


 だが今日はそれが災いした。落下の風圧でフードがバタバタとはためき、その音で奴が俺に気付いてしまう。それとも俺と同じで殺気を読んだのか。


「――っ!」


 奴の背後に降り立って後ろから脾臓を一突きのつもりだったが、着地前に音に反応した奴が上――こちらを向いた。視線が交錯する。


 落下中で大した動きが取れない俺に対し、殺人鬼――坂場悟は一切の動揺を見せず迎撃しようと動いた。ビニール袋から缶飲料を取り出してそれを俺に投げつける。


 猛スピードで迫る缶飲料はちょっとした凶器だ。蹴りで受けてはバランスを崩す――拳で打ち落とすと特殊グローブ越しでも結構な衝撃が骨に響いた。端的に言うと、痛い。


 なんとか着地すると、今度はビニール袋を頭目がけて振り下ろしてきた。袋の中に缶飲料が二、三本もあれば結構なダメージになる。無視はできない。両腕でガードしつつ、追撃を避けるために間合いをとる。


「痛っえ……躊躇いがねえな、坂場悟。喧嘩が上手い」


「――おや、アタルくんじゃないですか」


 ぼやくと、振り回したことで半ば千切れたビニールを捨てた坂場が目を丸くする。


「アタルくん自ら出向いてくれるとは――日の出の前頃にお邪魔しようと思ってたんですよ」


 坂場はそう言って懐からナイフを取り出す。俺のものと同じようなバトルナイフだ。


 俺も自分のナイフを抜き、構える。それを見た坂場の目が嬉しそうに歪んだ。


「アタルくんもナイフを使うんですか?」


「まぁな」


「僕、ナイフ得意なんですよ。親近感が湧きますね?」


 何故かフレンドリーに話しかけてくる坂場。態度と見た目はまさに好青年といった感じだが、いかんせん言葉の内容と手にしているものが物騒過ぎる。


「買い出しなんて面倒だと思っていたんですが、あなたをこの手で殺せるのはラッキーですね。自分のじゃんけんの弱さに感謝ですよ――攻め入って混戦になれば蛇さんに獲られてしまっていたでしょうから」


「知るか。賭場荒らしの礼をさせてもらうぜ」


「ウチの本部と連絡がとれないんですよ……あなたがなにかしたんじゃないですか? 意趣返しはもう十分でしょう」


「問答する気はねえよ」


 アスファルトを蹴って坂場に迫る。


 銀髪の話ではこいつの異能は精神感応テレパシー。戦闘において役に立つものではないという。あの状況で嘘は吐かないだろう。こいつの異能は警戒しなくていい――警戒すべきは達人の腕と言っていたナイフの方――さて、どの程度か。


 挨拶代わりに首を狙って突く。坂場は体を開いて躱し、同じように突いてきた。こちらも躱して今度は袈裟斬りに撫で切ってやろうとしたが、坂場は左手で俺の手首を払う。


 巻き込むようにして奴の腕を切りつけようとして――死角からナイフの先が迫ってきていた。体を捻ると目の前を切っ先が通り過ぎる。


 更に追撃がくる――迫る白刃を自分のナイフで弾いてバックステップ。仕切り直しだ。


 手数で負けた――中々やる。ナイフの技術は俺と同等か、少し上か。


 ――けど、総合力なら俺が上。


「――さすが《魔眼デビルアイズ》。一合で殺せなかった相手は久しぶりですよ。中々やりますね」


「悪いが時間をかけるつもりはねえよ」


 吐き捨てて再び迫る。ナイフを逆手に握り直し、今度はさっきより早く、近く――ナイフの更に内の間合い。


「――!」


 俺の動きを読み違えたか、表情を険しくした坂場が大外から脇腹を突こうとしてくる――が、見えている。体を開いて躱し、左手――特殊グローブで板場のナイフを掴んで止める。


 ナイフ術でナイフを掴んで止めるという防御は通常有り得ない――ナイフに長けた坂場だからこそ、この反則技に目を剥いた。


 体を開いた勢いで肘を振り抜き、坂場の顔を狙う――浅い! 俺に掴まれたナイフを手放し、坂場は大きく後ろに跳ぶ。


 武器離れが良い。お陰で意識を刈り取るつもりの右肘は奴の眉尻に裂傷を作るに留まった。咄嗟の判断はさすがだ――が、奴の手からナイフを奪った。


 その奪ったナイフを後ろ手に捨てる。坂場が流れる血を拭うが、左目を閉じたままだ。血が入ったか――だとすれば好都合。


 板場が恨み言を吐く。


「……防刃グローブはずるいですよ」


「殺し合いだぜ、これは。備えて当然だろ?」


 休ませる気はない。奴の死角に回り込む。首を振って俺を視界に納めようとする坂場――それを確認して逆側に高速ステップ。坂場の視線を振り切って懐に潜り込む。


「――~~っ!」


 声にならない悲鳴。俺のナイフが坂場の腹部に半ばまで埋まる。


 後は捻って抜くだけ――というところでナイフを握る右手首をがっちりと掴まれた。


「――っ、やりますね。一瞬完全に消えましたよ、あなた……どうやったんです? それが《魔眼デビルアイズ》の力ですか?」


「ただのフェイントだよ――格闘技のな。ナイフ特化のあんたには新鮮だったろ?」


 力を込めて捻ろうとするが、そうはさせまいと坂場が両手で俺の手首を握り、押さえる。


「やらせません――もっと遊びましょうよ」


「時間をかけるつもりはないと言ったぜ」


 後のことを考えて温存したかったが、仕方ない。長引けばまさかがあるかもしれない。それならばやれる時にやってしまった方がいい。


 一瞬だけ魔眼を開いて、捻る。


「……ぐっ……」


 くぐもった声を漏らす坂場。そのまま奴の手を振り払ってナイフを抜く。一歩引いて距離をとると坂場は傷口を押さえながら地面に膝を着いた。腹から赤いものが垂れる。


「……これは、ちょっと分が悪いですかね……」


「蛇の能力――その仔細を話せばとどめは刺さずに見逃してやってもいいぞ」


 望みは薄いが聞いてみる。バーミンのボスである銀髪も知り得なかったことだ。同じ幹部であるこいつが知っているかどうか――


「……はは、噂に名高い《魔眼デビルアイズ》も蛇さんの時間停止は怖いですか。残念ですね……時間停止の秘密を知りたいのでしょうけれど、蛇さんは秘密主義で僕やルイさんにも教えてくれないんですよ」


「仲間にも秘密か。いいチームワークだな」


「仲間だからこそですよ。僕らから秘密が漏れることがない――そして僕らは、どんな過程でも彼が時間を止めるという結果があればいい」


「――そうか。なら用はない。獲物をいたぶる趣味はない、楽にしてやるよ」


「逃がしてはくれませんかね?」


「あんたは命乞いをした獲物を見逃してやったことはあるか?」


「……ありませんよ。獲物を仕留め損なったことがないのが自慢なんです」


「そうかよ」


 もう話すことはない。俺はナイフを構えて三度坂場に迫った。


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